第4話 カオスへようこそ③

 【虚物】———知能は持たないが、自分が何の道具で、どのような使い方をすれば危険なのか、『自分の取り扱い方』を本能で理解しているガラクタ、廃棄物のこと。

 

 ————

 

 鏡で状況を確認したギルンは、ユアンにネイルガンを組み立てるよう伝えた。

 二人が身を隠している木はガラスや瓶がマシンガンのように突き刺さり、片側だけ異様な姿になっている。

 もう小一時間も隠れ続けていれば、いずれ木も切り倒されてしまう事だろう。

「俺から離れるなよ」

 ギルンは重たいトリプル銃を構えると、身を潜めていた木から飛び出す。

「オラァッ!」

 ショットガンを無造作に置かれた廃材に向けて撃ち込んでいく。

 廃材はギルン達の存在に気づくと、乱雑に重なっていた体をに立て、体を左右に振るように動き出してきた。

 残骸の中でもただの大きな板きれでは、ギルンの恰好の的だった。そのため、廃材も考えたのか、それぞれ動いていた廃材は次々と重なり、銃弾を通さない分厚い板へと変化する。

 廃材に打ち込んでいくギルンの銃弾は、次第に板をぶち破れなくなり、重なった板の真ん中あたりに食い込んで止まる。

「ユアン、今だ!」

 ユアンは一つ深呼吸をすると、肩に構えたネイルガンをきれいな一塊となった板へ向けて撃ち込む。

 ネイル(釘)ガンと呼ばれているものの、撃ち放たれたのは槍ほどもある太くて長い釘。ズガン!と音を立てて、釘は一塊となった廃材を一瞬にして串刺しにする。

 ユアンは一度撃っては反動で数歩下がり、また前に出ては数歩下がりを繰り返していくうち、いくつもの塊が出来上がっていく。

「あの化粧箪笥は傷つけんなよ」

 おぼつかない足取りのユアンに、ギルンは、ユアンは必死にネイルガンと廃材に集中していてそれどころではない。なぜならネイルガンで固定されてもなお、廃材は動き続けていたからだ。

 ユアンは焦り、ネイルガンを撃ちまくる。

「これで終わりだと思うなよ」

 ギルンはトリプルに装填する弾の種類を別のものに変えると、重い体を引きずるようにこちらへ向かってくる廃材に向けて撃ち込んだ。

 その銃弾はさきほどギルンが撃った銃弾と同様に、廃材の真ん中あたりに食い込んだだけで何もダメージは与えられておらず、廃材の動きは止まらない。

「———3、2、1……」

 ギルンの秒読みが終わるのと同時に、板に突き刺さった銃弾は大きな破裂音と共に爆発した。木の板は四方八方へ木っ端みじんに吹き飛ぶ。

 ギルンは廃材の処理にほっと一息をついた————のも束の間、いくつもの細長い缶が集まりだし、燃え上がる残骸に自ら突っ込んで行くのが見えた。

「何だ、あれは?」

 ユアンもこれにすぐ反応し、持ったままのネイルガンを向ける。

「待て、ユアン!撃つなーーー!!」

 それは虚物———可燃性のガスが入ったスプレー缶だった。

 スプレー缶はユアンの撃った銃弾によって爆発し、その爆発が次々と別のスプレー缶の爆発を引き起こし、周辺の墓どころか地面までもをえぐった。

 ギルンとユアンも爆風によって大きく後方へもんどりうって吹き飛ばされた。


 月旦廟へ足を踏み入れてから、少し進むごとに現れる虚物。思った以上の数に足止めを食らい、すでにだいぶ時間が経過していた。

 日が傾き、影が東の方へゆっくりと細く、長く、伸びていく。


 ◇

 

———そうか、あんたたちにはそう見えるか———


 ジーレイの意味深な言葉に、つい自分達が今置かれている状況を忘れていたハリウは、突然起きた爆発に我に返る。

 爆発の位置は間違いなくギルン達のいる場所。ハリウはたまらず体を乗り出す。

「あいつら……!」

「まずい……!ハリウ行くよ!」

 リノの指示から、ジーレイをユトンとズユーの元に残していくことを察したハリウは、その指示に不満を感じずにはいられなかった。

「奴はここに置いておくんで?」

「つべこべ言ってないで着いてこい!」

 リノは先ほどまでの余裕な表情から一変し、ハリウを怒鳴りつけた。リノも当然二人の安否がとても気にかかっていたのだ。その苛立ちからついハリウに八つ当たりしてしまう。

 リノは再び周囲を見回し、次に身を隠す場所までの距離を確認する。

「……俺を気に食わないならそれもいい。俺もこんなまどろっこしいやり方うんざりしてきたところだ」

 それまで黙って従っていたジーレイは、突然不満を口にした。

「まどろっこしいって何だよ。チーフの指示した通り、黙って俺たちの援護しろよ」

「今言った通りだ」

「は?お前何言って……」

 ジーレイは一瞬リノをちらりと見やると、ニードルと共に一人廟の方へと走って行ってしまった。

 行く手には虚物がすでに待ち伏せしており、植え込みの陰からブリキのおもちゃやら人形やら、こまごまとした虚物が次々と現れジーレイの足元に絡みついていくが、ジーレイは相手にすることなくそれらを蹴散らしていく。

