地陰天陽是制約(ちいんてんようこれせいやく)

花鳥風月

第1話 ゴミを見かけたら連絡を

高い住居ビルに囲まれ、陽の光がほとんど差さず昼間でも薄暗いここは商店街が立ち並ぶ大通り。

 店の半数はシャッターが閉まっており、そのうちのいくつかはシャッターがひしゃげて店の中が見えている状態になっている店もある。

 薄暗いせいで二十四時間点けっぱなしのネオン看板の大半は不規則にチカチカと点滅し、ビルとビルの通路には電線がのれんのように垂れ下がっている。

 その錆びれた商店街の中に構える、かなり年季の入った一軒の店の前に男女が地面に腰を下ろしていた。

 店の正面にはガラス張りの陳列棚があり、その中にはたくさんの色違いのガラス玉が陳列されてあった。

 手のひらに乗るくらいの大きさで、ガラス玉は一つ一つ色が違う。そのガラス玉の中に何か入っているわけではないのだが、このガラス玉を見ることで体の内に溜まった陰の気を落ち着けることができる。

「ねぇ、チーフ。俺ら一体ここで何してるんです?」

 男の胸には、この場に似つかわしくないショットガンが抱えられていた。足を投げ出し、空を仰ぐように上を見上げながら気力のない声で、隣に座る女性に話しかける。

 ところが陳列棚の奥から声のしわがれた叱責と丸めた新聞紙が、その男の頭を直撃する。

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないよ!仕事がないっていうお前にこうやって仕事を与えてやってんだろ!黙って仕事しな!」

「でもなぁ、ばあちゃん、報酬出してくれないだろ?それに人気ひとけがあるんじゃ、虚物コブツなんかないって。きっと、ばあちゃんの見間違いだよ」

「報酬だって?仕事しない奴に金なんて払えるか!金が欲しいなら墓守りなんてやめちまえ!危険なくせにそれこそ大した金にもなりやしない!」

 男と老婆のやりとりに、左手に持った牛乳を一気飲みしたあと軽く一息ついた女性、リノがようやく割って入る。

 リノは身長150cm程の小柄な女性だったが、体格に似合わず二人をなだめるのにまったく動じていない様子だった。

「まあまあ、ばあちゃん。仕事がないのは私の責任よねぇ?ここは私に免じてハリウを勘弁してやってよ」

 リノは老婆に平謝りすると、隣に突っ立っているハリウを肘でつつき、彼も老婆に謝るよう表情で伝える。

 ハリウはガラス張りの陳列棚に手をかけて立つと、しぶしぶ謝る。

「ばあちゃん、文句言ってごめんな……」

 それを聞いて老婆は、ふん、と鼻息を鳴らした。

 ハリウから新聞へと視線を移し、手に持った新聞を広げると親指をぺろりと舐め一枚めくった。

 ハリウも名ばかりの錆びれた商店街へと視線を移す。

 前の通りにはほとんど人通りはなく、辛うじて開いている店も錆びれている店ばかりだ。

 看板はあるものの錆びすぎて何と書いてあるかわからない店、客も来ないだろうと見越して店主がいない店、さらには店は開いているのに店先には商品が何も置いていない店さえある、存在が意味不明な商店街。

 誰も居ない。

 何も起きない。

 でもここに居るのが仕事。

「でもさチーフ、こんなに待っても虚物の姿はこれっぽちも見ないじゃんよ?やっぱり目の弱いばあちゃんの話はウソ……ぶっ!」

 リノは自分に視線を向けている老婆と目が合うと、すぐさま老婆が手にしている新聞を受け取った。そしてハリウが言い終わる前に、丸めた新聞を思い切りハリウの頭へと振り下ろす。

