額に銃を突きつけられた時の三つの対処法

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額に銃を突き付けられた時の三つの対処法

 うっすらと意識が眠りから醒める。

 すると額に、ゴツリと硬質で冷たい何かの感触が伝わり、背筋がうすら寒くなった。

 それは最近の馴染みで、あまり愉快なものではないからだ。


「……ッ!」


 僕ではない誰かの戸惑う息が漏れた。

 なぜだろう? と思いながら目を開ける。


「……おめざめ? 気分はどう?」


 一人の女性の声が耳へ届く。

 栗色の髪に薄い灰色の瞳で、顔の輪郭は丸く柔らかなのに、目元にだけは緊張からくる疲れがある。

 紺色の軍服を着ているせいか大人っぽく見えるけど、おそらくまだ十代だろう。

 十六から十八辺りで、当たっていれば僕と同世代だ。


「ん、んー……」


 僕は曖昧な返答をしながら、今の状態を確認する。

 危ない角度で傾いている小さな木屋に僕と彼女はいるようだ。

 僕は粗末な木製の椅子に座らされ、手首には縄が巻かれている。

 くるぶし周辺も、椅子の両足に縛り付けられていて身動きが取れない。

 同時に、火薬と汗と泥の滲む隊服を身に着けていることも確認する。

 僕の所属する、『東』側の一般的な軍服だ。

 血に汚れ、独特の金属臭がする。

 この状況は、まぎれもない現実のようだ。


「えーと……?」


 それとなく視線を巡らせ、出口を探す。

 お互いに爆撃か砲撃かの衝撃に当てられ、気絶していたという所か。


「不審な動きはしない」


 彼女はそう言って、無骨な拳銃を僕の額へ突きつける。


「やめてくれ。逆らったりしないよ」

「……そう」


 どうやら撃ってから考える人間ではないらしく、とりあえず僕は安心する。

 さて、状況は理解したけど、どうしよう?

 目下の目的は額の拳銃を下させることだけど、どうやって……?

 僕は五秒考える。

 三回、殴ることにした。

 まず、気になっていたことを聞く。


「君は『西』側の人間なのに、どうして『東』側の言葉を話せるんだ?」

「……」


 彼女は、その問いに答えない。

 現在、『東』と『西』の仲はすこぶる悪く、全面戦争の真っただ中だ。

 敵国の言語を淀みなく操れるというのは不自然と言っていい。

 しばしの間を置き、彼女は話し出す。


「祖父と父はそっちの文化に理解があったから。その影響」

「二人は今、何を?」

「軍に捕まって、誰も帰ってきたことのない世界へ主張中。ま、そっちで言う常世ってやつね」

「常世って、またすごい表現をする……。だけど、うーん……?」


 僕は言葉尻を濁しながら、殴る手順を念入りに考える。

 僕も彼女も一杯一杯なのだ。

 なら、生き残る為に頭を回す他ない。

 彼女の言葉遣いを踏まえて、再び僕は話し出す。

 まず、一発目の拳。


「まあ、常に泰然自若とはいかないか。冥土の土産と思って少し話でも?」

「……いいけど。何を?」

「そうだね……。戦前から興味はあったんだけど、どうして『西』は『東』の文化が劣ってるって頭ごなしに決めつけるんだ?」


 彼女は少し考え、答えた。


「『西』にはこの世の全てを言葉と数字で説明、表現できると信じて築き上げた文化に強い自負がある。極端な程に」

「ふうん?」

「で、『東』は言葉にできることはして、できないことはしない。言葉にできない領域にこそ価値があると信じ、それを神秘と呼んでいるでしょ? 反対に神は言葉の細部に宿るというのが『西』ね」

