それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原の中で

「僕は『山田コウタロウ』。

2年です。」


「私は『紀平きひらトモユキ』と言います。

1年です。」


どちらも千田とは違って淡白な印象だ。

その面倒くさそうな表情が何やら二人の間のシンパシーを感じさせる。


二人の自己紹介を持っていたのだが、彼らの目はこれ以上言うことは無いと語っていたため、千田が仕切り直した。



「フンッ!これで裏・飼育委員会全員の紹介は終わったな。」


千田はピシッと俺たちに指を指して言った。


「それで、貴様らはこの私たちに結局何の用事があるというのだ!」



そうだった。


コイツらの面倒臭さで忘れていたが、

俺たちに『JSEROの計画を頓挫させろ』と命じた春日井が、それに必要だからとこの場所に寄ったのだ。


「そうそう、そうだったな」と仕切り直す春日井の次の言葉を俺たちは待った。



「単刀直入に言うが、あんたらの所有する効果生物...『文字食い虫』を貸して欲しい。」



千田は思わずたじろいだといった様子で後ずさった。



「な、何故...その名を知っている!」


「そこに」


春日井の指さす黒板には大きく



『裏・飼育委員集会

〜ヤバいぜ!!文字食い虫の謎を追え!!の巻〜』


と書かれている。



「な、なんということだ...!

我々が秘密裏に画策していた計画が、こんなにもあっさり知られてしまうとは...」



「それはさっきやりましたよ先輩」


今まで黙っていた山田が耐えきれなかったのか口を開いた。

春日井はそんなことなど意に介さず、端的に伝えた。


「まず、俺たちが何故、あんたらに協力を仰いでいるかと言うと、JSEROに対抗する為だ。」


「じゅ、JSERO!?」


今度は紀平が声を上げた。



「あぁ。JSEROは俺を使って能力の大量生産を計っている。」


「能力の大量生産!?」

と千田も思わず飛び退いた。



「それを頓挫させるために必要なんだ。

俺が巻き込まれるのが御免なのもあるが、JSEROが能力の大量生産を可能にすれば、世界征服なんて気を起こすかも知れんからな。」


「おい!世界征服は聞いてなかったぞ!」


俺は思わず話に割って入った。



「そういう可能性があるってだけだ。

もっとも、俺はあながち間違ってないと思うがな。」


世界征服...幼稚な言葉に聞こえるが、もしも能力の大量生産を成功させたのならば、確かに不可能では無いように思えてくる。



「はぁ...だがなぁ貴様ら。

効果生物というのは、とてもキケンな代物なんだぞっ!?

特殊効果をばら撒く存在が自らの意志を持ち、自ら動くのだ!

その危険性が分からぬ訳ではあるまいな?」


「わーかってるって!

だからさぁ早く貸してくれよ!」


「いーや分かっとらん!!」


千田は教室後部のロッカーの上にある棚から、青いファイルを取り出した。



SEROセロが制定したRisk Labelリスク・レーベルの指標だ。」


千田が広げたファイルはJSEROの公式サイトから印刷したもののようだった。

如何にもお堅い機関と言った感じで、淡々とした文章の下にビビッドなラインが、赤から青まで、危険度別に各項目の下に引かれている。






―――――――――――――――――――――


Risk Label/リスク・レーベル


リスク・レーベルとは、我々SEROグループが制定した、特殊効果や効果遺物、効果生物の危険度合の指標の事であり、主に以下の8項目に区分されます。






非危険因子/

Zero Risk Factors



小規模の危険因子/

Small Scale Risk Factors



中規模の危険因子/

Middle Scale Risk Factors



地域規模の危険因子/

Regional Scale Risk Factors



国家規模の危険因子/

National Scale Risk Factors



人類規模の危険因子/

Human Scale Risk Factors



地球規模の危険因子/

Global Scale Risk Factors



世界規模の危険因子/

World Scale Risk Factors






Regional Scale以上の危険因子を発見した場合、絶対に危険因子には近づかず、自身の安全を確保した上でJSEROに通報して下さい。


JSERO危険因子通報センターは以下の電話番号となります。

―――――――――――――――――――――






「こんな区分があったのか...」


SEROグループが制定した危険度合いを示す指標...

俺も知らなかったが、確かにこの位の指標ならば存在していてもおかしくは無いだろう。


だが、俺が知らないほど世間に浸透していないのならば、通報する人間も少ないのであろうな。

そんな俺の心を読んだかかのように、千田は口を開いた。


「こんなもの、私は常識だと思うのだが、存在を知らなかったという人間も大勢いる。

まぁ、自身の特殊効果を情報開示して『テキスト』を持つものは少ないし、それが他人のものであれば尚更だ。

そんなあやふやな特殊効果が、どのレベルの危険因子なのか、素人に区分出来るはずもないしな。」



春日井はもどかしい様子で千田に詰め寄った。


「だーかーらー!そんぐらい知ってるって!

俺達には時間が無いの!」


だが千田はまだ取り合わないと言った様子だ。



「例えば、藤井君の効果生物、タツ子はどの区分に該当すると思う?」


「え、私!?」


突然名指しされた藤井さんが驚いた声のまま返答する。


「うーん、Small Scalスモール・スケールeくらいかな...」


「馬鹿者っ!!