 スパン!といい音が響く。

「口の利き方!」

 その時、商品棚の上に飾られてあった、ブリキ製の自転車に乗ったサーカス人形の頭が跳ねた。バネがついているせいで何度も揺れ、まるで男性を笑っているようだった。

「てめ、大人しくしねぇとお前も処分すっぞ!」

 ハリウは叩かれた頭をさすりながらそのブリキ製の人形に怒鳴りつけた。すると不思議な事に、大きく揺れていたその頭はピタリと止まる。

 老婆は丸めた新聞をリノから受け取る。

「うちの馬鹿孫、きちんとしつけてくれて助かるよ」

「お安い御用で」

 リノは新聞に視線を落としたままの老婆ににこりと笑顔を向ける。

「……、うぅ……」

 それまで毅然としていた老婆はうめき声をあげたかと思うと、突然椅子から崩れ落ちた。

 ハリウは慌てて老婆に駆け寄り体を起こしてやる。具合が悪いのか、顔色が蒼ざめていた。

「ばあちゃん!干嘛ガンマ(何してんだよ)、大丈夫かよ?」

「……陰の気に当たったみたいだ……」

 老婆がそういうのとほぼ同時に、扇風機がコードを尻尾のように引きずりながら店の前を通り過ぎていく。

 本来、羽は安全のために網目状のカバーに保護されているものだが、この扇風機は保護カバーがなく羽がむき出しだった。

「チーフ、虚物だ!」

「見えてるよ!」

 リノは腰のハンドガンを握ると、扇風機に向けて撃った。扇風機はむき出しの羽を回転させ、リノの撃った銃弾を弾き飛ばす。弾き飛んだ弾は商品棚の上に飾ってあった、ブリキのサーカス人形に当たった。

「わしの店番役が壊れちまっ……。ぐ……うぅ」

「ばあちゃん、しっかりしろ!」

 リノは再びハンドガンで扇風機を狙う。そこに、たまたま出てきた向かいの店の店主が現れた。

「何事か?やかましいぞ!」

「じいさん、下がって!」

 リノは跳弾を危惧し、扇風機に狙いを定めたハンドガンを引っ込めた。傷をつけずに回収しようと考えていたのだが、万・が・一・の事態を考え、破壊することにする。

「ハリウ、それをよこせ!」

 リノはハリウが投げてよこしたショットガンを受け取ると即座に弾を装填し、扇風機に銃弾を撃ち込んだ。ところが扇風機はリノより一瞬早く、そのむき出しの三枚の羽を本体から切り離し、空中へと放っていた。

 羽の一枚はすごい勢いで老婆の店の看板に突き刺さった。もう一枚は建物と建物の間にぶら下がっている電線をざっくりと切り落とし、火花が散った後ここら一帯を停電させた。

 そして最後の一枚は向かいの店の店主の首を掠めたあと、地面へと転がった。店主は首から血を吹き出し膝から崩れ落ちていく。

 リノはその姿にばつが悪い表情を浮かべた。

「これだから虚物はやっかいだよね……。いい色してたのに残念」 

「哎哟(アイヨーおやま)。向かいのじいさん、死んじまったよ」

 すっかり体調を取り戻した老婆はハリウに支えられながら、座っていた椅子に座り直した。

「虚物のくそったれ、ひでぇことしやがって……」

 リノは、横たわり、動かなくなった店主を見下ろした。とくとくと首から血が流れ続け、老婆の言う通りすでに死んでいた。

 それから店主の首を掻っ切った扇風機の元へと移動すると、しゃがみ込んでまじまじとそれを見た。そして吹き飛んだ羽の残骸拾い上げ、それもまじまじと眺める。

「これは約三十年前……ってところかな。経済成長期以前に製造されたもので希少価値が高かったね」

 リノの言葉にハリウは老婆を差し置いて、即座に扇風機の元へ駆けて行った。そして地面に転がった扇風機を足でつつき、希少価値のある姿を確認する。

「があっ!こんなごみ溜めみたいなところにそんなお宝が現れんのかよ!ばあちゃんも前もって価値がある虚物を見かけたって教えてくれてたら良かったのによ。そうしたら破壊しないで済んだのによぉ」 

「そんな価値もくそも知るもんか!教えてもらっただけありがたいと思え!……それにしてもこんな小さなお前さんが墓守りだなんて、よくやるよ。女が墓守りだなんて危ないったらありゃしない!」

