第4話:屍者会の意味

 映写室の明かりがついた。


「は……?」

 晴之は呆然と試写室を見回した。

 明るい光に照らされた試写室に座っているのは、自分だけだった。

「え……?」

 満席だったはずなのに、誰もいない。

 晴之は驚いて立ち上がり、扉を押し開けて試写室の外に飛び出た。


 そこには受付嬢もテーブルもない、がらんとしたスペースが広がっているだけだ。

「な、なんだよ、これ!」

 晴之は階段を駆け上がり、ビルの外に出た。


 必死で走ると、いつものように多くの人で賑わう駅前に出た。

 大勢の通行人の姿に、晴之はホッと息を吐いた。


(夢だったのかな……)

 時間はもう17時30分を過ぎていた。

 秋の空はもう夜のとばりが降りかけている。

「香里奈ちゃんに……会いに行かなきゃ……」


 待ち合わせはモヤイ像の前だ。

 スクリーンに映し出された待ち合わせに向かう自分の姿を思い出し、吐き気が込み上げる。


 ハンカチを取り出そうとジャケットのポケットに手を突っ込むと、がさっと何かが手に当たった。

 取り出してみると、それはくしゃくしゃになった試写会のチケットだった。


 広げてみると、チケットには『ししゃかい』ではなく、『屍者会』とだけ書かれていた。

「屍者……ししゃ……死んだ人間ってこと?」


 晴之はハッとした。

 あの電車内で殺された母子が乗っていたのは、事件が起こって止まった路線のものだ。


 慌ててスマホで検索すると、すぐにニュースが飛び込んできた。

(■■線の車内で母子が男に刺され死亡)

(死亡した男の子の名前は海斗かいと……)

(母親は『カイト』って叫んでた……)


 検索を続けると、昨晩自宅のマンション内で殺害された一人暮らしの女性のニュースが目についた。

 24歳の女性が部屋に押し入った男性に刺殺されたらしい。

 ストーカー殺人の可能性があると記事には書かれていた。


 晴之は被害者の名前と顔を載せている記事を見た。

「やっぱり……!」

(隣に座っていた美人さんだ!!)


 他にも続々、夜の公園で撲殺された会社員のニュースなど、試写会で上映された映像と合致する事件が出てきた。

 すべてここ一週間くらいに起きた殺人事件だ。


(あの映像は全部、本当に殺された人の最期の状況ってこと?)

 足ががくがく震える。

「じゃ、じゃあ、俺も……?」


 晴之はハッとした。

(まだ俺は死んでいない!!)


 そして、明かりのついた映写室では自分以外、全員が消えていた。

(俺以外は死者だったから消えた……?)

(あれは死者の集まりだった?)

(だから、屍者会?)

(なんで俺だけ、生きているのに入れたんだ?)


 そう言えば、受付嬢が怪訝けげんな顔をしていた。

(あのチケットがあったから入れた……)

 チケットをくれた黒スーツの男性の言葉が蘇る。


――いいね、それ。

――僕もきみに、ささやかなお返しをするよ。


(ささやかなお返しがこの奇妙なチケット……)

(それって……)


 黒スーツの青年の手の冷たさを思い出し、晴之は寒気が走るのを感じた。

(あの人、何者なんだ?)


 スクリーンの中の自分と香里奈のやり取りは、とてもリアルだった。

(あれは――これから起きる現実?)

(そんな馬鹿な……。夢じゃないのか?)


 悪夢と思いたいが、手の中にはくしゃくしゃになったチケットがある。

 屍者会と書かれたチケットが――。

 晴之は待ち合わせ場所によろよろと向かった。


「晴之くん!!」

 モヤイ像の前に立っていた香里奈が、笑顔で手を振ってくる。

 黒のニットワンピースに、黒のロングブーツ――映像で見た通りの姿だ。

 

「お待たせ……」

 晴之は引きつった笑顔を浮かべた。


(嘘だ、嘘だ、そんなわけない)

(香里奈ちゃんが俺を殺そうとするなんて……)


 映像と同じように大人びた化粧をした香里奈が笑顔を浮かべる。

「晴之くんって映画が好きなんだよね。今から試写会に行かない?」

「……」


(さっきの映像と同じ台詞、同じ表情だ……)

(これは悪夢なのか現実なのか……)

(現実だとしたら、あの最悪な未来は避けられるのか、それとも――)


「関係者のみの特別試写会なんだ。せっかくだから晴之くんと行きたいなって思って」


 香里奈が手を伸ばしてくる。

 晴之は凍りついた表情で、その手を見つめた。


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屍者会 佐倉ロゼ @rosesakura

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