第28話 旅路

 移動と修行をかねて機械の残骸が残る荒野を駆ける俺たち。修行なので<強化魔法>はなしだ。


 俺も<騎乗修練>を使わずにイーリエが<身体変化:獣>で生み出した犬に掴まりながら、舌を噛まぬよう気を付けてすぐ隣を飛ぶミュトに話しかけた。


「今日中に『ロストワンの亡国』を抜ける予定なんだよね。順調かな?」


「カリダ次第」


 俺たち3人に少し遅れたカリダ。とても自分では後ろの様子をうかがえる状況ではないためミュトに聞けば、歯を食いしばりながらもなんとかついてきているらしい。


 <魔物使役>による強化も入っていない身ひとつで、ここまで食らいつけるのはもはや気合い以外の何物でもない。早めに休もうと言ってもトニコもカリダ自身も頷かないだろうし、せめて心の中でエールを送っておこう。


「逃げるなぁあ!」


 逆に先頭ではトニコが独走して【サンダーコボルト】の群れをを蹴散らして……なんだかわざわざ追って倒している気もするが、ダンジョンの中に戻って報告されたら面倒くさいからか? 


 今日でここのダンジョン領域から抜けてしまう予定なので関係ないようにも思えるが、久しぶりに『虎穴の湯』の外に出てテンションが上がっているのだと思っておこう。


 それにしても、俺が『虎穴の湯』に向かうときに出会ったレベルの魔物など、トニコにとっては相手にもならないな。


 尻尾と口とを繋げた錆びついた鉄の体の大蛇竜が地響きとともに水車の如く転がってきたときでさえ、重量級の巨体を3体まとめて<無双水拳>で軽くぶっ飛ばしていたくらいだ。



種族:ボロボロス (劣化環竜属・基本種)

分類:竜 機械 火属性

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★★★★☆

技格:★★★

魔格:★★★☆

心格:★☆

技能

<竜術>

・竜の誇り

・ブーストブレス

<操縦術>

・操縦修練

<爆発魔法>

・ラストブラスト

遺宝

・竜鉄破片

・錆しげな瞳



 使役している魔物や、幸運にも手を貸してくれているボス魔物に囲まれているから感覚がマヒしているが、『ロストワンの亡国』で【ナイエナ】や【カブトコーグ】と戦えている一般的なジョブの人間が【ボロボロス】級の魔物に囲まれたら死を覚悟するものだ。


 【ボロボロス】のように、えてしてダンジョン領域に現われる抜きんでた脅威の魔物は『分類:竜』が多いとされているからこそ、竜種は災禍の存在であり、英雄譚の主人公が【竜討狩猟者ドラゴンハンター】たりえるのだから。


「はぁはぁ……ゼズ様、おとといの傷は痛みませんか?」


 走っているのは足代わりの犬とはいえ俺の重さもあるだろうし、イーリエもだいぶ息が上がっている。


 それにしても、おとといか。『虎穴の湯』の滞在最後の日に、俺たちも竜種のボスの【ダイナモリュウセンキ】と一戦したんだよな。今になって考えてみれば、それこそまるで英雄譚のようじゃないか?


 内容も<魔力同化>の本当の力を引き出して戦術に取り入れることはできたから、十分価値のある戦いだった。だがもちろん、反省点も多く見つかった。


 初めこそこちらが様子見無しの高火力を押し付ける形で主導権を握ったが、戦闘を進めていくとジズマンもミュトとイーリエの弱点が俺であることがわかったようで、ミュトを<敵意強化>しても効果はなく、俺を抱えるカリダが完全に標的にされてしまった。


 それでもそのための修行もしてきた成果もあり、カリダはよく頑張ってくれていた。狙われても避けに徹してうまく時間を稼いでいたが、業を煮やしたジズマンは部屋全体を覆うほどの大技をぶっぱなしてきた。


 それに驚いて飛び出してきたトニコが、ジズマンの攻撃に自身のスキルをぶち込んで威力を弱めてくれたおかげで、感電しながら盛大に壁や床に叩きつけられるだけで済んだが、直撃すれば痛みを感じる間もなく死んでいただろう。


