第6話 春へ

「ブラックコーヒーひとつ」

「ミルクティーひとつ」

 喫茶『Spring』で聡太と向かい合う。いつになく瞳は真剣で、普段の半目よりも目が開いているような気がする……と冗談はそこまでにして。

「お前も気づいてたんだな、広瀬のこと」

「そりゃ、さすがの僕でもね……あんなことになったし」

「俺は広瀬は、虐待されていたんじゃないかと思う」

 え。

「そこまでは想定してなかった」

「あくまで推測だがな。恋愛の話になった時、他人の体験からそれを忌避するような言い方をした。それに、名前を褒められた時、母親に特に言及したが、父親には触れられなかった。それだけで父親からの虐待があったとは言い難いが、可能性はある」

「僕らがわいわい話してた時、どこか羨ましいような目をしてたんだ、彼は」

「もしかしたらろくに学校に通わせてもらえてなかったのかもしれない。広瀬の性格上、普通に学校に行っていたら、友達はできただろうしな。それに、音楽選択ではないのに、将来の夢が音楽療法士であることもひっかかる。さっきアラベスクに反応したのも含め、何か音楽関係の因果があるのかもしれない」

「なるほど……例えば」

「ろくに学校に行かせてもらえず、音楽の指導をずっとされていたとか」

「そうか……」

 思わず深々と椅子に背を預ける。

「あんまり突っ込んで聞かないほうがいいかな」

「……今日分かったことだが、お前の鈍感なところはいいところにもなり得る。あまり気にせずに訊いたほうがいいこともあるんだ」

 そんなこと思ってたんだ。

「そうだね……じゃあさ、訊いちゃおっかな。聡太はさ、あんまり学校生活が好きじゃないみたいだけど、僕の知らない理由があるの?」

「……お、俺の話?」

 聡太が驚く。

「んー……前にも言ったと思うが、俺は本当に恋愛に興味がないんだ。高校生なんて恋愛が主な会話のタネだろ? あんまり馴染めなくてな。それで」

 そうだったんだ……。

「聡太はちゃんと言ってくれてたのに受け取れてなかったね、ごめんね。それはあんまり話が合わないね」

「……岡田とはそれ以外の話もできるから、気が楽なんだ。なんというか……いつもありがとうな」

「こちらこそ! 聡太は優しいから、どんな話でも受け止めてくれるから、ほんとに嬉しいよ。ありがとう」

 珍しく聡太がにこりと笑って、僕は安心した。聡太と友達になれてよかったなとしみじみ思う。

「広瀬、帰れたかな」

「大丈夫だよ、きっと。また明日会えるさ」

 よく考えれば、毎日会えるということは何にも保障されてない。僕らが顔を合わせて、話したり一緒に歩いたりすることは、もしかしたらとんでもない奇跡の上に成り立っていることなのかもしれなかった。明日会えますように。祈るような気持ちが本当だった。

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