第2話 カオスへようこそ①
リノ達はジーレイを連れて来た人物が運転する、墓守りが有するジープで月旦廟へと到着した。
日暮れ前のため、辺りは当然まだ明るく虚物の気配は何も感じられない。しかし、敷地にも入っていないこの場所にまで重苦しい陰の気が垂れこめていた。
先に降りたリノは運転席にいる人物の元へと向かい、ドア越しに会話を始めた。
次に車両から降りたズユーは、降りるなり左手の袖を捲った。鳥肌が立っているのが見て取れる。
「
「本当だ。うぐぅ……、お、オエェェ……」
ズユーに続いて車両から降りたユアンは、地に足をつけるなり吐き気を催し、たまらずその場で昼間の食事をもどす。
「うえぇっ!!
ユアンの次にいたギルンは、車両から汚物を飛び越えユアンから距離を置いた。
次に、ジーレイ、救護士を兼ねたユトンが車両から降りる。
「ユアンは初めての陰の気に触れるんだ、仕方ないさ。あんたは
ここに来る直前、ジーレイとリノ以外の全員、
車両から最後に降りてくるのはハリウ。ハリウは車両からライフルと弾薬を詰め込んだ上着を両手に持つと、足元におろした。
「どこかで見たことがある顔してんな……」
ちらりと、リノと話す運転手を横目で見ながら一人呟いた。
吐き気が落ち着いたユアンはハリウの言葉に、自分も運転手の方へと視線を向けて、同調する。
「あの運転手のことでしょう?ぼ、僕も見たことがある気がするんだけど……」
「あいつ一体誰なんだ?初めて見る顔だな。誰か知ってる奴いるか?」
そこに、ぼそりと聞こえて来た一言。
「チーフの
声の主の方へと視線を向けると、それは身軽な姿をしたジーレイだった。
肩にかけたショットガン、そして腰ベルトや上着に弾薬を入れているハリウ達や、刀剣二振りをクロスさせて背中に装備したズユーや、弾薬の他に医療品を詰め込んだバッグとザックを背負っているユトンとは違い、ジーレイの装備はかなり軽く見える。ただその代わり、ハンドガンとは別に、細長く黒いチタンケースを背負っていた。
「チーフの
全員が声を揃えて聞き返す。
「なんで最初の時言わなかった?!」
「なんでって……聞かなかっただろ」
「どうしてチーフの弟がここにいるんだ?」
「さあ……?」
「まさか、お前、チーフの知り合いか?」
「いや」
興奮しながらも声を落として話すハリウ達。次々とジーレイに質問を浴びせるが、彼らの反応とは対極してジーレイが返すのはほぼ単語。
「なら、お前は奴の知り合いか?」
「……理由が気になるなら自分で本人に聞け、だろ?」
さっき自分がユアンに言った言葉だ。ジーレイの切り返しにハリウは舌打ちした。
ギルン達は唖然としてジーレイに重い視線を向ける。そこでジーレイの身の回りの軽さにようやくズユーが気付いた。
「それにしてもずいぶん荷物が少ないが、それで予備の銃弾は足りるのか?足りなくなって俺達にねだるつもりか?」
「……間に合ってる」
今日入ったばかりとはいえ、一向に協調性が感じられないジーレイにハリウ達は苛立ちを感じ始めてきていた。
ズユーは一緒に行動するユトンの医療バッグを持ち、ユトンがザックを背負うのを手伝った。
「私が何だって?私の悪口でも言ってたのかな?」
さっきまで運転手と話をしていたリノが、みんなの背後から声を掛けてきた。ハリウ達をここまで送ってくれた人物とジープもすでになくなっていた。
入口の石門をくぐると、社殿の中を通った墓地まで続く渡り廊下が伸びていた。天井には精巧な花や生き物などが彫られ、それらは鮮やかな色で塗られていた。
社殿の中には位牌を置いていたであろう祭壇があり、その上に大きな線香立てが残されていた。その線香立てには時が止まったかのように燃え残ったままの線香が数本立っていた。
社殿から外へ出ると、公園にも見えるほどの広大な円形の墓地が広がっていた。
「できれば陽が落ちる前に中央の鐘楼まで行きたいね。いや、陽が落ちるまでに虚物処理を完了したいね。さっき指示した通り三班に分かれて」
ハリウとジーレイを指さし、自分の元に来るよう指示する。次に、指で「2」を作りギルンとユアン、ズユーとユトンの二人組に分かれるよう示す。
