第29話 貝塚

 新たなダンジョン領域に入った。


 俺はミュトに抱えられて飛びながら、景色を眺める。


 食べた貝の残骸、木屑に土器の欠片や小動物の骨など生活感がうかがえるようなゴミがやわらかい地面に見渡す限り撒かれて散らばっている。生えた木や植物も、枯れたり腐ったりとまともに葉をつけたものは見当たらない。


 まるで、荒れた巨大な畝の中を突き進んでいるようだった。


 地面がところどころ盛られているかと思えば、逆に塹壕ざんごうかと思うほど長く掘られた穴もある。皆にかけた<隠密強化>がなければ、廃棄物を踏み鳴らす音がうっとおしかっただろう。


 空を見上げれば常に薄暗く、じっとりとした雲に遥か先まで覆われている。雨の匂いの代わりに漂う潮の香りは、砕かれた貝殻由来か。


 今日も5人の中で先行したトニコ。周囲の陰鬱な雰囲気から逃れるため、その背に質問を投げかける。


 「『永久機関凍土』のボスと交流があるみたいだけど、他のダンジョン領域のボスとはどうなの?」


 こちらには顔を向けずに、考えたのか少しの沈黙ののち返答。


「ぶっちゃけ交流は少ない。ダンジョンのボスとゆーものは、ヘンな奴が多いからの。『永久機関凍土』のレンデアは情報収集癖の一環で片っ端から各地の支配種にコンタクトをとっているようじゃが、ウチみたいに連絡を取り合う仲になれるのはごくわずかじゃと愚痴っておった」


 魔物が『生きようとする力』で強くなるならば、頑固さやこだわりといった職人気質か、目的意識に邁進する一種の自尊心の高さがそのまま成長性に繋がることになる。ボスにはクセが強い者が多いという話も納得だ。


「ないことはないんだ」


「カンランが<薬術>を学んだ『ケミステリーサークル』のロルドナン、ウチのダンジョンの一番の得意先『裏擬竜会』クラード。ウチがやり取りしたのはそれくらいじゃな。ジズマンは『分類:機械』の支配種だけで情報交換をしているらしいが、手段も相手もよーわからん」


「トニコが使ってるのは『連絡窓』だっけ。あれも凄いね、どんなに遠くの相手とも話せるんでしょ?」


「原理はマジックバッグと同じ<祖脈魔法>とは思うが、多くは作れんとも聞いておる」


「<祖脈魔法>って?」


 3年間『次期英雄パーティ』として学んできたし、城の書物も多く見た自信があるが、そんな魔法知らないぞ。


「祖脈を扱う魔法じゃ……といっても祖脈が何かわからんか。ダンジョンコアと並びダンジョンを構成する必須の存在、魔力の源、魔物が帰り生まれる場所。そう言えばわかるか?」


 抽象概念すぎる。


「正直理解が追い付かない、身近なものに例えられない?」


 んー。うなるトニコ。


「地下を流れる川がある。その川は魔力たっぷりで皆欲しがる。ダンジョンはその地下水を汲むため作られたトンネルじゃ。そして魔物は死んだら川に落ち、ついでに身を清め戻ってくるが、遠ければその分泳いで戻らなければならない。戻る気力がなければ流されて別の場所にたどり着く」


 どうじゃわかったか、と、振り返ってくる。


 驚いた。


「凄くわかりやすい! 以前、魔物の傷の治りとダンジョンで復活する時間の関係についてイーリエと話したけど、例えられてそれも理解したよ。イーリエ覚えてる?」


「はい! あのときはわたくしが至らなかったばかりにご期待にそえませんでしたが、今なら、直接の関係はないが祖脈という概念で説明できる、と答えられます。川とみなして考えれば、傷は川のほとりで泥を洗い流すか、川から何度も水を汲んできて洗うかの違い。復活は例え通りに泳ぐ距離と時間の違いです」


「格闘術だけでなく、ものを教える才能まであるとは。自分の偉大さが恐ろしいのじゃ! ははは!!」


 上機嫌で浮かれているが、実際有意義な教えだった。


「<祖脈魔法>って俺も覚えられるかな」


「うーむ。ウチも詳しくはわからんが、ダンジョンコアの力がないと祖脈に干渉するのは難しい気がするのじゃ。ゼズが使うには<魔力同化>前提で、ボスになるミュトに魔力の扱いの基礎から徹底的に叩き込んで覚えてもらうほうが早いかもしれん」


