第5話 陰と陽①

 一人走り出したジーレイは月旦廟の中央に位置する、廟を兼ねた鐘楼にいた。ここからだと下を見下ろせるため、地上の動きが良く把握できる。

 廟の周りには廃棄物である、壊れた様々な生活用品が散乱していたが、ジーレイはそれらをうまくやり過ごしていた。

 洗濯機や掃除機、テレビにストーブ……。重さに比例して動きも重かったのが幸いだった。

 ジーレイはニードルの照準器を覗き、まずギルンとユアンの位置を確認する。

 爆発で吹き飛んだ二人の姿は確認できたものの、地面に横たわったまま動かない。残念ながら、ここからでは安否まではわからなかった。

 次にリノ達の方を確認する。

 自分の事をあれこれ話し合っているのだろう、四人はしばらくその場所に固まっているのが見える。ところが四人の後方から、重機用タイヤが迫って行くのが視界に入って来た。この軌道のまま行けば確実に四人に激突する、そう察したジーレイはニードルを四人の方向を狙うと、数発撃った。

 銃弾は四人の近くに散乱している瓶の破片を粉砕した。その銃弾のお陰で四人は後方からタイヤが迫っていることに気付き、間もなく四人はそれぞれ別の方向へとバラけて走り出した。

 四人を一度に追跡することはできないため、ジーレイはひとまずユトンを追跡することにした。

 ユトンは装備が弱いうえに、救護バッグと銃弾の入ったザックなど荷物をたくさん持っていた。そのため、あまり早く走ることができず気がかりだったのだ。

 ところがジーレイの心配をよそに、ユトンは鐘楼へ向かっていたのが、虚物を撃退してきた社殿の方へとUターンして行く。

 一度安全な場所へと退くことにしたのだろう。

 

 次にズユーを追跡する。

 ズユーはハリウからあまり離れていない距離を走っていた。ところがズユーの目の前に、自分がやり過ごしたブラウン管テレビが転がり現れ、ズユーの行く手を塞ぐ。

 ズユーは両手に持った刀剣の柄同士をカチャリとはめ込ませ、鉾ほどの長さにするとすぐにテレビに向けて突きを繰り出す。そんなズユーの背後で、別のブラウン管テレビやビデオデッキ、ミニコンポなどが一つ、二つ、と上に積み重なっていた。もし大きなテレビがズユーの上に崩れ落ちれば重傷は免れない。

 背後で何が起きているかまだ気づいていないズユーに代わって、ジーレイは直ちにドン、ドン、ドン、と何度もテレビのすぐ脇にある墓石に向けてニードルを撃ち込んだ。地面に埋まっている墓石の根本から平行にきれいにかち割って行く。

 次に、墓石とは反対側のテレビ近くの木の根元付近に、これまた銃弾を撃ち込み、を入れていく。

 ズユーはテレビを破壊している傍から、自分の真後ろにから聞こえてくる着弾音に振り返るなり、自分の今の状況をすぐに理解した。

 目の前に迫る、自分の背の倍以上にまで積み重なったテレビ類に、ズユーはぎょっとした。あまりの近さに思わず足がすくみ、尻餅をつく。逃げなければいけないのに、足に力が入らない。

 ズユーは手に持った刀剣を構えると、自分の頭上に傾いてくる虚物をとにかく突きまくるしかなかった。

 虚物は破損しながらも、ついにズユーの上に被さるように崩れていく。虚物が落ちて来る様子は、まるでスローモーションのようだった。

 ゆっくりと頭上へと迫る重たいテレビや録画機……。

 そこに、ジーレイがかち割った墓石がだるま落としよろしく一番下のテレビへと滑り込んで弾き飛ばし、同時にテレビの上に重なっていた虚物がバランスを崩して倒れ込んでいく方面の真正面に当たるように切り倒した木が塞ぐように倒れる。

 虚物は積み木を崩したようにガラガラと音を立てながら次々と壊れていった。

 

 次に照準器からハリウを追跡すると、タイヤに追われ必死で逃げているところだった。このままでは体力が限界になり、激突されるのも時間の問題だろう。ジーレイはハリウを追ったまま、機会を狙ってタイヤを吹っ飛ばす方法を思いつく。

 その機会とは————食洗器を爆発させた時のように、爆発を起こすことのできる虚物の近くをタイヤが通る瞬間だった。爆風というリスクがハリウを襲う可能性は十分にあったが、そこは受け入れてもらうしかない。

