第3話 カオスへようこそ②
「お前、この音楽の曲名知ってるか?」
植込みを左へと進んだギルンとユアンは、リノから聞いていた大きな木の影に身を潜めていた。
瓶やガラスはダーツのように二人を目掛けて飛んでくる。しかし、木に激突するたびにガチャン、ガチャン、と粉砕音を立てて自ら自爆していく。
自ら破壊していくので手を下す必要はなかったが、思いのほか破片が飛び散り身動きをとるのが難しい状況だった。
「残念だけど、し、知らない。……これからどうするの?」
「チーフが言ったろ、虚物を中央に集めるんだ——」
ギルンは胸ポケットから鏡を取り出し、木を背にして廟を鏡に映す。
まだ日暮れ前なので心配ないが、日が暮れて地形が陰ってくればこちらが不利になるのは間違いない。
「っ
木に当たった瓶の破片が、鏡を持ったギルンの親指に突き刺さった。傷口から一筋の血が流れ落ちていく。
「——とはいえ小物を探すのは大変だよな」
鏡に映ったのは、家の解体などで出たと思われる姿を留めていないたくさんの木の廃材。その中に金細工が施された古い化粧箪笥が一つ、廃材に囲まれるように静かに佇んでいた。
瓶はその付近から飛んで来ていた。
「ユアン、あれ、組み立てろ」
「あ、あれ……?」
ギルンは、ユアンにとあるものを準備するよう伝え、自分は銃身をより威力のあるトリプルへと交換した。
「惜しいな。あれを破壊するのは実に惜しい……」
◇
ジーレイはあらかじめリノと地図で確認していた盛土の影に素早く身を潜めた。ハリウもジーレイに続いてその影へ滑り込む。
「なんでこんな狭いところでてめぇと身を寄せあわなきゃならねぇ……」
この盛土は、隣にある墓参りで出たごみ捨て用に掘った穴の土で、穴には燃え残った仏花や黒い炭となった何かが所々に転がっていた。
ジーレイは周囲に虚物がないか確認する。
「お前ほんと愛想ないな。お前こそマネキンの虚物だったりしてな」
冷めた反応しかしないジーレイにぼやくハリウ。そのままジーレイに偵察を任せ、ここへと滑り込む際に瓶やガラスを撃って消費した分の銃弾と、ポケットの予備弾の補充をすることにした。
上着の前ポケットに入れていた弾薬を取り出していると、隣からバン、とハンドガンの音。
「ん?」
狙ったものは遠いというのは分かったが、銃弾の補充で見ていなかったせいで、ハリウはそれが何なのかわからなかった。
ジーレイが撃った弾は虚物に命中し、それは再びただのガラクタへと戻り地面に転がった。
ところが……ものの数秒後に
ジーレイは急いで背中に背負っていた、黒の長細いチタンケースを地面に下ろすと、ケースを開けた。
中には銃身の細い狙撃用の銃が鎮座していた。
「ニードル!?」
ハリウは思わず驚きの声を上げた。弾薬を補充していた手が止まる。
美しい細身の銃身を持つことからニードルと呼ばれ、飛距離があり貫通力に長けている狙撃中で、超小型・超軽量のため持ち運びは楽だが、扱いが非常に難しいと言われていた。
「お前、ニードル扱えるのか?!」
ジーレイはニードルを構えるとすぐに装着されたスコープを覗き、あっという間に照準を合わせる。
そして、カシャンと弾を装填すると、間もなく———トリガーを引いた。
ジーレイの虚物を狙った銃弾は目標物に命中し、虚物の動きは今度こそ停止した。
ハリウは単体のスコープでジーレイの撃ったモノを確認すると、それはぬいぐるみだった。ジーレイが最初に撃った時に頭を吹き飛ばしたせいで、何のぬいぐるみなのかはわからないが。今は、さらに腹の部分にはきれいな丸い穴が空いている。
「電池式のぬいぐるみかよ……」
虚物を仕留め、一安心するハリウ。しかし、ニードルを構えたまま姿を崩そうとしないジーレイに、ハリウは訊く。
「まだ何かいるのか?」
当然、ジーレイはハリウの質問に答えず無反応だった。