「無理。諦めて」


 ミュトに断られてしまった。そんなに魔法の勉強嫌いなのかな。



種族:ヴァルキビー (戦乙女蜂属・基本種)

分類:虫 女性 光属性

所属:ゼズ

評定

力格:★★★

技格:★★★☆

魔格:★★★

心格:★★★☆

技能

<槍術>

・槍修練

・聖光槍 (前提:光槍)

・投擲槍

・落下槍

<光魔法>

・自在光槍 (前提:光槍) 

<回復魔法>

・蜜色の祝福

<探知術>

・虫の示らせ

遺宝

・天上蜜

・曇りなき天使羽



 これが今のミュトの鑑定結果だ。


 力格が星半分伸びて、<光槍>が<聖光槍>に。新たに<落下槍>と<自在光槍>を修得した。<落下槍>は【パイプレシオン】へのトドメみたいに空から落ちる槍の攻撃。<自在光槍>は槍自体を伸ばしたり縮めたりしていたスキルだな。


 確かに魔法というより槍での戦闘の方が好きなのかもしれない。唯一の<光魔法>も槍術の延長の能力だしな。


 また、俺の傷を治すために【アロマテラノピー】に<回復魔法>を習っていたが、<蜜色の祝福>は【ヴァルキビー】固有の能力であるため、そのやり方ではなく地道に心格を伸ばしたほうがいいとトニコに言われて<瞑想術>の訓練なんかもしていた。


 残念ながら鑑定結果には現れていないが、確実にミュトの糧にはなっているはずだ。


「ミュトさんが嫌なら、わたくしが!」


 隣でイーリエが意気込む。



種族:スキスキュラ (一芸怪女属・基本種)

分類:水棲 女性

所属:ゼズ

評定

力格:★★

技格:★★★★

魔格:★★★☆

心格:★★★

技能

<変身術>

・身体変化:獣

<騎乗術>

・騎乗修練

・波乗り (前提:水棲)

<水魔法>

・中位激流

・水流圧

<魔力操作>

・精密操作

<料理術>

・料理熟練

・ひとつまみの愛情

<裁縫術>

・裁縫熟練

遺宝

・腕前触腕

・努力の結晶石



 イーリエは評定こそ変わらないが<波乗り>に<精密操作>、<低位激流>を覚えてすぐにそれも<中位激流>に成長した。


 人間的に考えれば<低位〇〇>は、最低限その属性ひとつを扱えるという指標だ。イーリエがすぐに中位に上がれたのは、もともとそれ相応の熟練度があったからに他ならない。体系的に学ぶ人間は低位の期間が長くなるが、魔力を感覚的かつ日常的に使いこなしていた魔物ならではとも言える。


「あくまで興味本位の話だし、無理に覚えてもらう必要はないよ。2人とも自分の得意だったり、やりたいことを突き詰めてもらったほうが魔物の成長的にいいはずだから」


 これからもこの調子で彼女たちの自主性を大事にしたい。


「そうですか? なにか注文があったら言ってくださいね。ゼズ様の求めることこそが、わたくしの求めることなのです」


 むむ。そういうことなら。


「いままで通り『阻害役』として<水流圧>は必ず伸ばしてもらいたい。あとせっかくの<変身術>が活用できていないのは、戦闘中に変化するには隙が大きいこと、水上と陸上で戦場を選べるも、能動的に戦場を変える手段がないことの2つが理由に挙げられる。高速で変身できれば接近戦の回避の札が増えるし、苦手なフィールドを相手に押し付けられれば、水陸のスイッチの利点が生かせるから、課題はそこかな」


「わかりました! 頑張ります!」


 つい長く語ってしまったが、嬉しそうなイーリエ。彼女は細かく指示をした方がいいタイプなのかも。


 あとはカリダか。彼女も鑑定結果を確認――


「のわああぁぁぁ……!」


 ――しようと反対側を向いたちょうどその時、目の前でカリダが足を踏み外してずるりと滑り、彼女の横に口を開けていた穴に落ちてしまう。


 昨日の疲れもあるし、少し休憩の提案をしようか。


 穴を覗き込みカリダの無事を確認しながら、俺はそう思うのだった。

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【万魔物娘使い】は不屈で無敵 ~仲間や国から切り捨てられても魔物娘たちと新たな居場所を作ります。もちろん復讐も忘れずに~ 幸島大嗜 @Ooshi_koujima

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