ゆるか

AZASS

告白

 白い外灯に照らされた郊外のスーパーマーケット。ガラス窓から見える店内は薄暗く、非常口の照明が店内を緑に照らしていた。時間は夜の9時過ぎ。お店は一日の業務を終えて閉店していた。

 その店の建物の裏にある従業員用出入口から仕事を終えた従業員たちがパラパラと出てきた。

 駐輪場に停めてあった自転車やバイクに乗ってパートさんたちが次々と家に帰っていく。

 冬の澄んだ夜空には星が瞬いていた。

「パンクしてるやん!」

 店の駐輪場の一角でパートのおばちゃんが吼えた。

「もーぉ、こんな時間に自転車屋なんて開いてないで!」

 おばちゃんはイライラして大声で騒いでいた。 

「どうかしましたか?」

 従業員用出入口から出てきた野上るかが、キレまくっているおばちゃんに声をかけた。

 艶のあるボブカットのるかの黒髪は駐輪場の照明で白く光って見える。キャメルのブレザーにえんじ色のチェックのスカート。このあたりに住んでいる人ならこの制服はのぞみ芸術高等学校の制服だということがすぐにわかる。

 るかは、授業が終わってそのままバイトに来ていた。

「パンクしてるんや!」

「パンクですかぁ」

 るかは、それはお困りですねえという表情を作り上げた。

「あんた、自転車使わへんねんたら、ちょっと貸してぇや」

「いやいやいやいや、あたしも、今から帰りますから」

 おばちゃんのド厚かましい要望を即座にブロックする。

「もーぉ。なんでパンクしとんねん。ムカつくな! 死ね! 死ね!」

 おばちゃんは見えない誰かを罵りながら、自転車を押して、歩いて帰っていった。

 るかは、災難を回避できたことに安堵し、肩からぶら下げていたチョコ色のスクールバックを自転車の前かごに、ぼさっと入れた。

「ふふふふふ」

 どこからか不気味な笑い声が聞こえる。

 るかは、はっと後ろを振り返った。

「?!」

 るかと同じ制服を着た女の子が駐輪場の外灯の陰から、ぬっと現れた。

「なんや、ゆるちゃんか。驚かさんといて」

 西北ゆるは、にこにこ笑いながら子犬のようにちょこちょこと走ってきた。るかのボブとは対照的なロングヘアの髪が首に巻かれたマフラーの上でさらさらとゆれている。

「今のおばはんの顔、見ました?」

 ゆるが、くすくすと笑う。

「は?」

「くくくく。いつもあたしたちバイトをいじめる罰です」

「またあ、あんた何したん?」

「タイヤの空気を抜いてやりましたわ」

 ゆるが、てへっとかわいい顔でほほ笑む。

「え! あれ、ゆるの仕業かいな」

 ゆるは、えへんと胸を張った。

「いやいや、そんなどや顔されても」

「そして、もう一つ告白します!」

「?」

 何を言い出すんやと、るかは警戒する。

「おばはんの自転車と間違えて・・・」

「間違えて・・・」

「るかちゃん先輩の自転車のタイヤの空気も抜いてしまいましたあー。あはははは」

 ゆるは、無邪気に笑っている。

「あはははって・・・この、アホゆるがッ!」

 るかは、むにっとゆるの両頬をひっぱる。

「いれれれれ」

「あんたのこの口で! 今すぐタイヤに空気いれなさい!」

「そ、そんな~できませんよ~~」

 るかちゃん先輩こと野上るかは、のぞみ芸術高等学校放送学科の2年生。ゆること西北ゆるは、望芸術高等学校舞台芸術学科の1年生だ。二人をつなぐのはこのスーパーのアルバイトである。

「いっつも変ないたずらばっかして」

「ごめんなひゃ~い」

るかは、ゆるのほっぺをむにむにとのばしたり、ちぢめたりする。

「おまえら、何してんだ?」

 駐輪場でじゃれあっているゆるとるかのそばに大学生のアルバイト、越谷颯馬がやってきた。ジャケットにジーパン、首にはさらりとマフラーを巻いている。シンプルにきめた格好をしていた。誰から見ても好青年といった雰囲気をかもしだしている。その白い歯が駐輪場の照明で輝いていた。