「心配ありがとう、ばあちゃん。でも、墓守りも楽しいのよ。掘り出し物を見つけた時は特にね。それにハリウ達も私を慕ってくれるし」

 屈託のない表情に、老婆は諦めたように一つ溜息をついた。

「……くれぐれも気をつけるんだよ。お前もだよ、ハリウ」


 ◇

 

 良く晴れた次の日の朝。

 『金魚すくい屋』と看板をつけた店が一階に入った雑居ビルの三階のとある一室。

 机といすが乱雑に置かれ、ドアが壊れて中が丸見えのとりあえずの書棚も設置してあった。

 リノとハリウの他に、ズユーとギルン、ユトンという三人の男性もいた。

 ギルンはハリウととても仲が良かったが、ハリウと比べてギルンは面倒見のいい部分があった。

 ズユーは良くも悪くも人の好き嫌いがないマイペースな性格で、ユトンは真面目が取り柄で救護士を担当していた。

「チーフ、昨日の虚物こぶつの収穫はどうでした?」

 椅子に座って窓辺から外を見下ろし、瓶牛乳を飲んでいたリノに、ギルンは話しかけた。

「ハリウに聞いたでしょう?30年前のレア扇風機だったけど被害者一人出たため、虚物を破壊に変更、報酬、収穫なし」

「また掘り出し物は回収できずですか。いつになったら金目のものが手に入るんで?」

「んん?いつも手に入るとは限らないのは知ってるでしょう?文句があるなら辞めてもらって構わないよ?」

 そこへドアをノックする音がし、若い男性がおずおずと入って来た。

「皆さん、お、おはようございます」

「おう!ユアン、チーフがお前をクビにしたからもう来なくていいってよ!」

 ハリウはガムを噛みながら部屋に入って来たばかりのユアンという男性にそう言うと、その若い青年は一瞬驚いた表情を下かと思うとがっくりと肩を落とした。そして、リノ達に向かって軽くお辞儀をした。同時に肩に掛けていた荷物がずり落ち、ぼすん、と床に落ちた。

 ユアンは荷物を肩に掛け直すと、しょんぼりとしながらドアへと向かった。ところが、乱雑に置いてある机や椅子の間を通る度にユアンの肩から下げていた荷物がぶつかり、豪快な音をたててそれらを次々となぎ倒していく。

 ハリウとギルンは、そんなユアンを見ながらにやついていた。

「入ったばかりのユアン君をいじめないでよ。代わりに君をクビにするよ?」

 リノはハリウをたしなめると、ユアンに向かって手をこまねいた。

「バカな奴がいるけど頼りにしてるからね、ユアン君」

 倒した椅子や机を起こしていたユアンは、クビと言われたのが冗談だとわかると、はにかみ、頷いた。

「は、はい!まだ実戦はないけどみんなの足を引っ張らないよう気をつけます!」

「そういうのいいから。皆集まって」

 リノは皆を自分の机の周りに集めた。 

「今日は2つ連絡事項があるの。1つは墓守りの依頼が来たよ。月旦げったん廟びょうに虚物が集まって被害も出ているという情報から、虚物処理をします。準備が終わったらすぐに向かうからね」