MiddleミドルMiddleミドル!!

校舎を破壊した効果生物がSmallスモールな訳が無いだろうッ!!」


藤井さんは彼の語気に「ひっ!」とおののき、「すみません!」と声を漏らした。


「...まぁ、あの件があったから君をスカウトしたのだがね...」



羽柴が上級生であるにも関わらず、ぶっきらぼうに聞いた。


「それで、肝心の『文字食い虫』?ってのは、どのレベルなんだよ。」


どうやら尊敬に値しない存在だと判断したようだ。

千田はそんなことは意に介さず言った。



「ああ、Human Scalヒューマン・スケールeだよ。」



「...え!?」


裏・飼育委員会を除く全員が声を上げて狼狽えた。


「ひゅ、ヒューマン!?

ええと、藤井のより3つも上じゃねえか!!」


「だから危険だと言ってるのだ!!

全く...何処でこいつの存在を知ったのだ。」



これを聞いてもやはり春日井が態度を改めないのは、何か事情を知っているからであろうか。



「ああ。

Human Scalヒューマン・スケールe...

リスク・レーベルの中でも少し異質だな。

他の区分は単純にどれだけの破壊力を持つか、どれだけの損害を『物理的に』与えるかに重きを置いている...

だが、Human Scalヒューマン・スケールeは少し違う。

文字通り、『人間』における危険度に重きを置く。」



千田が春日井に続いた。



「...そう。

言葉、宗教、歴史、記憶、人間関係。


貴様らはもう会ったかな?

その様な様な能力者には?」



春日井が一瞬だけ千田から目を逸らした。



「私だって、時間は惜しい。

単刀直入に言おう...



【文字食い虫】は『言葉』を奪う生物だ。」



な、なんだって...?

『言葉』を『奪う』...?


一同は再び混乱した。


「千田先輩...あの、よく分からないのですが...」


コウジが教師に質問をするかのように小さな挙手をした。


「それは...どういうことですか...

その、誰かを喋れなくするということですか?

それとも、『記憶』を奪ったりとか...」


「どちらも違うな」



千田はキッパリと否定して続けた。



「いや、言葉を奪うというのは、適切ではなかったな。

正確には、文字通り『言葉』を『食べる』のだよ。

文字食い虫はそうやって成長する。

そういう生き物なのだ。」




「『言葉』を...『食べる』...?」




今まで黙っていた熊野がコクリと静かに頷いた。

やはり、裏・飼育委員以外のメンツがどよめいた。



「ヤツは効果生物の中でも《概念生物》という区分に位置し、その名の通り実体を持たない。

また、生殖、排泄をせず、その一方で『文字』を食しては成長し、身体を肥大化させる。」


「おいおいおい、待て待て!

それって現実の話か?

『概念生物』?

『文字』を食って成長?

マジで意味がわかんねぇぞ!?」


「何を今更騒いでいる金髪。

【特殊効果】なんてものが存在しているこの世の中で、そんな風に一々驚いていては身体が持たんぞ?」


「た、確かにそうかもしれねぇけどよぉ....」

と羽柴はこんがらがった脳みそをほどくのに必死な様だ。


博識なコウジも、この手の柔軟な思考を求められる場では、ガチガチな理論で固めた頭脳をほぐすのに時間を要する。

先程から千田にまず何から質問をすればいいか迷っているらしく、メガネがずり落ちてはそれを押し上げていた。



「せ、千田先輩。

それはつまり、紙面の文字を栄養として消化する生物がいるということでしょうか?

インクに含まれる成分から栄養素を抽出して体内に吸収させているということですか...?」


「違う、違う!

貴様は思考に柔軟性が無いなァ。」



ムッとしたコウジに、千田は改まった様子で言った。



「『文字食い虫』は『言葉そのもの』を食す。

文字食い虫が跋扈すれば、がこの世から無くなるのだ!


藤井君の様に、 を操るといった様な次元では無いのだ!!」



言った瞬間、千田は青ざめた。



今なんと言ったんだ?

言葉の一部分だけが聞き取れなかったが。


千田は喉が詰まった様に、もどかしそうな様子で欠けた言葉を吐き出そうとした。



「ほら...あれだ。

空気が流れて吹き抜ける...

竜巻の小さいヤツだ!!」



羽柴は先程と打って変わって滑稽な様子の千田に少し吹き出して、口を出した。



「そんなことも忘れたのかよ... だろ? 。」



羽柴は「あれ。」と、喉から出てこない言葉を不思議に思い、千田と同じような表情で互いに顔を見合せた。両者とも額に汗が見えていた。

何故二人とも『 』なんて簡単な言葉が出てこないんだ?

と心中に思い浮かべた文章に、欠けた存在を見つけた時、いつの間にか俺の背筋にも汗が一つ垂れていた。



「な、何が起こっているんだ...?」



思わず俺は呟いて を抱えた。

明らかに、この場に  かの影響が現れていた。

今の  の会話のやり取りだけで、皆自身に起こっている異常に気づき始めたらしく、先程の千田の言葉の意味を理解し始めていた。

いつの間にか差し込んでいた  の日差しが、俺達の頬を  に染めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駄能力研究部 ローリング・J・K @rollingjk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