「越谷先輩~るかひゃんがいじめるんれす」

「ち、違います!」

 るかは、ゆるのほっぺからさっと手をはなす。

「相変わらず、は仲がいいな」

 越谷は笑って二人を見る。

「あのぉ、越谷先輩、そのってのやめてもらえますかぁ」

 るかの声が、媚びを含んだ声に変わっていた。

「いいじゃん。いつも二人セットでいるんだから、名前もセットにしたら」

 越谷はさわやかな笑顔で二人の前を歩いていく。るかは、その越谷の背中をじっと見つめていた。

「るかちゃん先輩。いい加減、告白したらどうですか」

「は、は?」

 意味わかんない、という顔で、るかは、ゆるを見た。

「わかりました」

 ゆるが、右手を上げた。

「では、私がかわりに告白してあげまーす!」

「え?!」

 るかは、ゆるの行動が理解できない。

「越谷せんぱ~い」

 ゆるが大声で越谷を呼び止めようとする。

「ちょちょちょちょちょ」

 るかが慌ててとめにはいる。

 しかし越谷には、ちゃんとゆるの声が届いてしまっていた。越谷は足を止めて、二人の方を振り返った。

「どうした?」

「先輩! るかちゃんは、越谷先輩のことが好きで、好きで、大好きで、たまらないんですぅ!」

 ゆるは唇をちゅっと突き出し、はしゃいで言った。

「おおお、おのれは、何、言うとるんじゃ」

 るかは、ゆるの口を手でふさごうとする。

「はははは。そっかそっか」

 しかし越谷は特に驚くようなこともなく、さらっと答えた。

 ゆるは、ちょっと拍子抜けがした。

「越谷先輩、本当ですよ」

「ありがとう。でも、の二人は妹みたいなもんだからなぁ、はははは」

 越谷は爽やかに笑いながら去っていく。

「・・・」

 るかは、呆然としていた。

「アオハル終わりましたね」

 ゆるが、てへっと舌を出して笑顔を作った。

「終わらすなッ!」

 るかは、すかさず返す。

「それでは」

 ゆるは、この後、自分が不利な状況に陥りそうだと動物的直感を感じ、軽く片手をあげて帰ろうとする。

 るかは、逃げようとするゆるのマフラーをぐいとつかんだ。

「待て、ゆる」

 るかの目に怒りの炎が燃え上がっていた。

「この責任どうとるんや」

「いやいやいや、告白して振られたからって人のせいにしないでくださいよ」

「勝手に告白したのはあんたでしょうが! タイヤの空気抜いて、あたしの心の空気まで抜いて、どうしてくれんの!」

「うまいこといいますねえ」

 ゆるは、素直に感心した。

「わかった、ゆるにも告白してもらう」

 るかは、マフラーから手を放し、腕を組んだ。

「どどどどういうことっすか?!」

 ゆるは、びびりまくる。

「たしか通学の電車でいい男がおるって言ってたよね」

 るかが、にんまりと笑い、ゆるに顔を近づける。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや」

 るかが、何を言わんとしているかが、ゆるにはすぐにわかった。

「その人に告白の刑や!」

「け、刑罰?! 告白って刑罰でしたっけ?」

「ゆる、あんたがその彼に告白しなかったら、おばはんに、自転車のタイヤの空気を抜いたのは、ゆるやって言いつける!」

「え~~~~」

 冬の夜空に、ゆるの情けない声が響いた。


 ぷしゅーと音を立てて各駅停車の電車が駅に停まった。夕方のラッシュ前の時間帯。電車の車内はそれほど混んでいなかった。その車内の乗客もほとんどが降りていった。この駅で特急に乗り換えるお客が多いのだ。

 るかとゆるは、車内の一番端に立っていた。

 しばらくすると詰襟の制服を着た一人の男子学生が電車に乗り込んでくる。やや斜めに上がった直線的な眉。鼻筋も通っていて美形な顔立ち。寒くて手に息を吹きかける姿もなんだか絵になるような男の子だ。

 扉が閉まり、モーター音をあげて、電車が走り出す。

「あ、あの人です」

 ゆるが、隣のるかに言った。

「なるほど。たしかにいい男だわ」

 るかは、うんうんとうなずいていた。

 男子学生はロングシートの席に座わる。男子学生の横の席がしっかりと空いていた。

「るかちゃん先輩。他の乗客さんもいますけど・・・本当に告白しないとダメなんですか?」

「だから『告白の刑』って言うたやろ」

「公開処刑ってことですね」

 ゆるは、がくっと頭を下げた。

 るかは、ゆるの肩に手をおいた。

「ゆるは、彼氏とパフェを食べるのが、夢やって言ってたよな」

「は、はい・・・」

「実現してこい。あたしが見届けたる」

 るかが、ゆるの背中をドンッと押す。

「うわぇう」

 ゆるは、思いっきり突き飛ばされて、男子学生のいる場所まで吹き飛ばされた。

ゆるは乱れた長い髪を耳にかけて、笑顔を作った。

 男子学生は耳にイヤホンをつけ、ゆるの存在には気づいていない。

 ゆるは男子学生の横に座った。

「・・・」

 何も起こらない。というか何も起こしたくない。

 ゆるは、るかを見た。

 るかは出入り口付近に立っていて、行けッ! 行けッ! と手で猛烈に合図を送っている。

 ゆるは、るかの形相を見て、もはや告白するしかないと観念した。

「あ、あの・・・・・・」

 ゆるが、おそるおそる声をかける。

「・・・」

 男子学生は全く気づかない。

「あの!」

 ゆるは、声のボリュームを上げた。

「?」

 男子学生は気づいてイヤホンをはずす。

「ははははじめまいて!」

 ゆるの心臓がいきなり加速し始めた。

 るかが、その様子を見ていて、心の中で、ゆるにツッコミを入れていた。

(ゆるちゃん、言葉が変!)