 ハリウとギルンは久しぶりの仕事に、歓喜の声を上げて喜んだ。だが間もなくズユーは静かに右手を挙手した。

「チーフ、俺達五人だけで行くんですか?ユトンは救護優先だし、ユアンは……。なにより月旦廟は広い。俺はその依頼は辞退したほうがいいと思いますが?」

 ズユーの意見にハリウ達も思いがけず同感し、リノの顔に視線を向ける。

 集まった視線にリノは、うん、と小さく頷いて見せると言葉を続けた。

「そこで連絡事項2つ目。新しい仲間が増えるよ」

 リノは自分の腰かけた机に置いてある黒電話に手を伸ばすと、受話器を取り、ダイヤルを回す。相手とは二言、三言会話しただけですぐに電話を切った。

「さて。ユアンはどうして墓守りに?報酬が出るかどうかわからないのによく来たね」

 リノは新しい人物が来るまでの間、緊張気味のユアンにみんなに慣れてもらおうと話題を投げた。

 ユアンは墓守りの仲間に入ったばかりの新人だが、仕事がなくてずっと実戦出来ずにいたため、今回が初任務になる。

「チーフ、またその話かよ?人の話より、どうせ自分がどうして墓守りになりたいかって話から始まって、最後には救護士になりたかったって話になるんしょ?」

 ユアンが口を開きかけたのと同時に、ハリウが横から口を挟んだ。

 リノはハリウの横やりに少し顔をしかめると、すぐに普段の表情に戻る。

「残念だけど違うね。いかに私がチーフにふさわしいかって話をしようとしてたところだけど、そんなこと言うなら教えてやんない」

「聞きたなかないす」

 ハリウのつっこみにリノも一緒になって笑う様子に、緊張で強張っていたユアンの顔が緩みはじめた。

 そこにドアをノックする音が響くと、みんなの笑い声はすぐに消えた。

 リノがドアを開けると、そこには男性が二人が立っていた。

 小さいリノがさらに小さく見えるほどの長身の、シャツにネクタイ姿の男性はリノにコソコソと耳打ちをすると、もう一人を残してすぐに去って行った。

 リノは隣に立つ男性の肩に手を置くと、乱雑に配置された座席に座っている五人に向かって紹介した。

「彼はジーレイ。今日から私達の仲間になってくれる。墓守りの知識はあるから心配無用だから。くれぐれもユアンのように意地悪をしたりしないように、皆仲良くね」

 リノの隣に立つジーレイは軽く会釈をした。

「墓守りはどれくらい?」

「……没有メイヨウ(ない)」

 気を利かして質問したギルンにジーレイは単語を返す。

「墓守りの知識はあるのに実戦はないって?」

「おいおいおい、大丈夫か?ここは墓守りの学び舎じゃねぇぞ?」

 ハリウ達は、ただ黙しているだけのジーレイを試すような視線で見つめた。

 

「私はこれから少し出てくるから、各自準備を整えておいて。ジーレイはちょっとこっちに来てくれる?」

「チーフ、ダーロンの次は早速ジーレイですか?」

 入ったばかりのジーレイを呼びつけたリノに、ハリウはにやけ顔でからかった。それを聞いていたギルンも笑っている。

「違うよ、ばかたれ、私に妬いてんじゃないの。月旦廟の地図を確認するの。私に興味持ってくれるのは嬉しいけど、私のプライぺーとは何も話すつもりないよ?」

「俺らは地図の確認をしないんすか?」

「君たちには以心伝心で伝わるよね」

 リノはハリウの質問をのらりくらりとかわすと、机に広げた月旦廟の地図上に、あちこちと指をさしながらジーレイと真剣な面持ちで声を潜めて会話をし始めた。

 ジーレイとの話が終わると、リノはどこかへと一人出かけていった。

 