「でしょ? と言われても……」

「まあ、そういう背景があって、『西』は『東』の言葉で説明しない文化を怠慢、劣悪と感じてるってこと」

「な、成程……」


 僕は論理の的確さに慄いてしまう。

 しかし、そうか、と思いながら、二発目の拳を放った。


「でも『東』も『西』の文化に範をとる必要はあるね?」

「そう?」

「うん。……突然だけど僕には軍の先輩がいたんだ」

「?」


 彼女は戸惑いの表情を見せたが、僕は続ける。


「ある日、先輩に三本のタバコと飴玉が上層部から届いた。……三日後に勅令で特攻したよ。よく奥さんと娘さんの写真を僕に見せて、のろけてた。でも出撃の時、何も言わなかったんだ」


 彼女は口元を結び、黙る。


「たった一言でも、『俺の命はタバコと飴玉なのか』と嘆いて欲しかった。言葉を残して欲しかった。他にも仲間が沢山死んだ」


 僕は勢いのまま、一気に話す。


「最後の記憶は無言で出撃する先輩の背中と、腰の軍刀だけ。取り残された僕は、気が付いたら先輩の吸い殻の前にいた。……許せない。こんなのは許せないと思った」


 そう僕が話し切ると、彼女は少し安心した口調で言った。


「……よかったぁ」

「何だって?」


 僕は本気の怒気を放つ。

 何が良いというのか。

 人が沢山死んだのに。


「君は怒髪天を衝くという言葉を知ってるか?」

「ええ、知ってる。貴方は怒ってる。もし戦争だから仕方ないと諦めてたら、射殺してた」


 その言葉に僕は複雑な気分になってしまうが、気を取り直し、話を進めた。


「……まあ、そういう命令が来るんだから、軍政はもう末期ってことなんだろうね」

「私からもいい?」


 彼女は僕の回答を待たず、冷徹な声で銃へ力を込める。


「この時間稼ぎに何の意味が? 友軍が助けに来ると?」


 よしよし、彼女は優秀だと思いながら僕は答えた。


「思ってない。僕にそんな価値はない」

「……」


 彼女は憮然とした様子だったが、僕は構わず話を戻した。


「ま、『東』の密室の会議も終わりなんだよ」

「何それ」

「『東』は軍議の記録を残さないんだ。上層部だけが集まって、口頭で話し、議事録はなし。最後に口を揃えて同じ命令を出すだけなんだ」

「意味が分からない」

「敗戦したとして、証拠を残していたら戦争犯罪者になる。なら戦後、『西』にありもしない証拠を探させて時間を稼ぎ、その間にどこかへ高飛びした方がいい、と」

「……腐ってる」

「その通り」


 彼女の反応から、僕はとある確信を得つつ、最後の拳を放つ。


「その辺りの文民統制は、『西』の専売特許じゃ?」


 彼女は眉根を寄せ、複雑な表情を浮かべた。


「文民……? ああ、シビリアンコントロールのこと?」

「知らないけど」


 僕は適当に頷く。

 文民統制の形の一つに軍と政治を分離させ、国家の決定権は官僚などに委ねるというものがある。

 そうすれば軍は好き勝手に動けず、反逆の危険性も下がるという構造だ。


「『西』もギリギリよ? 行政の検閲が入るとは言え、戦争は軍が主導だから」

「そう、だよね……」


 まあ、『東』なんて軍政だし……。

 とは言え、欲しかった確信は得られたので僕は満足し、目を伏せる。

 その様子に彼女は首を傾げつつ、聞こえて来た風切り音に顔を上げた。


「これは……『西』のヘリのプロペラ音!?」


 僕は頷く。

 予想通りだ。


「そりゃ、来るだろうね」

「友軍は来ないって言ったじゃない!」

「僕のはね。でも君は優秀だから、来るのを待ってた」

「優秀なら帰さないのが道理でしょ!? どうしてそんなことを!?」

「もし将来、君が軍を指揮する日が来たら、利のない戦争は避けて自軍を引いてくれるはずだから。すると僕の友軍も戦闘を避けられて、戦死が減る。だから優秀な敵は残すに限るんだ」