リノとハリウ、ジーレイの三人は武器を構え、静まり返った墓地へと踏み込んで行った。
次に踏み込むギルンとユアンは、社殿の中の入り口手前でリノ達の合図を待った。
月旦廟の敷地内は腰より少し高いくらいの植え込みが垣根代わりに植えられていた。腰を屈めば当然遠くまでは見渡せないが、普通に直立姿勢をとればある程度は見渡せ、視界の条件はそこまで悪くはない。
ただ、植え込みは一定間隔で綺麗に区切られているわけではなく、迷路のようになっており、墓も植え込みに沿って建っていた。一度迷い込むとすぐに元の場所に戻れなくなる恐れがあり、地形条件はあまりよくない。
ギルンはまだ視界の中に見えているリノ達を背後から見守り、じっと合図を待った。
リノは手に持った地図で確認しながら少しづつ進んで行く。砂利の道を踏み締める度に、砂利のギシギシという音が響く。
地図上で確認していた身を潜めそうな場所に到達すると、一番後ろにいたハリウがギルンに向かって左手を挙げ合図を送った。
こうして先にギルンとユアンの二人が、次にズユーとユトンも墓地の敷地内へと入って行った。
再びギルン達をその場に残して、リノが先頭を切り進んでいく。すると植え込みが左右へと分かれた場所へたどり着く。リノは今いる場所が地図上と同じ位置か確認しするため地面に手をつき、植え込みに近づいた。
その時。
何かが手に当たり、それはカラカラと音を立てて転がった。
ジーレイとハリウはその音に目を瞠き、息を止める。
音の正体———それは赤ちゃんをあやす時に使う
二つの円がくっついた雪だるまのような形で、起き上がりこぼしの要領で音が鳴る。レトロな赤ん坊の顔が描いてあったが、汚れと傷で大部分の顔が剥げ落ちていた。
ハリウはすぐさまハンドガンを構えると、その転がった赤ん坊のガラガラを撃ち抜いた。
辺りに静寂が戻る。
ところが、間もなくして何かがリノ達の頭上を勢いよく飛んで行った。それも一つや二つではなく、連続して。
地面に落ち、割れた音で、それがようやく食器だとわかる。
皿やコップは次々とリノ達を目掛けて飛んで来ていた。
リノ達は食器を一つ一つ撃ち落としていくものの、とにかくキリがない。
リノはハリウに
ハリウは一つ、大きな深呼吸をすると勢いよく走り出した。植込みから頭を出したり引っ込めたりしながら、わざと虚物から狙われるように上手く動き回る。
その間にリノは植え込みから食器の出所を確認する。
少し先の植え込みが途切れたところに段ボール程の四角い金属の箱が見えた。その箱には扉がついており、それが開いている。食器はその中———家庭用食洗器から飛ばされていた。
虚物も使い古されればいつかは壊れる。壊れたら然るべき方法で処分すればいいのだが、処分されずに不法投棄されるものもある。そういった
さっきの
「ジーレイ、あの食洗器が見える?」
「了解」
リノの言葉にジーレイもリノの隣から目標物を、ちら、と確認すると、リノから受け取ったショットガンを食洗器に狙いを定めトリガーに指を置く。
この間もハリウは命がけでおとりとして、あちこち動き回っている。
ドン、と爆ぜた音が一発、ジーレイの構えたライフルから響いたが、食洗器から飛んでくる皿の動きは止まっていない。ジーレイの撃った銃弾は食洗器から外れてしまった。
再びジーレイは食洗器に狙いを定める。
十分に狙いを定め、再び撃つ。
次に撃った銃弾は見事食洗器へと命中した。しかも、破壊どころか爆発をも引き起こしたのだった。
後方にいるズユー達は何が起こったのかわからず、爆発の音にただただ驚いていた。
おとりから戻ったハリウは息を切らしながら、開口一番リノに文句を言う。
「チーフ……俺をおとりにするために斥候に指名を?」
「楽しかったでしょう?よくあれだけの皿避けれたねえ。私なら虚物に当たってたよ」
リノは他人事のように返事をすると、汗の滲んだハリウの頬を、皮手袋をはめた手で軽く叩いて褒めてやった。ハリウはその手を避けたかったが、今はそんな余裕はなく、息を切らしながらただされるままに入れるしかなかった。
「しかしすげぇな、今の爆発。トリプルを使ったのか?」
ハリウは感心しながら、ジーレイの手元へと視線を落とした。ところが、手にしているのはハリウの持っているものと同じショットガンだった。