何を考えているのか全くわからない男だが、扱いが難しいと言われるニードルを扱う男が今、隣にいる。
なぜ久しぶりの任務のタイミングで、そんな人間が墓守りに来たのか。
どこか人を苛つかせるのに、素性の知れない態度が逆に興味を引かれる。
「チーフの弟の紹介でうちに来たのか?それとも自分自身でうちに来たのか?」
ハリウの声は聞こえているはずなのに、うんともすんとも反応しないジーレイ。
黙っているのが苦手なハリウは、返答がないとわかっていても言葉が出てしまう。
「チーフは今まで弟の話なんて少しもしなかった。いや、自分の事は話そうとしない。そんな人間が車の運転だけに弟を使うか?お前の言う
弾薬を補充し終わると、ジーレイと同じように周囲を伺う。
「ルオジェンから
「……やけに彼女に興味があるんだな」
「なんだ、喋るんじゃないか。虚物じゃなかったんだな」
「来るぞ」
ジーレイの突然の言葉に、ハリウはわずかに緊張し周囲に耳を澄ます。来るとは何を指すのか。
「何が来るんだ……?」
ぬいぐるみに気を取られて気付かなかったが、間隔を置いていつのまにあ乳母車が置いてあった。
視界に入るだけでも5、6台ある。その乳母車の後ろで不気味な動きをしているのは、押し手に手を添えたマネキン。
「ハッ!お前かと思ったぜ」
ハリウは皮肉った。
マネキンはギギギ……と、ぎこちなく首をジーレイたちのいる方へ傾けると、それが合図だったかのように乳母車からたくさんの何かが一斉に飛び出し、ジーレイたちへと向かって来た。
「馬鹿の一つ覚え見たく飛びかかってくるしか能がないのかよ!」
ハリウは急いでシングルからトリプルへと銃身を交換する。ジーレイは冷静に一つ一つ射抜き、それらを確実に破壊していく。
壊れて地面に転がるのは、ラジカセ、扇風機、炊飯器、湯たんぽ、電気ポット……やや重さと大きさのある生活用品ばかりだった。
◇
リノとユトンが一通りラジコンカーを破壊し終えた頃には、瓶やガラスの襲撃も落ち着いていた。
ユトンは
数秒後に、ボン、という籠った音が鳴り、ユトンが蓋を開けると先ほど入れたラジコンカーは跡形もなく消滅していた。
この小箱は小物用虚物の焼却炉とでもいおうか、バッテリーがあるものも含めて一度に消滅できるため、対処し損ねる心配がない。
リノは望遠鏡を手に取ると、ギルン達のいる方を確認する。ギルン達は無事に木の影に身を潜め、中央へ近づくタイミングを見計らっているようだった。
次にハリウ達の方へと視界を移動させる。
すると、大量のマネキンや生活用品が今まさにハリウ達に向かう場面だった。二人であの量の虚物の対応は難しいと判断したリノは、ズユーとユトンに、これからハリウ達の援護に向かうことを伝える。
ユトンを真ん中にして、体を屈めながらハリウ達が居る場所へと、植え込み沿いを走り抜けていく。
そこへふいに聞こえて来た微かなうめき声を、ユトンは聞き逃さなかった。
振り向くと、自分のすぐ後ろに着いていたはずのズユーが少し戻った所に倒れていた。
「ズユー!」
ユトンはズユーに駆け寄ると、こめかみにある傷がぱっくりと開いているのが確認できた。
空中に舞うモーター音。
「ユトン!ズユー!」
リノが二人の異変に気付き名前を叫ぶ。
ラジコンカーは敏速に身をひるがえすと、次はユトン目掛けて滑空する。
救護優先の意識が身に染みていたユトンは、図らずも武器を持つ事を忘れ、ズユーの体へ覆い被さる。
そこに乾いた音が一発———こちらの異変に気付いたジーレイが自分達に向かってくる虚物を後回しに、ラジコン飛行機を撃ち落とした。そして何事もなかったかのように、また目の前の虚物の狙撃に戻る。
地面に墜落したラジコン飛行機はブリキ製で、片翼にはズユーのものと思われる血が付着していた。