「どうして私が優秀だと?」

「……あえて知らなければ答えられない言葉を混ぜて話したけど、君は全部拾ったから」

「?」

「『泰然自若』、『範をとる』。……仕上げは『文民統制』。半端に『東』の言語をかじった程度じゃ反応できない表現を、君は全て理解した」

「あー……」

「優秀と判断するには充分。何より君は」


 そして僕は彼女の顔を見て、表情を緩めた。


「君はいい人だ。戦争だから仕方ないを許せない人だ」


 彼女は口元をぴくぴくさせて、反応する。


「いい人の上に優秀を乗せてる。逆はダメだけど。僕が上官だったら死なせない」

「……いつからそんなこと考えてたの?」

「最初から。僕が起きた時、戸惑ったよね? 捕虜にするか殺すかで迷っていた、なんてのは軍人として失格だ。無慈悲を貫けるのなら、どっちでもいいからね。でも、ああ、この人は……って」


 そして、彼女は僕の表情をまじまじと見た後、大きく溜息を吐いて、銃口を下げた。

 腰の帯革から小刀を取り出し、僕の縄を解く。


「いいの?」

「毒気を抜かれた」


 彼女は、そう言って僕に背を向け、小屋の錠を開けた。


「『西』へ戻る?」

「ええ、友軍を危険に晒したくない。……でも、それ以上に」


 そして彼女は一回だけ振り向く。

 目を細めて白い歯を見せる、優しいほほ笑み。

 年相応の、あどけなさ。


「生きて頑張ろうと思った。底抜けに馬鹿な敵兵と会って」

「……そっか」

「もう少し、いい?」

「?」


 首を傾げる僕へ、彼女は少し寂しそうに声を潜めた。


「聞かないの? 私が誰で、どんな立場の人間なのか」

「聞かない。僕にとって君は君のままでいい」

「……そう。じゃあ私も貴方は貴方のままにしておく」


 やがて彼女は小屋から足を踏み出す。


「See you」

「さよなら」


 そして無音が訪れ、僕は首を傾げた。


「……しーゆーって何だろ?」


 呟くが回答はない。

 口調と響きから、悪い言葉ではないと思うけど……?


「ま、いいか」


 もう一度呟き、ふと、これは『東』と『西』の戦争の縮図だったのかもしれないと思う。

 お互いに対する無理解が生む、偏見と暴力、そして死があった。

 けど、彼女と僕の戦争は血を流さずに終わった。

 これは一つの可能性だ。

 きっと相手を思いやる彼女の様なおせっかいが、人の歴史を繋ぎとめているんだろう。

 その感情を友軍ではなく、敵国の軍人に見ることができたのは幸運だ。

 そんな事を考えていると、意外な音が耳へ届いた。


「『東』の戦車の駆動音……? 僕の上官は馬鹿なのか……?」


 そうぼやいた瞬間、彼女の最後の言葉が脳裏を過ぎる


『See you』


 その響きを思い出し、僕は苦い顔になってしまう。

 きっとその言葉の意味は――。


「参った……。僕はそんなに優秀じゃないぞ……」


 ぼやきながら、でも、その過大評価に苦笑する。


「分かったよ。こうなったら全力でできるだけの事はやるさ……!」


 僕は自分を奮い立たせるように意思表明して、小屋を出る。


「さて、まずは先輩にふざけた命令を出した上層部を殴りに行くか……!」


 それは、銃を下ろさせる為の予想外の四発目。

 大丈夫、何も問題はない。

 僕と彼女の間で、一度はできたことだ。

 どうせなら周囲のもの全部巻き込んで、思いっきりやってやろう。

 決意を固めた僕はぎゅっと強く拳を握り締め、前を見据える。

 そのずっと先で、『しーゆー』の意味を本人に確かめる日も来るかもしれない。

 そんな未来を思い描きながら僕は笑い、肩で風を切って、力強く第一歩を踏み出した。

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