消えた隣人
山本冬生
どこへいく?
わたしは、なんてことのない普通のアパートに住んでいました。母のようなひと一人、兄のようなひと二人。わたしたちは、いつもなにかに怯えながら、そこにいました。
あるとき、兄のようなひと一人が消えました。なぜか隣の家にいって、ぱったりといなくなってしまったようです。母のようなひとは泣いていました。わたしも習うように泣きました。怖くて震えが止まりません。きっと母もそうなのでしょう。
死んじゃったね。わたしが言うと、母はきょとんとしていました。
またある日、もう一人の兄がまた隣の部屋でいなくなりました。母はまた泣き崩れました。わたしがしっかりしないと、母はまた泣いてしまいます。そう思い、笑う膝を叩き、わたしはわたしらしくないと知りつつ兄たちの敵討ちに出かけることにしました。
家から一歩外に出ると、暗く深い黒の森が広がっていました。森というより、森の影のなかに迷いこんだ気分でした。
そのときのわたしは無鉄砲で、武器になるようなものはひとつも持たずに出かけていました。途中でわらわらとたくさんの蛇の集団や、狂暴そうな大きなねずみを避けて。一本の木に群がるぎとぎとした虫たちを横切り。三人の忍者のようなひとたちと出会いました。言葉の通じる三人に話を訊けば、森の奥に黒くて大きな影がいて、それを倒せばゲームクリア。晴れて自由の身。と、よくわからないことを言っていました。
わたしは三人から貰った鋭い刃物を掴み、大きな影をてっぺんから下までまっすぐ斬りつけました。斜めに斬ったり、うまく斬れないときは同じところを何度でも斬りつけました。大きな影は、驚くほど無抵抗でした。なんだか楽しくなって、わたしは家に戻ることにしました。
疲れたので横になり、気がつけば眠っていたようです。起きると、腹がもっこりと膨らんでいました。あわてて起き上がると、服の下に潜り込んでいたのは小さな妹のような存在でした。甘えるように、わたしの腹にすり寄ると、満足そうに眠っていました。
猫みたいだなと思いつつ、わたしはペイッと妹をはがしました。
兄二人行方不明事件を解決するにはやはり現場を見なければと、わたしが隣の部屋へ行く途中、妹に止められました。
どうしても、いきたいの?
わたしは、いきたくなくてもいかなければならない気がする。そう答えて隣の部屋の扉を開きました。
──開くだけなら、まだ、戻れた。
──一歩踏み出さなければ、まだ、戻れた。
────ああ。わたしはただ一人、恐怖で震えるばかりの、なにかに怯え続けるだけの日々を享受していればよかったのだ!
わたしは激しく後悔しました。
そこにいたのは、わたしなんかが逆らってはいけないひとでした。大きくて黒い背中が、振り向きました。なにかを言っていたような気がします。わたしにはわかりません。でも、最後の言葉だけはなぜか理解できました。
「少し早い気もするが、まあいいか」
伸びてくる手が、怖くて仕方ありません。冷や汗が滝のように流れていくなか。あ、と口から音がもれて気がつきました。
いきたくないところに落とされる、ようやくそれを知りました。
やっ、いきたくなっ……!
ぶつん。言葉は、そこで途切れました。どうやらわたしは、兄たちのようにここから消えてしまうようです。兄たちのように、さようならすら、言えませんでした。
お姉ちゃん、どこいったの?
新しく来たばかりの妹は、長くここにいる母の膝で丸まったまま訊きました。母は妹の頭を撫でながらそれに答えます。
さあ。あの子の言葉を借りるなら、死んじゃったのかもね。
母は、それを祝福するように泣きました。
end
あとがき
実際に見た夢のひとつに、物語性を付け加えたもの。
生まれ変わるってどんな感じなんでしょうね。
消えた隣人 山本冬生 @Fuyutoyuki
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