「シングル?!あんなでけぇの、良くシングルで済まそうとしたな!逆に笑える」
虚物を破壊するには虚物の大きさに比例して、撃ちこむ銃弾も多く必要になる。
とはいえ、一発ずつ撃ち込むのは要領が悪いため、虚物によっては同時に二発の銃弾を撃つことが出来る筒が二つ備わっているダブルと、同時に三発の銃弾を撃つことが出来る筒が三つ備わっているトリプルに銃身を変えることがある。
だが、筒が増えればそれだけ重量が増えて構えるのも大変になる。そのため、重いトリプルは力に自信のあるハリウとギルンが主に担当していた。
爆発を誘発したのは幸いだったが、それでも段ボールほどもある大きさの虚物に対して、銃身を変えずシングルのまま処理をしたジーレイにハリウは驚きと同時に呆れた。
「まったく、どれだけの皿があの食洗器の中に入ってたんだよ!終わりがないのかと思ったぜ……」
ハリウはようやく息が整うと植え込みに背を預けて座り込み、腰ポケットから銃弾を取り出して銃へと補充した。
リノは後方で待機するギルン、さらにその後方で待機するズユーにもこちらへ来るよう合図を送った。
再び全員が集まる。
「ここに集まっている虚物の種類は入り混じっているかもしれない。ギルンとユアンは左から、ジーレイとハリウは右から回り込んで虚物をできるだけ中央に集めて」
虚物は炊飯器や電子レンジなどの家電類、古着やカバンなどの衣類、椅子やテーブルなどの家具類といったように、同じ種類のものが集まる傾向がある。しかし、先ほどの
次の行動を確認し合っていると、突然、廟の方から『ハレルヤ』の曲が鳴り響いて来た。
さらにウィーンという機械のような音が遠くから聞こえ始め、次いで、再び何かが頭上を通過して行った。
全員一斉に体を伏せる。
「蓄音機か。俺、ずっと欲しかったんだよな。任務終わったら持って帰るから破壊するなよ」
「金持ちは良いよな、壊れたらすぐ買い換えるからよ」
聞こえてきた音楽を奏でている虚物に対して、ハリウの呑気な、それでいて切実な台詞にギルンも同調する。
ウィーンという機械音は次第に増えていき、音は四方から聞こえて来ている。
頭上を飛んでいくものは、割れる音から判断すると瓶やガラスのようだった。
「またかよ……」
ハリウは空を仰ぎ、虚物が頭上を飛んで行く状況にうんざりした。そしてリノをちらりと見たが、また囮になれと言ってくる気配はなく、一人ほっと息をついた。
ズユーは背中の刀剣を抜くと、次々と飛んでくる瓶やガラスを壊していく。割れ物は少しでも形が欠ければ処理できる、墓守りからしたら処理が楽な対象だ。
ズユーが立ち上がって囮代わりをしている今のタイミングで、リノはさきほど伝えた通り、ギルンとユアンは左へ、ジーレイとハリウは右へ、それぞれ左右に分かれて進んで行くよう合図した。
さて、次に対処すべきは機械音。
機械音は素早い動きであちこちと動き回っている———ラジコンカーだった。トラックやブルドーザー、ポルシェなど種類は様々だ。そのうちのパトカーや消防車などの緊急車両はサイレンをけたたましくならしている。
ラジコンカーはモーターを唸らせながら、捨て身でリノ達の周りをぐるぐると周り、突っ込んでくるタイミングを狙っていた。さらにラジコンカーの上にはゼンマイ仕掛けのロボットや人形が乗っかっていて、遠心力で振り落とされた人形やロボットは、起き上がるやリノ達の足元を狙って飛びかかってくる。
「ぐふっ……!」
ユトンはポルシェに自分の足をジャンプ台代わりに、腹に突っ込まれダメージをくらう。
おもちゃといえど、通常の使用範囲に留まらない虚物。当たればそれなりに怪我をする。
万一足をやられて移動に支障が出ては厄介だ。まして、救護士を兼ねたユトンが負傷するようなことがあってはさらにまずい。
ちょろちょろと動き回るラジコンカーを銃で狙うには、色んな面でリスクがあった。そのため、リノとユトンは、腰に差してあるシャベルほどの大きさで、先が三又に分かれた大きな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます