ANIKI

Kitabon

第1話


 アニキは頼りになる神出鬼没の男。

 アニキに年齢性別の垣根はない。車種も問わない。

 いつだってオレを導いてくれる。


 なんの話?

 それを今から説明しよう。


 道路には必ず速度制限ってものがある。どんな道路にもだ。

 破った者にはキツイ処罰が待ってる。覆面というなの怖い車が、うぉんと鳴るので、どんなに急いでいようと、おいそれと破ることはできない。


 そこで、カモだ。速い車の後をつける。覆面サツには限りがある。先頭の一台は捕まえ、後続車に手がまわらない。カモを盾にして自分は逃れる。気の利いた戦術である。


 カモは便利だが足が短いのが欠点。数台抜いたら、走行レーンに戻ってしまう。追いかけるこっちもめんどくさくなる。だが、ときどき、戻らないカモが出現する。


 走行レーンには眼もくれず、追い越しレーンをひたすら走る。それをオレはアニキと呼んで、追いかけることに決めていた。


「アニキ! 待ってくれ」


 高速道路の追い越し車線。覆面ケーさんの盾になるカモ、いや、粋でたよりになる男。ごぼう抜きに突っ走る車には、熱い男を感じる。紛れもなくアニキのそれだ。


 前述のとおり、アニキに年齢性別はない。車種の制限もない。免許があって、高速道路を走れる車さえば、誰にでもアニキになれる資格がある。女性だって、老人だって、アニキになれる。


 とはいえパターンはあるようだ。男がひとりか二人のケースが多い。車はワンボックスまたは、アウトドアタイプ。カラーは、黒かシルバー系だ。女性のアニキはみたことないし、いかにもな老人もいない。ファミリーはまぁ当然だろうし、イチャラブもデンジャラスなのでおすすめしない。


 そんなアニキは一期一会。道路を下りれば忘れてしまう水よりも薄い関係だ。だが、一度だけ、忘れられないアニキに遭遇したことがある。


 路線バス兄貴だ。


 圧雪アイスバーン、ブラックアイスバーン。車線の間にはシャーベット雪。3重苦の複雑な路面は言うまでもないが、50キロ規制だ。ホワイトアウトには至らないが、軽め吹雪く夜である。オレはそこを、60キロで走ってた。規制に従うイモどもを、ガンガン抜いて、飛ばしてたんだ。


 粋がるオレをやすやすと抜きさったのが、路線バスのアニキ。観光バスならわかるが安全第一路線バスである。50キロ規制の氷の路面を、80でかっとばす姿勢。なんという漢っぷり。オレは畏怖の念を抱いた。断っておくが活動の場は北海道である。


 アニキは、60でちんたら満足してたオレに、げきを飛バス。バスだけに。ついてこいと背中で叱ったのだ。


 路線バスアニキがすごいのは、速いだけじゃない。路線バスは客を乗降させるのが仕事だ。レーン脇やサービスエリアの停留所に停車する。


 ウィンカーをだしてSAに入ったアニキ。心ひそかに別れを告げたが、アニキは戻ってきた。なんと、合流レーンにオレよりも先に到着し、ぴったり前につけてきたのだ。たとえ客がいなかったとしても、SAに進入したのだ。速度が落ちるのが当たりまえ。


 常識を打ち破って、見事アニキは、復活当選。寄り道したにもかかわらず、合流車線で先まわりしてるとは、アニキの鏡といえよう。


 そんな兄貴の男ぶりを知ってもらいたい。


 オレはここで、時間と路線とバス会社を公表するつもりだった。アニキの偉業を世界に発信したいと。だが思いとどまった。アニキは、きっと、そんな行為を無粋とわらい飛ばすだろう。自分は、誰かに見せびらかすつもりで、走ってるんじゃない。


 アニキの背中は語っていたのだ。


「見知らぬ戦場でヒーローになれば、それでいいのさ。それが男ってやつだ」




 ある寒い朝、とある事故が繰り返し報道されていた。


『高速道路路線バスの事故で甚大な被害。乗車時間に間に合わせるため無謀な運転を繰り返していた、バス会社は、路面情況に合わせた運転を心がけるよう指導していたというが、時刻遅延には厳しいペナルティが課せられており、近く国交省は……』


 オレはアニキについていくのをやめた。





※ これはフィクションです。交通法規を守って正しい運転を心がけましょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ANIKI Kitabon @goshikaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