 トニコいわく、その大技は《偉大なる蒸機発電竜バクダイノパワープラント》という『必殺技カルスマ』で、言葉通り見せたら『必ず殺し』情報を持ち帰らせてはならない支配種だけの奥の手らしい。トニコにも謎のスキル《前人秘湯の頂》があったが、そんな物騒な技だったのか。


「ゼズ様……?」


「ああ、ごめん。正直まだ痛いけど、そう感じられるのもトニコのお陰だからね」


 つい戦闘の様子を思い返し答えが遅れたが、イーリエに軽い調子で返しておく。


「<蜜色の祝福>する?」


「トニコにスキル禁止だと言われちゃったから、遠慮しておくよ。ただ、舌を噛んだ時はよろしく」


 <騎乗修練>のスキルがないため本当に舌を噛みそうだし、姿勢も安定せず揺れておとといの傷も股も尻も痛いが、走り続けている――ひとり涼しい顔で飛んでいる者もいるが――のに比べれば泣き言は吐けない。


「次のダンジョン領域からは走らずに済みます。みんなで頑張りましょう!」


「山と砂漠越えよりはマシだよね」


 『虎穴の湯』から『サンチグチュアリ』へ最短距離で向かうとなれば、高い山脈とその先の広い広い砂漠を踏破しなければならないらしい。


 さすがにそんな過酷なルートは取れないということになって、その2つのダンジョン領域をぐるりと迂回して、別のダンジョン領域3つを通る今の旅路になったわけだ。


 当然の話なのかもしれないが、魔物の方がこの大陸の地理には詳しい。人が仮に旅するとなれば、マジックバックもなく大量の荷物を抱えたうえでダンジョン領域同士の境界をたどるような遠回りをせざるを得ないだろう。未知の領域で命をすり減らすような緊張感のある道のりになる。


 実際それで東の国から来た者もいるというからやれないことはないはずだが、やりたいかどうかは別問題だ。


「風、後ろから」


 ん?


「カリダさんが!」


「ぎゃぁああ!!」


 ミュトが気づき、イーリエが振り返って確認し、カリダは叫びながらスピードを上げて死に物狂いで走る。彼女の後ろから巨大な竜巻が追ってきていた。


 ギュゴォォォオオオオオオ!!!!



種族:ウズマギ (旋風術者属・基本種)

分類:現象・風属性

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★

技能:★★☆

魔格:★★★★★

心格:★☆

技能

<風魔法>

・低位暴風

<魔力操作>

・合体魔風

遺宝

・風乗りつま先

・気術のタネ



 初めて見る分類だ。『分類:現象・風属性』とは、見たまま風で構築されている体を持っているということだろうか。


 だがこのちぐはぐさはなんだ? あれだけ大きい竜巻なのに魔格しか評価されておらず、そのずば抜けた魔格も活かせるのは<低位暴風>に、残りは<合体魔風>というスキル。


 ……なるほど。どうやらこの魔物は風が集まって――


「――ちぇーすとぉおお!!」


 やっと考えがまとまった俺の頭の上を飛び越えて、<無双水拳>に<無双炎蹴>で武装完了したトニコが【ウズマギ】へ突っ込んだ。


 すぐさま竜巻の中で炎が、そして水流が暴れて、たちまち風たちは崩れて形を保てなくなる。


 巨大竜巻の正体は、先の尖がった靴を履いた風の魔物5体が合体していたもの。


 元の姿に戻った【ウズマギ】は下半身は竜巻が人を模しているのがわかるものの、上半身は吹き荒れる風がかろうじて塊だとわかるくらいに集まっているだけの奇妙な姿。


 竜巻の解体とともに今度はトニコによって空に吹き飛ばされて、次々に俺たちのすぐそばの地面に落下する。



種族:ウズマギ (旋風術者属・基本種)

分類:現象・風属性

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★

技能:★★☆

魔格:★★★

心格:★☆

技能

<風魔法>

・低位暴風

<魔力操作>

・合体魔風

遺宝

・風乗りつま先

・気術のタネ 



 やはりダンジョンのボスは頼もしいが、これから先、本当に俺たちの出番はないかもしれないな。


 消えていく【ウズマギ】を眺めながら、その時は楽観的に考えていた。

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