雀の会議

木穴加工

雀の会議

 夕日が町を茜色に染める頃、電線の上に雀が三羽止まっていた。


 太っちょのチュン太と、

 新入りのチュン助、

 そして命知らずのアルフレッドだ。


 三羽はいつものように他愛のない会話を交わしている。


「今日は一羽で駅前に行ったんだ!」

 チュン助が誇らしげに言った。

「本当に? あそこは危険だよ?」

 とチュン太。

「一羽で行くのはまだ早いんじゃないの?」

「それがさぁ」

 チュン助は右の羽の付け根をせっせと突っつきながら言った。

「チュン美を誘ったんだけど断られちゃったんだ。なんか最近冷たいんだよね」

「当たり前じゃないか。繁殖期のメスは気難しいんだ」

 チュン太は呆れ顔で言った。

「そうなの?」

 チュン助は巣立ったばかりの若鳥なので、こういったことにはまだ疎いのだ。


「俺に言わせれば」

 今まで黙っていたアルフレッドが口を開いた。

「一羽で駅前に行くより繁殖期のメスに話しかけるほうがよっぽど無謀だがな」

 アルフレッドは時々カッコつけてこういう事を言う雀だった。

「それに俺もしょっちゅう駅前に砂浴びに行っている」

「そうそう、あそこの砂がいいんだよね! 僕また行きたくなって来たなぁ」

 チュン助が興奮して羽をパタパタさせる。

「落ち着いてチュン助。アルフレッドも煽らないで。駅前は人間が沢山いて危険なんだ!」


「あいつらはデカいだけの脳無しさ。捕まるのは間抜けだけだよ」

 アルフレッドは小さくジャンプすると、空中で体の前後を入れ替えて再び電線に着地した。そしてもう一度同じ動作をして他の二羽と同じ向きに戻る。特に意味はないが、アルフレッドのお気に入り動きなのだ。

「それで、チュン太坊は何してたんだ?」


「僕かい? 田んぼに餌を取りに行ってたんだ」

 チュン太は自慢のお腹の毛をせっせと手入れしている。

「今年は稲が豊作だよ! 農家さんに感謝だね」

「だね。でも田んぼにも人間がいるでしょ?」

「滅多にいないよ」

「危険でもチュン太は行くさ。メスの気を引くためにせっせと餌を溜め込んでる所だからな」

 アルフレッドはニヤニヤしながらチュン助に耳打ちした。

「へーそうなんだ」

「そ、そんなんじゃないよ!」

 チュン太は抗議するように体を膨らませた。


「そういえば、駅でアルフレッドを見たよ」

 チュン助が思い出したかのように言った。

「見られてたか。今日は電車に乗ってデパートまで行ってきたのさ」

「ははん、さては女の子にプレゼント買いに行ったね」

 チュン太がお返しだとばかりに囃し立てる

「まあ、繁殖期だからな」

 アルフレッドはけろりとしている。

「なんか自分のときだけズルくない?」


 その時、一羽のマガモが三羽の前を横切った。

「あ、農家さんだ! こんにちわ!」

 チュン助は翼を軽く広げて挨拶をする。マガモはそれに気づくと、空中で大きくUターンをして三羽の前に戻ってきて、

「やあ御三方、相変わらず仲が良いね」と言った。

「農家さん、いつも美味しい稲をありがとう!」

「どういたしまして、また来年も田植え手伝ってくれよ!」

 マガモは忙しそうに飛び去った。


 気がつくと、あたりはもう薄暗くなっていた。今日の仕事を終えて家路につくムクドリの群れが南の空を覆い尽くしている。

 雀たちもそろそろ家に帰る時間だ。


「人間だ」

 一人の人間が三羽の真下をふらふらと歩いていった。ひょろりと細長く、毛に覆われてない裸体はいつ見ても不気味だった。

「人間って何を考えて生きてるんだろうねえ」

「何も考えてないんじゃないかな。僕たち鳥類と違って知能がないんだから」 

「可哀想だなぁ。火も電気もない暮らしなんて僕には想像できないや」

「案外そのほうが幸せかもしれないぜ。仕事や面倒なプレゼント選びだってしなくていいしな」

 アルフレッドは時々カッコつけてこういう事を言う雀だった。


 太陽が地平線の彼方へ隠れ、鳥たちの築き上げたこの世界にポツリポツリと明かりが付き始めた。

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