「あ!あれ、俺の姐姐ジエジエ(姉)が子供の頃持ってたなんとか人形てヤツ!俺も一緒に遊ばされてたから、なんだか懐かしいな……!」

「お前が遊んでるところ想像すると、なんだか気色悪い」

「うっせえわ!それより、あいつバカか?!チーフもなんであいつを止めないんだよ!」

「そうですよ、チーフも一体何を考えているんです?!」

 応急処置を終えたズユーもハリウと一緒にリノに食って掛かる。ユトンも、口にはしないものの、さすがに疑念の表情をリノに向ける。

 しばらく沈黙が続いたが、三人の視線にリノも観念して重い口を開いた。

「……ここの情報源はジーレイなんだよ」

 三人は驚きのあまり、互いの顔を見やる。

「ここに虚物があるっていう情報は、ジーレイが持って来たんだよ」

「で、でも、だからってなんで勝手に行動させるんすか?!」

「そうですよ!万が一何かあったらどうするんですか?僕たちの安全にも関わります」

 リノに不満をぶつけるハリウとズユー。だがユトンは一人、はっとしてリノをみやった。それからユトンは真剣な表情を浮かべたまま二人に向けて首を横に振ってみせた。

「違う、チーフがどうとかそういうことじゃない。ジーレイはここの情報を知っていた、つまり何のお宝があるのかも知っていたんだ。最初からそれを取る機会を狙っていた」

「ご名答」

 ユトンの説明にリノは拍手をした。

「自分のお宝を狙っていた?……そりゃ道理でいいタイミングでうちに来た訳だ」

「俺らはまんまと騙されたって訳か」

 ズユーの言葉を聞き、ハリウは苛立ちまぎれに噛んでいたガムを吐き出した。

 ジーレイが墓守りに来たタイミングを考えれば、勝手に行動したのも合点がいく。

 ここが一人で行けない場所だとわかると、自分の持っている情報をわざとリノに流し、隙を狙って自分の狙いのものを手に入れる。

「……となれば、することは一つ……」

 リノの言葉に嫌な予感がしたユトンは、リノを疑いの眼差しで見つめた。

「……まさか、殺すとか言うんじゃないでしょうね?捕まえて後で締め上げればいいのでは?」

「今やらなかったら、彼、お宝手に入れてこのまま消えちゃうでしょう?君たち、それでいいの?」

「……」

「いいの?ハリウが狙ってた蓄音機も持ってかれるかも?」

 確かにリノの言う通りだ。狙っていたものが手に入ればすぐに姿を消すだろう。自分ならノコノコと再び姿を現す理由はない、と誰しもが思った。

 人を騙してまで狙うお宝とは一体何なのか、三人はこの状況に半信半疑ではあったが、ジーレイへの怒りがふつふつと込み上げてくる。

「騙すつもりが騙されたね……」

 ユトンはぽつりと呟いたリノの言葉に思わず振り返ったが、リノは何も答えない。

 そこにちょうどジーレイが撃って来た銃弾が数発、リノ達の周囲に散乱していた瓶の破片に着弾した。

 ハリウ達はいよいよリノの言う通り、ジーレイが何か希少価値のある虚物を一人占めするつもりなのだと確信した。 

 と、背後から何かの音が聞こえてきた。植え込みを揺らし、落ち葉を踏みつけるような何か重々しい音。

 リノ達が音のする方に視線を向けると、植え込みの陰から姿を現したのは、直径2メートルほどもあるごつごつとした重機用タイヤだった。

「お?か……か……可燃……可燃かあ?」

 ハリウはすぐにトリプルで続けざまに弾を撃ち込む。が、分厚いせいで銃弾はタイヤにめり込むだけで少しのダメージも与えられない。

「チーフ!こりゃ、可燃と不燃どっちだ?!」

「どうする!チーフ!」

 この状況に、ハリウ達はリノの指示を仰ぐ。このままではリノ達はタイヤに踏みつぶされてしまう。

 迷っている間も、タイヤはレース開始前のマシンがエンジンを吹かすごとく、リノ達に向かって自身の重い惰性を利用し勢いよく転がっていく。

「散開!散って鐘楼へ向かえ!ジーレイはそこに居る!ジーレイを捕まえるよ!」

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