 ジーレイは急いで銃弾を補充し装填する。

 ハリウの行く少し先に銃弾を撃ち、ジーレイの狙う虚物へ向かうよう誘導していく。

「もう少し|《・》くれよ」

 ここにたどり着く途中で見かけた一斗缶、それを破壊して爆発でタイヤを吹き飛ばす算段だ。ただし、可燃性塗料が入っているかどうかは賭けだった。

 一斗缶に狙いを定め、ハリウが走ってくるタイミングを見計らう。

 

 目標まであと200メートル。


 100メートル……。

 

 50メートル……。

 

 ジーレイが今まさに銃弾を発射しようとしたその時、突然どこからともなく飛び出してきた電気コードがぐるぐるとジーレイの腕に巻き付く。

 虚物を撃つタイミングをすっかり逃してしまったジーレイ。

 そこへ鐘楼へ辿り着いたリノがジーレイのいる場所へと上って来た。

 ジーレイは上って来たリノをちら、と見やると視線を空へ移す。空はとうに日が落ち、広く闇が覆っていた。そしてその闇の中にぽっかりと浮かぶ月。

 ジーレイは腕に食い込んで巻き付いているコードを無理やり引きはがす。

「酷いもんだね、こんなに投棄されてた廃棄物が集まって来てるなんて。まだ使えそうなものがたくさんあったよね?」

 もがくジーレイを眺めながら、リノは落ち着いた声色で話し掛ける。

「チーフ、あなたは絶対いち早くここに来ると思っていました」

 ジーレイは引き剥がしたコードをさっと束ねると、何重にもきつく縛り上げて鐘楼から投げ捨てた。

「当たり前だよ。勝手な行動されたらチーフとして見過ごせる訳ないでしょう。せっかく腕の立つ君を信頼して任務を任せたのに、困るよ、ほんと」

 ハンドガンをジーレイに向けたまま、リノもジーレイの台詞に言葉を返す。

「いや、あれなら指示を受けた通り、ちゃんと手に入れてますよ」

「なら、それ、渡してくれる?」

 リノの表情は、妙に真剣な、それでいて何かを懇願するような表情をしていた。


 ◇

 

 ジーレイが助け損ねたハリウはというと、当然まだひたすらタイヤから一生懸命に逃げ回っていた。しつこいほどにタイヤはハリウを追い詰めていく。

「なんで俺だけ走ってばっかり……!」

 ふと鐘楼が目に入った。息も絶え絶えに、なんとかリノに言われた通り鐘楼までたどり着けたことに、一安心するハリウ。

 だがこのまま鐘楼に上っても、自分を追ってくるあのタイヤの大きさと威力では、もし突っ込まれたらその途端に廟の壁をぶち破ってしまうかもしれない。そして下手をすれば鐘楼は崩れ、上にいるリノは……。

 しかし、体力も限界の今、とにかくタイヤから距離を取らないと自分がやられてしまう。

「ちきしょう!」

 ハリウはもう一度だけ賭けに出ることにした。

 立ち止まって振り返りざまに、タイヤに向けてトリプルを連射する。

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 数発撃った後、ビクともしないタイヤにやはり絶望を感じる。そして眼前まで迫り、もうこれ以上は無理だというその時。タイヤは爆発音と共に吹き飛び、姿がなくなった。

「破壊……できたのか?」

 ハリウもまた爆風で吹きとばされていたが、土に埋もれた体を起こしながらタイヤの姿を探す。

 まもなく空から黒い欠片が舞い落ちてきた。その黒い欠片を手に取って見てみると、それは堅く、タイヤと同じ素材だった。

「ひゃっほう!……マジか!トリプルで破壊できたのか、俺、すげえぇ!」

 

 ◇

 

