第6話 陰と陽②

 社殿へと一旦退いたユトンは、重いバッグを雑に放り投げた。替えの銃弾ばかり入っているせいで、金属のぶつかる音と重みがドスンと社殿に響く。同時に、バッグからマガジンが一つ、滑り落ちて祭壇に当たった。

 それを拾おうとしたユトンは、ふと社殿の中を見回す。

 よく見ると蜘蛛の巣もなければ汚れてもおらず、きちんと手入れされているようだった。それなのに位牌を置いておく祭壇に、一つも位牌が置かれていない。

 ユトンは今入って来た入り口とは反対の、月旦廟の方の入り口側から一旦出て、少し離れて社殿を見てみることにした。

 すると入口の上に掲げてあるはずの『額』がないことに気付いた。

 『額』とは廟の名称を記した、いわば看板のようなものでどこの廟でも当たり前のように『額』を掲げている。

 それなのに、ここにあるべい『月旦廟』と書かれた『額』が掲げられていないのだ。

 今度はもう反対側から入り口の上を見てみると、こちらの側には名称とは別の『額』があった。書かれていたのは『与美好的回忆一起(美しい想い出とともに)』という言葉。

 チーフはチーフの振りをしてる———ユトンはこの額の言葉を見て、ジーレイの言っていた意味がなんとなく分かった気がした。

 思えば、ここは墓だというのに死体が一切出てこない。陰の気を浴びているのなら、全部とは言わなくても、いくつか死体が動き出していてもおかしくないのに。

 もしかしてここは、墓は墓でも人ではなくてモノの———。


 ◇


「目を覚ませ!チーフに操られてる!」

 ジーレイが話している傍から、ズユーは刀剣を縦横無尽に切り付けて来た。ジーレイはただ、漆黒のニードルでその剣撃を受け流すことしかできず、次第に押されていく。自慢のニードルに傷がついて行く。

 一方、ハリウはショットガンを自分に狙いを定めているのが視界に入る。

「おい!チーフに何を言われたのか知らないが、お前らはチーフに騙されている。遊ばれてるんだ」

 ジーレイは一瞬のタイミングを見て、ズユーの剣撃をニードルで思い切り下から上へと振り上げて刀剣を吹き飛ばした。刀剣は空を舞い、ズユーから離れた所にガシャンと音を立てて地面に落ちた。

 ジーレイは息をつく暇もなく、さきほど貫通させた電気ストーブの元へともんどりうって行くと、ストーブから銀色の板を引きはがす。

「そんなもので何をするつもり?早くそれをちょうだい!」

 ジーレイはその銀の板を空に掲げたあと、ハリウとズユーに向けた。月の光を受けた鏡は光りだし、二人を明るく照らす。

 二人は両手で頭を抱えると、苦しそうにうめき声を上げはじめた。

「ゔぁ……ぁああぁ……!」

 鏡の光はさらに強さを増すと、二人の背中から引き剥がされるように二人と瓜二つのハリウとズユーが現れた。出て来た、と言った方がいいのか。

 影のような、実態を持たないそれは、鈍く一閃すると瞬く間に消え、二人はその場に崩れ落ちた。

「今、一体何が……?」

「この単一乾電池、チーフはこれを探してたんだ。何に使うか知ってるか?」

 ジーレイは胸ポケットにしまった単一乾電池を取り出し、二人に見せた。

「なんだ、それ?ただの電池じゃないか。何の価値もない」

「ダーロンだ。ダーロンを生き返らせるために、チーフはお前らを利用してたんだ」

 意識が正常に戻った二人は眉間にしわを寄せ、ジーレイの言葉に耳を疑った。

「ダーロンだって??」

「彼は死んだって聞いたけど?」

 落ち着いた二人にジーレイはふう、と深呼吸した。

「ダーロンて、あのダーロンか?ダーロンは死んだんだろ?ど、どういうことだ?」

 ハリウは戸惑いを隠せず、ジーレイとリノを交互に見やる。

「……その乾電池があれば、ダーロンは生き返る。その電池を使って生き返らせたいんだよ……!」

 リノはなんとかわかってもらおうと、必死に自分の想いを伝える。だが、ハリウとズユーの表情が晴れる様子はない。

「ちょ、チーフ。意味がわからねぇ。ダーロンてあのダーロンだろ?なんで乾電池で生き返る?そもそも生き返らせたいってなんだよ?」

 そこへジーレイが横から口を挟んできた。

「お前たちが言っているダーロンは人か?」

「は?お前何言ってるんだよ、人に決まってるだろ!」

 ハリウの言葉にジーレイは溜息をつく。

 ところが、ズユーはダーロンの事は今日初めて聞いたばかりの話で会話についていけず、なんとも妙な表情で三人の事の成り行きを見守っている。

「なんとも紛らわしいな……。チーフの言うダーロンは……おもちゃのダーロンだ」

 

「はああ??」

 

「ここへ来たのは、チーフが最初からダーロンに使う乾電池目的でやってきた」

 ジーレイの言葉に観念したかのように頬を赤らめたリノは、背負っていたザックの中を手探る。

 中から取り出したのは、ジーレイの言う通り犬の姿をしたおもちゃだった。

「な、鳴かせないでください」

 ジーレイはやや動揺しながら、おもちゃの腹の部分にあるスイッチに手をかけようとしていたリノを制した。

「冗談じゃねえですよ!おもちゃ?チーフのおもちゃのために、俺らはこんな死にそうになってたんすか?」

「だって……急に動かなくなったんだもん!いつもなら、ワンワン!って可愛い声で鳴くのに今じゃ……」

「だから、やめ……!」

 ジーレイの制止も聞かず、リノが犬のおもちゃのスイッチを入れると———ギャオーン、ギャ、ギャオーン…———と、可愛い声とはかけ離れた得体の知れない鳴き声が聞こえて来た。

「今じゃどこでも見かけない単一電池がここにあるってジーレイから聞いたから、もう絶対手に入れないといけないと思ってさ!」

「思ってさっ!じゃないすよ!おちゃらけるのもいい加減にしてくれ!ギルンとユアンにはなんて言うんすか!」

「そんな古いおもちゃ、虚物になる前にさっさと処分した方がいいですよ」

「そんな簡単に手放せるか!思い出が詰まってるんだよ!君のばあちゃんだって、ブリキの人形飾ってたでしょう?あれだって想い出が詰まってるから、いつまでも捨てられずにいるんだよ」

「でも、あれ虚物だし」

「虚物になってもちゃんとばあちゃんのいう事聞いてるのは、ばあちゃんの手入れがいいからだよ。ばあちゃんが長年、大切にしてたからこそ。ハリウは知らないだろうけど、今は本来の虚物以上の価値になってるよ。100万……いや、300万位かな」

「嘘だろ?!あの古臭いブリキ人形が300万?」

「そうだ、今度ばあちゃんにも墓守りに入ってもらおうよ!ハリウのばあちゃん、虚物を手懐ける才能あるよ!」

 犬のダーロンが、リノに賛成するかのようにギャオーンと一吠えした。

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