ズユーはこめかみを抑えながら自分の無事を伝えると、手当ては後回しに、リノと共にハリウとジーレイの加勢に加わった。
◇
「ズユー、大丈夫か?」
生活用品の虚物を一通り破壊し終わると、ユトンは肩にかけた医療バッグとともに、真っ先にズユーへと駆け寄った。リノ達もズユーの元へ集まる。
「傷は浅い?」
「俺は大丈夫です」
「見た所致命傷ではありませんが、傷が深く縫う必要があります」
ズユーは自分の傷の診断を聞きながら、ジーレイに向けて自分の上腕を指さす仕草をしてみせた。「自分の腕を見てみろ」と。
ジーレイは言われた通り自分の上腕を見てみると、服が裂け、血が滲んでいた。だが、特に痛みはなく、動きに支障はない。
「何でもない」
「ユトン、ズユーをお願い」
「了解」
リノの指示にユトンは返事と同時に医療バッグを開き、応急処置の準備を始めた。
再びリノとハリウとジーレイの三人が揃い、次の行動を練る。
「一体どれだけの虚物が集まっているんだ?終わりが見える気配がしねえすよ、チーフ」
ハリウのぼやきにリノが返す。
「廟の向こうでギルンとユアンも動いてる、もうすぐ終わるよ。それに迎えが間もなく来るはずだから」
「迎え?誰が迎えに来るって言うんです?」
リノの言葉に、ハリウは思わず噴き出した。墓守りの仲間は自分達だけで、他に仲間はいない。
「笑ってくれて
リノも円満の笑みを返すと、壊れて廃棄物に戻った生活用品の残骸が散らばる中を歩を進めていく。
もう月旦廟の中央に大分近づいた。虚物を一掃し終えればこの任務は完了する。
望遠鏡で中央に鎮座している廟を観察する。廟は小さな物置小屋程の大きさで、鉄の扉がついており、さらに鍵がかけられていた。虚物とは言え、鍵を壊して中に入ることはできない。
恐らく虚物は鉄扉の付近に群れ、それが最後だとリノは予想した。
「迎えってのはチーフの
一体誰が迎えに来るというのか。いるとすれば、『ルオジェン』という男しかいない。
ハリウの質問に、リノはしばし望遠鏡から目を離す。今までハリウに話した覚えがないのに、それを知っているというのは恐らくジーレイが話したのだろうと察しが付く。
「隠していたつもりはなかったんだけどね。わざわざ自分の弟です、なんてみんなに紹介するのも気恥ずかしいでしょう?」
そういってリノは笑ったが、ハリウはどこかすっきりしない様子だった。そこへ、二人の話に一人加わった。
「……ハリウはチーフに興味があるみたいですよ」
ぽそりと呟いたのはジーレイだった。
「
人を小ばかにしたようなジーレイの態度にハリウはムッとする。
「
リノはジーレイの言葉にどこ吹く風で答える。
今更驚きも照れもない。彼らとは気の知れた仲間だ。彼らの事は何だって知っている。彼らもいつだって自分を慕ってくれてる。例え、あの事故があっても。
だが、ジーレイの表情は一切緩まなかった。
「チーフ、いつまでそんな
突然一言そう言うと、ジーレイはニードルに銃弾を込めはじめた。
「ハッ!振りって何だよ?お前急に何言ってんだ?」
「そのままだ。……チーフはチーフの振りをしてる」
「チーフがチーフの振りをしてる?意味わかんねぇな。今日一緒に居てわかっただろ?チーフは気まぐれなところはあるが、何かおかしいところはあったか?」
「そうだ。チーフと呼んでるけどリノは俺たちの仲間だ。俺達は仲間の事は良く知っている」
ユトンも我慢できずに、ズユーの治療をしながらハリウの言葉に同調した。
ジーレイは二人の言葉に何か思案していた。
「そうか、あんたたちにはそう見えるか」
「お前本当に何言ってんだ?チームも何か言い返してやったらどすか?」
当のリノ本人は、ただ面白そうにジーレイ達の話を黙って聞いているだけだった。
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