第8話 陰陽制約②

 ———ジーレイが事務所に来る小一時間ほど前———。


 月旦廟の鐘楼に二人の姿があった。両手に手袋をはめたリノとルオジェンだった。

「ジーレイに気付かれた、手袋のこと」

没办法メイバンファ(仕方ないよ)。四六時中手袋をはめてれば、勘のいい人なら陰の力を持っているだろうと考えるのは自然でしょ。僕らも、陰である月の明かりを陽の光に変えたジーレイは本物の陽の使い手だと確認できたし、収穫がなかったわけじゃない。ねえ、ジエ(姉さん)、僕と一緒に墓守りしようよ。小さな虚物の処理だけじゃ稼げっこない」

「お金は稼げなくても、仲間には恵まれてる。みんな私の可愛い子に変わりはないんだから」

「何その自信?何処から来るの?」

 ルオジェンは手で口元を抑え、ぷっ、と噴き出した。

「私がダーロンを殺したって……知っても、まだ私についてきてくれてる。稼げないとわかっていても。だから、大事な仲間を私が信用しないでどうする?」

「そうだけど。あれは嵌められたって、どうしてみんなに言わないの?駆け寄ったらもうダーロンは息をしていなかったんでしょう?」

「ダーロンに嵌められたなんて誰が信じるの?少なくとも私は信じてないし、もしそうだったとしても死んだ人を悪く言いたくない」

「何を言ってるんだよ、ジエ(姉さん)。虚物を大切にするという建前の裏で、虚物の陰の気を悪用しかねない廃棄業者との関係があったのは話したよね?ダーロンはその廃棄業者に利用され、ジエ(姉さん)に近づいたんだって」

 リノはルオジェンのネクタイを引っ張り、何か言い返そうとしたが言葉が見つからず押し黙ってしまった。何かを言おうと口を開きかけたが、やはりまた口を結んだ。

「そういえば、……どうしてジーレイがダーロンの事知ってたんだろう?」

「仲間から聞きだしたか、話しているのを耳にしたんじゃない?」

「違うよ、こっちのダーロンだよ。私が単一電池を探しているのも知ってた。ニードルも使えるあんなすごい人、よく見つけてこれたね。どこで見つけたの?」

 ルオジェンは肩を上げ、当然、とでも言うように両手を開く動作をして見せた。

「そもそもこの広さだっていうのに、あんな6人ぽっちでここの処理を引き受けるなんていうから、急いで探したんだよ。僕が来なかったら、一人、タイヤにやられてたかもしれなかったの知ってた?」

「大丈夫、ハリウは!単純バカだけど、やる時はやってくれる奴だから」

 そう言うと、リノは横に置いていた、もう鳴くこともなくなった犬のおもちゃのダーロンをひと撫でした。

 せっかく見つけた単一乾電池はというと、陰の気に当てられ使い物にならなず、このまま使用すればおもちゃは壊れてしまうだろうというジーレイと、陰の気に当てられているからこそ使える、と言い張るリノとで言い合いになり、結局ハリウが一旦預かることで昨日はその場は終わったのだった

「彼の陽の力を見てみるつもりが、逆にこっちの力が知られちゃったね。普通の人なら喜ぶ陽の気も、僕らにとっては命取りだ。僕は陽の使い手とは一緒に仕事したいとは思わないけど、彼をまだ置いておくの?」

「『陰陽制約。陽が虚すれば陰が虚し、陰が虚すれば陽は虚する』陰と陽は互いにバランスをとるよう作用する。ジーレイのお陰でみんながまとまるように仕向けてくれてる気がする」

「『陰陽互根———陽あれば陰あり、陰あれば陽あり』互いが存在することで己が成り立つ。陰は悪い事だけじゃないよ、陰だって使い道はある。ハリウ、だっけ?彼のおばあさんみたいに、陰の力をコントロールして虚物を上手く扱う力とかね」

「ハリウのばあちゃん、墓守に向いてるんだけどな」

 リノは試しにダーロンに『おいで』と声を掛けてみた。動くわけがない。

 ハリウの祖母はずっと、ずっと、長い間大切にしてきたからこそ、あのブリキのおもちゃは虚物になりながらも陰と陽の気のバランスを保ち、虚物自身で動き回ることが出来ている。

 一体どんな思い出が詰まった人形なのだろう……。

 このまま大切にし続ければ、いつかはダーロンも再び動いてくれる日がくるのだろうか、と思いに耽るリノ。

 その時、ワンと一鳴き。ダーロンがゆっくりと動き出し、リノの側へと寄って来た。

「!!」

 ワンワン、ワンワンと鳴き、まるでリノを慰めているようにも見える。

「いい子……、いい子だね……!」

 リノは驚きつつもダーロンを優しく抱き上げると、濡れた頬に擦り合わせた。

 リノのダーロンを大切にする想いが、虚物として新しい命を与えたのだった。もう電池は必要としない。必要とするのはリノの、ダーロンを大切にする気持ちだけだ。

 

 ダーロンは、リノがかつて『ダーロン』からもらった、最初で最後の誕生日プレゼントである。

 仲が悪かった相手にそんなことをするだろうか。ダーロンが自分を嵌めたとは到底思えなかった。

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