第7話 本当の望み
翌日、広瀬はいつもの席にいた。ほっとして声をかける。
「広瀬、おはよう」
「おはよう、聡太。昨日は心配かけてごめん。もう大丈夫」
「それはよかった。進路のことなんだけど、聞いてくれるか」
「なんだろ、いいよ」
緊張する。岡田もこちらにやってきた。一呼吸おいて。
「音楽療法士になりたいっていう広瀬の希望……本当に心からの望みなのか?」
広瀬は絶句したようだった。胸に手を置き、少し肩をすぼめる。また昨日のようにさせてしまったらと、俺は少し慌てた。しかし広瀬は深呼吸をすると、通常の呼吸を取り戻した。
「……そうだね、そうとは言い切れないかもしれない。二人にはもしかしたらもう、なんとなく目星がついてるのかもしれないね。僕は父に音楽を弾くことを強要していたんだ。亡き母がピアニストでね。母が死んだ後、僕にも音楽の才能の欠片を見出した父は、僕をろくに学校にも行かせず、母と同じような演奏をすることを強いたんだ。特にアラベスクを。僕の個性が出れば叱責された。僕はずっと学校に行きたかったから、父に隠れて勉強してたよ。秋頃に父が自死してから、施設に預けられることになって、やっとこの高校に通えたんだ」
俺は黙って広瀬の話を聴いていた。それしかできなかった。
「音楽療法士になりたいのはね、僕にはもう音楽しかないと思ったから。ずっとやってきたのがそれだからね。……でも、音楽が好きなんだ。本当は個性を伸びのび発揮してピアノを弾きたかった。それで、自由に音楽と遊んでいいんだってことをたくさんの人に知ってほしい。その願いはきっと音楽療法士という形で叶えられる」
広瀬の瞳は澄明だった。惹き込まれそうなほどに。
「心配してくれてありがとう、聡太。僕はこの道を行く」
何もかも杞憂だったのだ。広瀬は最初から、自分の本心に嘘をついてはいなかった。よかった。
へなへなと椅子に座り込む俺の肩を岡田がぽんと叩いた。親指を立ててくるので返す。
「素敵な動機だね。きっと耀はたくさんの人を笑顔にできるよ」
岡田が広瀬にも親指を立てる。広瀬はにっこりと笑って、同じハンドサインをした。春が来る。
窓辺の季節 はる @mahunna
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