第7話 陰陽制約①

 次の日、ハリウ達は金魚すくい屋の上の、自分たちの事務所にいた。

 そこにリノとジーレイの姿はまだなかった。

 何をするでもなくただ時を過ごすだけのハリウ達。その理由というのも今日の仕事予定は何も入っていないからだ。

 明日もないし、明後日もない。

 残念ながらしばらく虚物処理の依頼は一つも入っていない。

 それでも自然と事務所に集まってしまうのは、ここが居心地がいいからなのかもしれない。

 

「なあ、俺、昨日トリプルで重機用タイヤを破壊したんだぜ?」

 自慢げに話すハリウだったが、覇気がなくどこか上の空の様子。そこに昨日、手に負った傷の消毒をユトンにしてもらっているギルンが言葉を返す。

「それはいくら何でも無理だろう。あれはそうそう吹きとばせるもんじゃない」

「じゃあ、なんであのタイヤはぶっ飛んだんだ?ぶっ飛んでなきゃ俺はここにいねえぞ」

「たまたま……なにか可燃性のものに当たって吹き飛んだとか?」

 ユアンが控えめな口調で会話に加わる。誤ってスプレー缶を撃ってしまった自分の例を挙げてみる。

「悪いが、俺はそんな器用じゃねえよ?」

 ずぼらなハリウが可燃性のモノを探し出して、かつタイミングを見て目標物を撃つなんて頭を使うようなことは絶対しない。誰もがハリウの言葉を否定することはなかった。

「チーフとジーレイは今日は来ないのかな」

 先に頭の傷の消毒を終えていたズユーが呟く。

「もう少ししたら来るんじゃないかな」

 ユトンはギルンの手の消毒を終え、傷口にガーゼを当てて包帯を巻いて行く。今もリノに信頼を置いているのかどうかは不明だ。

(結局チーフの乾電池目的で行ったけど、あそこは月旦廟にかなり似せた月旦廟じゃない場所……。あの場所へ行ったのは車を運転していたルオジェンがあの場所で下ろしたからだ。それに仲が悪かったというダーロンと同じ名前を、思い出の品にわざわざつけるものなのか?)

「だな。それまで暇だな。音楽でもあったら……、あ!チキショ!そういえば蓄音機持って帰んの忘れた!」

「蓄音機なんてあの爆発でぶっ飛んでんだろうよ。俺が目をつけてた化粧箪笥もユアンの奴に潰されたしな」

 ユアンは申し訳なさそうにギルンの視線から目を逸らした。

「クッソ、また、収穫なしか!またばあちゃんにどやされる!」

 

 ガチャリ。

 

 扉が開き、部屋に入って来たのはジーレイだった。

「もう来ないのかと思ってたぜ。どうせ来たって仕事はないけどな」

「チーフは一緒じゃないのか?」

 ハリウとユトンの質問には答えずに、ジーレイは足でドアをおさえると、脇から段ボールを山積みにした台車を運び入れた。

「なんだそれ?死体が入ってるとか言うんじゃないだろうな」

「お詫びの品だそうだ」

「お詫びの品?一体誰から……」

「ルオジェン……」

 ハリウは勢いよく立ち上がり、真っすぐジーレイに駆け寄って行くといきなり胸ぐらを掴んだ。ジーレイは台車から手を離し、後ろの壁に背中を打った。

「お前、やっぱりルオジェンの知り合いだったんだな?今回、お前も知っててチーフと一緒に俺らを騙したんだな?」

 ユトンが駆け付け、ハリウを落ち着かせる。

「待て、原因はジーレイじゃない。チーフでもない。きっと……ルオジェンだ」

「そこに台車が置いてあった」

 ジーレイは壁に抑えつけられたままそう答えると、ハリウは渋々胸ぐらから手を離し段ボールを見てみる。確かに一枚の紙が貼ってあり、そこには『抱歉打扰你们了(邪魔してすまなかった)』とだけ書いてあった。

「ルオジェンって本当にチーフの弟弟ディーディ(弟)なのか?あいつ、何者だ?」

「逆に一つ聞くが……あんたたちは墓守りだよな?」

「昨日何したと思ってるんだ?俺ら全員墓守りに決まってるだろ。それがなんだよ」

「知らないのか?墓守りしてて」

「だから何がだよ?」

「いや。知らないならいい」

「いい加減そのもったいぶるのやめろよな!お前、俺らの仲間に入って何してえんだよ!」

「……ルオジェンは『龙卷风ロンジュエンフォン(竜巻)』のチーフだ」

 みんなはジーレイの言葉にハッと息を飲み、各々現在までの状況を整理する。ただハリウだけは、ジーレイの言葉の意味が理解できないでいた。

 数秒後、ジーレイを睨むように目を細めた。

「はあぁ??龙卷风(竜巻)って俺らの商売敵だぞ!嘘ぶっこいてるとぶん殴っぞ!!」

 龙卷风(竜巻)とは、リノたちと同じく墓守りをしている集団の名称だ。規模はリノ達とは比べ物にならない程大きな人数と武器を有し、仕事は適正適格。ただし請け負うのは大きな虚物のみで活動はそう多くはなく、さらに活動証拠を一切残さない、いわゆる謎めいた集団でもあった。

 そのため墓守りであるならば、どこかで耳にしたことがある名なのだった。

「今のは教えてもらった感謝の言葉として受け取るべきか?」

「何でそうなる?やっぱりてめぇは好きになれねぇ」

 ジーレイは相変わらず淡白な態度であしらい、鼻息荒く一人いきり立つハリウは言葉とは裏腹に口端を上げた。

「おい、ハリウ!呑気な事言ってるなよ。お詫びの品って言っても、俺らが処理をしたのをそのまま返してきてんだぞ、見てみろよ」

「あ?そういうことか?!そこに蓄音機入ってたりしないか?いいか、俺のだかんな!」

 なぜリノはルオジェンと一緒に龙卷风(竜巻)に属さないのか、なぜ龙卷风(竜巻)のルオジェンがリノたちに接触をしてきたのか、疑問が次から次へと湧いてくる。

 とはいえ、姉弟でお揃いの手袋を、人の目にとまりやすい手にあえて身に着けている不自然さにはさすがのユトンも気付いていなかった。

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