「早くそれを私に渡して」

 ハリウの無事を見届けたジーレイは、異様な雰囲気を放つリノに視線を戻した。

 ジーレイの目の前にいるリノは、昼間の時とは別人のように重苦しい禍々しい気がまとわりはじめる。

「廟の中に安置された小箱があるからその箱を取ってこいと。指示された通り、開けたら驚きましたよ」

 ジーレイは自分の胸ポケットから何かを取りだすと、何も言わずそれをリノの前に差し出してみせた。それはごく普通の単一乾電池だった。

「何それ?それが指示したモノ?まあ、でも、価値があればそんなものでも仲間は喜ぶからね。盗ったもの、取り返さないと私の面子にも関わるし、とりあえずそれ渡してよ」

「まだ続けるんですか……?」

 鼻で笑うジーレイ。

 ジーレイ手のひらに乗った単一乾電池に手を伸ばすリノ。だが、ジーレイはリノの手が届く直前に電池を持った手を引っ込め、それを妨げた。

「とぼけなくていいですよ。彼らがほしがってるんじゃなくて、これを探してた。上手く俺の情報に食いついてくれて助かりましたよ、ねぇ、チーフ?」

「あいつらは価値を知らないからでしょ?説明すれば喜ぶよ」

 ジーレイは大きく振りかぶると、手に持った単一乾電池を鐘楼から投げ捨てた。

「あぁ……!!」

 リノはそれに取り乱し、鐘楼の下を覗こうと足を踏み出した。と、ジーレイは先ほど電池を握っていた手をリノに再び差し出す。

「なんてことすんの!!」

 きっと睨みつけて来るようなリノに、ジーレイは握った手を開いて見せた。そこには投げ捨てたはずの単一乾電池が乗っていた。

 リノの顔がパッと明るくなる。

 ジーレイは投げる振りをしてみせ、リノの反応を試してみたのだった。

「これを欲しがる奴は陰の気に支配されている奴しかいない。普通の人間ならあっという間に死んでしまうほどひどい陰の気だ」

「なら、どうしてジーレイはそれを触れているのかな?なんで死なないの?」

 リノの言葉にジーレイは持っていた単一乾電池を再び握りしめると、真一文字に口を結び、悔しそうにこちらを見るリノの視線をよそに自分の胸ポケットへと入れた。

「あなたは稀に見る強い陰の気を持つ人間だ。触れたもの全てを陰の気に変えてしまう。違うか?」

 口ごもるリノ。ジーレイは一息置くとリノに人差し指を向けた。

「私がどうかした?」

「違う。その手袋。ルオジェンもはめているな。手袋をはめているのは、誤って人に触れて殺してしまわないようにするためのものだ」

「なら、君に触れて試してみようか」

 リノはジーレイの前へと足を踏み出す。

 リノははめている手袋を取り、ジーレイの手に近づけていく。

 ところが、ジーレイはリノの焦らせるようなのんびりした行動に対し、むしろ自ら手のひらを差し出してきた。その冷静な態度を不信に思い、リノはあともう少し、というところで伸ばしていた手を引っ込めた。

「やらないのか?試そうって言ったのはチーフだ」

 リノは悔しそうな表情でジーレイを見上げる。

「陰の気が強い人間がいるように、陽の気が強い人間もいる。俺も稀に見る強い陽の気を持つ人間だ。陰の気に触れても全く影響を受けない。だから俺の陽の力を利用した。小箱が封印されていたのを知ってたろ?」

「チーフ!しゃがめ!」

 その時、鐘楼へと辿り着いたハリウとズユーが二人の前へと姿を現した。

等等ダンダン(待て)!話を聞け!」

 ジーレイは説明をしようと二人に話しかけるが、二人はリノとジーレイを中心にするように左右に分かれて展開すると、ハリウはジーレイに向けてショットガンを発射し、ズユーは小刀を投げつけてきた。

 前後とも逃げ場を失ったかに見えたジーレイだったが、ハリウがショットガンを放つのとほぼ同時にジーレイもニードルを撃ち、さらにすぐ後ろを向いてニードルを自分の前に掲げる。

 ジーレイの弾はハリウの撃った銃弾をほんの少し掠めて軌道を変えて、ハリウの背後に迫っていた電気ストーブを貫通、ズユーが放った小刀はニードル本体に当てて弾き返し、その小刀はズユーの顔のすぐ近くを通過する。

「危ないな!私に当たるところだったじゃないか!でもやっと来たね、私の従順な子供たち。ユトンはいないのか。まあ、彼は一番従順だけど、変に賢くて勘が鋭いところがあるからちょうど良かった」

「チーフ!こんな時に何のんきな事言ってんすか!俺、タイヤに追われて死にかけたんすから!」

 ハリウとズユーは、ジーレイに向けた武器を下ろすとリノの元へと寄って行く。

「お前、何を狙って来たのか知らないが、話はチーフから聞いた。大人しく横取りしたものを返せばこのまま見逃してやらなくもない」

「待て、俺の話を聞……」

 ジーレイがそう話しかけた時、リノは何食わぬ顔でハリウとズユーの背後に回ると、手袋を外した指で二人の後頭部をさっと撫でた。

「二人に何をした?!」

 二人はまじまじとジーレイを見つめる。

「あそこに君たちの大好きなお宝があるから、持ってきてくれないかな」

 リノの言葉に、ハリウとズユーの目つきが不自然なほどにジーレイを凝視するのだった。

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