「ぼ、僕、ユアン。君より先にここに来たけど、今日が初任務なんだ。足を引っ張るかもしれないけどよろしく……」

 ユアンは、リノと話を終えて準備を始めたジーレイに右手を差し出した。

 だが、ジーレイはただ「よろしく」とだけ返すと、一旦止めた手を再び動かし荷物を準備しはじめた。

 ユアンは行き場のなくなった右手を静かに引っ込めると、自分も荷物の元へと戻り、机の上に出っぱなしだったナイフやら銃弾やらをまとめる続きをすることにした。

 その様子を見ていたユトンはユアンを少し気の毒に感じ、代わりにジーレイに話題を投げることにした。

「さっき、地図を見ながらチーフと何の話しを?」

 ユトンの質問に、ジーレイは相変わらず手を動かしたまま答える。

「配置の話を」

「俺らだっているのに、どうしてお前だけ呼んだんだよ?」

 ハリウは納得いかないと言った風に、再び横から口を挟む。雑に椅子に腰を下ろすとショットガンの弾薬をザックに入れていく。

 ユトンは眉間にしわを寄せ、何かと口を挟んでくるハリウを一瞥した。

「墓守りの実・戦・手・順・でも教えてやってたんだろうよ」

 ギルンが皮肉っぽく言うと、ハリウも「ああ、そうだな」とすぐに納得した。

「あ、あの……」

 ハリウと違ってユトンの話しかけやすい雰囲気に、ユアンは今度は彼に話しかけてみることにした。

「さっき話してた……チーフが救護士になりたかったって話、ユトンも知ってるの?」

 ユトンはすでに準備を終えており、片膝を抱えややゆったりとくつろぎ気味に自分の席で静かに待機していた。

 ユアンの質問にどう答えようかと一瞬間を置いた隙に、ハリウがまた横から口を挟む。

「チーフはもともと救護士を目指してたんだってよ。だが、そもそも墓守りになった理由が他にやりたい仕事がなかったからだとさ。笑えるよな」

「そ、そうなんだ……。意外にざっくりとしてるんだね」

「そんなに理由が気になるなら自分で本人に聞きくんだな。墓守りになった理由があれじゃあ、まともな返事は期待できないと思うが」

「そういうお前も人の事言えないだろ、ただショットガンを撃ちたいだけ!」

 ギルンは笑っているハリウを指さし、突っ込みを入れる。

「お前は虚物の掘り出し物探しな!」

「そこはチーフも同じだろ?あの性格じゃあ、むしろ救護士なんか向いてないよ」

 ハリウとズユーのリノの人を知る会話を受け、ユアンは入ったばかりの自分もいつか皆から認められる日を思い描いた。

「チーフとは仲がいいんだね」

「チーフとは仲がいい訳じゃない。リノはいつも気まぐれなんだよ。ユトンがここに来たばかりの時は酷かったよな」

 笑いをこらえながらそう言うハリウに、ユトンは眉間のしわを寄せた。

「憧れの救護士が来たもんだから、そりゃあもう、いつもベッタベタで常にチーフの側に置かれてたよな」

 ハリウ達はその当時を思い出して笑いだしたが、当のユトンは笑い事ではないと言った風に、先ほどと変わらずしかめ面のままだ。

「で、でも、ユトンが来る前にも救護士はいたんでしょ?前の救護士はどうしたの?」

 ユアンの質問は、それまで馬鹿笑いしていたハリウ達の空気を一瞬にして冷やした。

 この様子に、今まで淡々と準備をしていたジーレイも違和感を感じたのか手を止める。

「……ユトンの前の救護士はダーロン。救護士だったけどユトンとは違って、しょっちゅう喧嘩ばかりしてたよ」

 ハリウは胸ポケットから煙草を取り出すと、マッチを擦り、火をつけた。

 ユアンは「ああ、ダーロン!」と、さっき聞いた名前に手を打って一人納得する。

「そのダーロンは今はどこに?救護士を辞めたとか?」

 まだまとめきっていない荷物の上に置いた手を、意味もなく開いたり閉じたりしながら、ユアンは意気揚々とハリウ達に訊ねる。

 ハリウはそんなユアンを冷めた目で見やると、煙草の煙を吐いたあと、一言だけ言葉を発した。

「前回の任務で死んだよ」

 若干表情が柔らかくなっていたユアンは、ハリウの言葉に再び顔を強張らせ息を飲んだ。

 当時まだ墓守りにいなかったズユーとユトンは初めて聞くリノの過去に、なんとも言えない表情を浮かべていた。

「え?どうして……?」

「ダーロンが死ぬところは俺もハリウも見たわけじゃないけど、ダーロンのすぐ側にはチーフしかいなかった。だから俺たちの中では仲が悪かったダーロンにチーフがキレて、それで事故に見せかけて殺したんじゃないかって噂をしてた」

「チーフは何の説明もしないし、俺ら以外の仲間は納得いかず、結局墓守りを辞めて行った。チーフが気まぐれになったのもちょうどその頃からだ」

「お前だけに配置の話をしたってことは、チーフはお前を気に入ったんだろうなあ。チーフに殺される心配はいらないな」

 それまで神妙な面持ちをしていたハリウは、次の瞬間には煙草を持った左手でジーレイの方を指さし口端をあげた表情を浮かべたが、彼と違ってギルンは当時の記憶を思い出してか、すぐに気持ちの切り替えができずに足元に視線を落としたままでいた。

