Weird tea ceremonies
蛙の舌
#001 アナログマン①
「……そろそろ、"アナログマン"が来る頃だな」
コンビニバイトを始めて一週間が過ぎようとしていた時、店長が待ちかねたように呟いた。
「……アナログ…マン?」
この一週間、正確には4日間の勤務中に聞くことはなかった単語に僕は店長に答えを求めるように顔を向けた。
「大戸君、今日で勤務5日目だろ?まぁ、レジの最終試験と思ってくれれば良いよ。」
入店で鳴るはずのメロディは途中でブツリと止まってしまった。
「じゃぁ、よろしくね」
入ってきたのは180cmは越えているだろう男性だ。
店長よりは少し歳上かもしれない。
「いらっしゃいませ」
"アナログマン"はレジに一直線でやってきた。応対する準備を始めた僕を見た後、店長を見て深呼吸をした。
「タバコ、13番2つ、17番3つ」
年齢確認で怒る客は一定数いるが、これは決まりだ。レジの商品登録を済ませながら、なるべく機械的に聞こえるように努めた。
「かしこまりました、年齢確認をお願いいたします。」
「ん…そうだな、免許証を見せよう、君がタッチパネル操作をしてくれないか」
怒られなかったことに安堵しながら不可解なお願いに困惑していたが店長から助け舟は出そうになかった。
レジの最終試験ってそういうことか。
ーーー
穴熊 透 昭和57年6月9日生まれ
ーーー
「…?…確認いたしました。免許証のご提示ありがとうございます。」
タッチパネル操作をすると、会計画面に切り替わり、決済方法の選択を迫られる。
「電子マネー、PayPowで支払うよ」
引き続き僕が操作する雰囲気だった。
「PayPowですね、では決済をお願いいたします」
"アナログマン"は上着の胸ポケットからスマートフォンをつまみ上げながら深呼吸をした。
店長に付けられた名前には釣り合わない最新モデルのそれを読み取り部位に近づけていく。
「「………ッブツ………」」
レジの表示がゆらぎブラックアウトする。最新モデルのスマートフォンからはエラー通知。
レジだけが停電したようだった、僕は焦り、店長の顔色を伺った。
「穴熊さん、今回も私の勝ちで良いですかね?」
「店長、レジがブラックアウトしたんだから仕切り直しじゃないかな?」
勝ちってなんだ?
店長の知り合いだったなら問題のあるお客さんではないだろう。ブラックアウトしたレジから最新モデルのスマートフォンが離されるとレジは再起動した。
「すみませんでした、支払いはPayPowでしたね。もう一度お願いいたします」
大きな深呼吸と共に再度読み取り部位にスマートフォンが近づいていく。
こちらにも緊張が伝わり、固唾を呑んでしまう。
「「♪PowOn♪」」
「決済完了したのか?これで俺は……」
レジには読み取り完了、決済不能(その他のエラー)表示、アプリ画面決済履歴も更新されない。残高はMaxの50000のままだ。
「……あぁ!ダメなのか…いったいいつになったら支払えるようになるんだ?…すまない、現金で払うことにするよ。」
店長が缶コーヒーを2本持ちながら慣れた手付きで会計に缶コーヒーを追加する。
「まぁ、今回は決済音が鳴ったんですからすごいじゃないですか。缶コーヒーいただきますよ。」
"アナログマン"は舌打ちをしながら缶コーヒーをもう1本追加して現金決済すると缶コーヒー2本を残し外の喫煙所へ向かった。
「缶コーヒー1本は…大戸?君に上げるよ。対応ありがとう。」
ノイズで途切れた入店音が鳴り出した。
「…ありがとうございましたー」
「最終試験合格、休憩しよう。」それだけ言うと店長は缶コーヒーを1本取り喫煙所へ向かった。
残った缶コーヒーと同じものを僕の型落ちスマートフォンでPayPow決済出来るか確認したが、正常に処理された。
キャッシュレス特有の間も相まって時間の流れが緩やかに感じる。
一服を終え、タバコの匂いを残しながら戻ってきた店長が困ったように経緯の説明をしてくれた。
"アナログマン"とは月に1度決まった時間に現れる電子決済が出来たことがないお客さんでそろそろ1年の付き合いだが、他のことは何も知らないらしい。
僕のような新人バイトにはレジ最終試験として対応してもらうことにしているとのことで、いつしか缶コーヒー代を賭けることに興じ始めたようだった。
「大戸君、彼から缶コーヒー頂いただろ?決済音を鳴らしたのは君が初めてだったそうで、これから"アナログマン"担当をお願いするよ。」
「……えっ?」
困惑する僕を無視して店長は続けた。
"アナログマン"は決済音を鳴らすことに成功した僕をゲン担ぎとしてレジ担当に指定してきたそうだ。店長は頭をポリポリと掻きながら続ける。
「…また新人を入れるならレジ試験は考え直さないとな。」
「もし、電子マネー決済が無事、滞りなく完了したらどうなるんですか?」
僕の質問に店長はそんなことはありえないと言わんばかりに笑っていたが、僕は決済音を聴いた穴熊さんの何かを祈るような顔を忘れることは出来なかった。
「……でも店長、お客さんにあだ名を付けるのは……」
「違う違う、実際そう呼ばれていたんだよ…」
店長はばつが悪そうに釈明をした。
1度だけ、2人組で来店したことがあったらしい。
その時、連れの方が電子マネー決済を試みる穴熊さんに言った言葉を聞き逃さなかった。
ーーー「無理だよ、お前は"アナログマン"なんだから」ーーー
「実際に今までずっと決済は出来たことがない。というわけだから、月1の指定日は確定シフトになっちゃうけど、よろしくね」
これが僕と"アナログマン"の出会いだった。
Weird tea ceremonies 蛙の舌 @frogtongue9
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