「おおおお忙しいところ、すすすすみまぜん」

 ゆるは、ぷるぷるふるえながら、必死になって言葉を発した。

「いえ、大丈夫ですよ。いつも同じ電車ですよね」

 男子学生は、ゆるのことを怪しむ様子はない。それどころか余裕のある笑顔でこたえた。

(おっと、もしかして彼もゆるのことを気にしていたのか?)

 るかが、二人の様子を見て興奮している。

 しかし、ゆるの心に余裕はなかった。

「そ、その、わ、わて、わて・・・」

(ゆるちゃん! 主語がおかしい!)

「おおおおお主と」

(侍かッ!)

「ぱぱぱぱぱぱぱ・・・」

(そうや、もう勢いで誘ってまえッ!)

「ぱぱぱぱぱ」

(行け! 行ってまえ!)

「パ、パクチーが食べたい!」

「パクチー?!」

 思わず、るかも声をだしてしまった。

 るかは、あわてて自分の口に手を当てた。

(ゆるちゃん、パクチーは乙女の食べ物やない。パフェやパフェ。パクチーはカメムシ嚙んでるみたいな味しかせん! パフェやパフェ)

「パクチーですか、いいですね」

 意外にも、ゆるの言語が男子学生に通じた。

「え?」

 ゆる本人もびっくりした。

「よかったらタコスでも食べに行きませんか? あ、僕、石田翼っていいます」

(奇跡のような展開!)

 るかも驚いていた。

「あ、えっと・・・」

 ゆるは、かなり戸惑っていた。

「僕もエスニックとか好きなんですよ」

「・・・ち、違います」

「え?」

 石田は首を傾げた。

 ぷしゅーと音を立てて電車が次の駅で停まった。

 ゆるが、突然、立ち上がった。

「すみませんでした」

 ゆるは、ぺこりと頭を下げ、そのまま、ダッシュで電車を降りた。

「え? え? え?」

 るかは、ぽかんと座っている石田と走り去るゆるを交互に見ていた。発車を案内するメロディが駅に流れはじめると、るかは、ゆるの後を追って、慌てて電車を降りた。


 太陽が沈みかけて、あたりがオレンジ色に染まっていく。飛び降りた駅のホームの木製のベンチにゆるとるかが座っていた。人が誰もいない静かな駅。冷たい風が吹いてきて、二人とも体がぶるっと震えた。

 石田翼を乗せた電車はどんどん小さくなっていく。

「ゆるちゃん、どうした? うまくいってたと思うけど」

「えっと・・・違ったんですよ」

 ゆるは、小さくなっていく電車を見ていた。

「何が?」

「私は、ああいう場合は・・・」

「ああいう場合は?」

「パクチーは乙女の食べ物やない! パクチーなんてカメムシの味や、とか、ツッコミが欲しいんです」

「は? わけがわからんな」

「だから、ああいう突拍子もないことを言った場合には、ツッコミを入れてほしいんです」

 るかが、あきれ顔になる。

「ツッコミ入れなあかんて・・・そんな奴おらんで。あたし以外」

「そうなんです!」

 ゆるは、さっと、るかの顔を見た。

「何が?」

 るかは、ゆるが何を言っているのかわからない。

「だから、告白する相手が違ったんです」

 ゆるは、るかの顔をじっと見つめる。

 るかも、ゆるの顔をじっと見た。

「るかちゃん先輩・・・」

「・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」

「え~~~~~」

 ゆるが、るかに抱きついた。

「やめろ、わめくな、近い近い」

 るかが、ゆるを手で押しのける。

「私のツッコミ役は、るかちゃん先輩しかいないんです」

「わめくな。・・・って、ツッコミ役かよ」

「わたしがボケで、るかちゃん先輩がツッコミ」

「漫才師かよ、コンビ名なんだよ?」

「コンビ名は決まってるじゃないですか」

 ふたりは目を合わせて、ニッと笑った。

「ゆるか!」

 ゆるとるかの声がそろった。

「もう、次の電車はいつ来るんや」

 るかは壁に貼りつけてある時刻表を見上げた。

「もう、いつもの電車に乗れないですよ。彼に会ったらきまずいです。どうしてくれるんですか」

 ゆるが、かわいく口を尖らせた。

「告白して振られたからって、人のせいにするんじゃない」

「ていうか、私が振ったんですけど」

「確かに」

 ゆるかの二人は、笑いながら、次の電車が来るまで、ずっとホームでおしゃべりを続けた。

─終─


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ゆるか AZASS @AZASS20210810

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