 ハリウに幾度となく口を挟まれ答えるタイミングを逃し、それからずっと黙っていたユトンがようやく口を開いた。

「説明しないからと言ってチーフが殺したとは限らないだろ。チーフを悪く言うのはやめたほうがいい」

 ユトンはハリウとギルンの話を噂話として信じる気はなかった。

 自分の目で見た事が事実で、その事実しか信じない。自分のチーフであるリノにとても信頼を置いていた。

 

 ◇


 外から戻って来たリノは全員を連れて、近くの食堂を訪れた。

 こじんまりとした店は、一度に七人も入ると狭い入り口はあっという間にふさがってしまった。

 厨房にいる店主は煩わしそうに手を振り、さっさと奥の席へ行けと追い立てる。

 ハエたたきでハエを追い払う女性店員の脇を通り、リノ達はカウンター席へと座った。

「みんな私がいない間寂しくなかった?寂しくなるのも良くわかるよ。でもまあ、寂しくても私には関係ないけどね」

「また始まったよ、チーフの一人芝居」

「いつものことだろ」

 各自料理を注文し終えると、リノは自分がいかに尊いかと言いたげに、両手を大袈裟に一振りし、両隣に座るユアンとジーレイの肩に手を回した。

 ユアンは先ほどの話題のせいか、それともリノのつかみどころのない性格のせいか、緊張して固まっている。

 リノの反対隣にいるジーレイは、特に彼女の振る舞いに動じることなく静かに料理が来るのを待っている。

 ユトンは冷静ながらもリノから視線を逸らし、ハリウ、ズユー、ギルンはリノに遊ばれるユアンを面白がって見ていた。

「諸君、今日は久しぶりの任務だからたっぷり食べて英気を養ってね。気に入った虚物があったら持ち帰っていいから」

 料理が次々と運ばれてくると、皆それぞれ食べ始めた。

「これ、一つもらっていい?」

 ジーレイは声を掛けてきたリノを見ると、彼の返事を聞く前にすでに料理を箸でつまんでいた。

「……どうぞ」

 ジーレイは料理を頬張るリノに黙って頷いた。



 昼食を終えて事務所に戻ると、リノの机をみんなが囲む。その机の上には月旦廟の地図が広げられていた。

 月旦廟とは遺体が埋葬された墓場のである。円形をした墓場で、周りは林で囲まれていた。円の中心には大きな廟を兼ねた鐘楼が建っており、その周りにたくさんの小さな墓があった。

 この月旦廟には人間が使い古したモ・ノ・が集まっているという報告が頻繁に寄せられていた。

 ものは長年使い続けると神が宿る付喪神になるという云われがあるが、そんな神々しいものとは全く対照の事象で、然るべき処理をされなかった虚物こぶつ———いわゆる廃棄物、ガラクタである———が陰の気を宿し人を襲う。

 全ての万物は白と黒、光と影、陰と陽といった対のエネルギーを均衡良く保っており、人がそのバランスを崩すと気分が落ち込んだり、病気になったりする。

 モ・ノ・も人と同じで気のバランスが崩れると、その気・がものへと憑りつき、さらに陰の気を求めて人を襲う。

 その陰気に憑りつかれたモノの事を虚物コブツといい、虚物はよく墓に集まる事から虚物を処理する集団を通称墓守りと呼んだ。

 さらに虚物の価値観も見極められるため、希少価値の高いものは破壊せずに回収することもあった。


「一応聞きますが、確かに虚物は本当に月旦廟にあるんですよね?」

「これは確かな筋からの情報だから間違いないよ」

「それで、種類は?どうやってやつらを迎え撃つんです?」

 ハリウは前に垂れた前髪をかき上げながらリノに訊ねた。

 その質問にリノは手袋をはめたままの手をハリウのあごへと伸ばす。

「それは、さっき話したでしょう?私の話、聞いてた?」

 リノは、ぐい、とハリウのあごを上げると、鼻と鼻が触れそうなほどすれすれに自分の顔を近づけ、ハリウの目を覗き込む。

 ハリウの、ごくりと息を飲む音が聞こえてきそうだ。

「虚物は月旦廟に集まってるって。被害も出てるってさっき話したよね?すでに棲み処としてるらしく、迎え撃つことはできない。しかもかなりの数が集まってて、虚物の種類も不明。だからね、とりあえず……」

 リノはハリウから手を離すと、心配無用というように人差し指を立てて見せた。そして引き出しを開けてガチャガチャと中を探ると、地図の上に金属音のカランカランという金属の音とともに薬莢をばらまいた。

 全部で七個。隊員の人数と同じ数だ。

「先に私とハリウで斥候する。ユトンはズユーと、ユアンはギルンと常に一緒に行動するように」

 リノは自分とハリウを示す二つの薬莢を、入り口から中央の鐘楼の方へ少し進めた場所に置いた。続いてユアンとギルンを示す二つを一旦入り口に置いてから、リノの所へ移動させる。

「ズユーとユトンが動くのは最後ね」

 ズユーとユトンを示す二つは月旦廟の入り口付近に置いた。

 最後の一つ、ジーレイを示す薬莢を持つと、自分とハリウの居る位置へと置いた。

「ジーレイも私らと一緒に斥候へ。ジーレイはみんなの援護をしてくれるから」

「チーフ、入ったばかりのジーレイを先頭に置くんで?」

 ギルンはリノの指示に不満があるのか、確認するように訊ねた。

 知識があるとはいえ入ったばかりの人物を、実戦がない人物を先頭に置いて、果たしてしっかりと動けるのか疑問だった。

 ハリウは珍しく口を挟むことはしなかったが、ズユーとユトンはギルンの意見に賛成なのか、リノの顔をじっと見据えた。

「虚物の対処の知識があっても実際動けるかどうかは別だと思いますが」

 ズユーは若干言いにくそうに親指を噛みながら自分の意見を伝える。

 当のジーレイは自分の事を言われているにも関わらず、机に肘をついて窓の外を見て、会話には無関心そうにしていた。

「まあ、そうだよね。でも大丈夫。何かあったら締め上げるから大丈夫。はい、じゃあ、次。初任務のユアンに確認!」

 リノはギルン達の不安を軽く受け流すとユアンの隣へと移動した。昼食の時と同じように肩に手を回す。

 緊張し顔が強張るユアンに、ハリウは相変わらず面白がって笑う。

「虚物が不燃の場合の対処法は?」

「は、破壊……」

「あと貫通ね。金属系は破壊または貫通して動きを止めること。じゃあ、虚物が可燃の場合は?」

「しょ……焼却と貫通……」

「焼却と貫通?本当に?」

 リノはユアンの回答に納得がいかないのか、ユアンの肩に回した手を自分の方へぐいと引き寄せる。ユアンは体勢を崩し前のめりになり、とっさに両手で目の前のリノの机を掴んだ。

「不燃の虚物に焼却の対処をしても意味がないのと同じく、可燃の虚物に貫通は最悪な対処だよ?可燃は焼却が一番だけど、破壊も効果がある場合があるから覚えておいて」

「は、はい!」

「じゃあ、バ・ッ・テ・リ・ー・がある場合の対処法は?」

「は……破壊……?」

「うーん……」

「貫通だよ、アホ!」

 ハリウがくちゃくちゃと音を立ててガムを噛みながら、呆れ顔で横から助け船を出す。

 リノはハリウを褒めるように頭を撫でようと手を出したが、ハリウは体を反ってそれを避けた。

「不燃でも可燃でもバッテリーを保有している虚物は、バッテリーが生きている限り動き続ける。だから、必ずバッテリーを貫通させて仕留めるように」

「お前、まさか、武器の種類もわからないとか言うんじゃないだろうな?」

 ギルンはユアンの回答にいささか不安を覚え、冗談交じりに聞いてみる。

 ところが、ユアンの回答はさらに不安を助長するものだった。

「そ、それは大丈夫。多分……?」

 一同は出発に向けてひとまずの最終確認を終えると、いよいよ月旦廟へと向かった。

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