第3話:衝撃の映像

(な、なんで、俺の映像がスクリーンに流れているんだ?)


 スクリーンの中の晴之は、まさに今の自分と同じ真新しいグレーのジャケットにシンプルな黒のシャツ、グレーのスリムパンツを着用している。

(ショップ店員おすすめのコーディネイトだ……)


 うきうきとした足取りで、スクリーンの中の晴之が待ち合わせ場所に向かう。

 モヤイ像の前には香里奈が笑顔で立っていた。

 黒のニットワンピースに黒のブーツ姿の香里奈は、学校で見るよりぐっと大人びて見えた。


<晴之くん!>

 香里奈が手を振ってくる。


<お待たせ!>

 スクリーンの中でデレデレの笑顔を見せる自分を、晴之は呆然と眺めた。


<晴之くんって映画が好きなんだよね。試写会に行かない?>

<え?>

 香里奈からの突然の誘いに、戸惑う自分が映っている。


<関係者のみの特別試写会なんだ。せっかくだから晴之くんと行きたいなって思って>

<うわ、嬉しいな。ありがとう!>

 楽しそうな自分が香里奈に手を引かれながら渋谷の街を歩いていく。


(この道って……)

 先程歩いてきたばかりのルートが映し出され、晴之は息を呑んだ。

 予想通り、香里奈が自分を連れてきたのは、何の看板も出ていない廃墟のような小さな雑居ビルの前だった。

(この……今いる満月ビルだ)


<こんなところで試写会があるの?>

 不思議そうな自分を、香里奈が手を引いて階段を下りていく。

<そうなの! 地下室が映写室なんだ>

<へえ! すごいなあ>

<さあ、入って!>

 香里奈にうながされ、何の疑いもなく自分が映写室に入っていく。


(……っ!!)


 スクリーンに映さし出された映写室は、まるで廃墟のようだった。

 薄暗い室内には誰もいない。

 床にはゴミが散乱し、シートはあちこち破れてボロボロだ。


(今、俺がいる真新しい映写室とまるで様子が違う……)


スクリーンの中の晴之も、当惑したように室内を見回している。

<ここで試写会があるの……?>

 振り返った晴之を、香里奈が落ちていた棒で思い切り殴ってきた。


「っ!!」


 頭部を強打された自分が床に倒れ伏す。

(何だこれ……。何なんだ、この映像は!!)


 香里奈の手にはいつの間にか手袋がはめられていた。

 その顔には見たことのない冷ややかな表情が浮かんでいる。


<香里奈ちゃん……?>

 頭から血を流しながら自分が、香里奈を見上げる。


<ここはね、何年も前に潰れた映写室よ。オーナーが自殺したとかで、放置されていてね。若者の溜まり場になってたんだけど、ドラッグのやり過ぎか何かで人が死んでね。扉には鎖と錠前が付けられたの>


 香里奈が鍵を振って見せる。


<でも、手に入れたんだあ。ここの鍵。ほら、私って可愛いからさ。頼み事を聞いてくれる人が多いんだよね>

<な、なんでこんなこと……>

 香里奈がにこっと笑う。

<やっぱり知らなかったんだね。私も同じ大学の指定校推薦を狙ってたの>

<え……?>


(え……?)

 思わぬ言葉にスクリーンの中の自分と同様、晴之は凍りついた。


<校内推薦、きみに決まったんだってね>


 棒を持つ香里奈の手がぶるぶると震える。


<私がどんなに頑張ったか、あんた知らないでしょ!? あんな難関大学、一般入試じゃ絶対無理だもん。だから勉強だけじゃなくて、やりたくもない文化祭の実行委員とかボランティアとかやって……>


<そんな……>


<私の完璧な計画が台無しなんだよ、おませのせいで!!>


 香里奈が絶叫した。


<ねえ、知ってる? あの大学の学生って親が金持ちばっかりなんだよ! そこで将来有望な男を探すつもりだったのに!! 華やかなキャンパスライフを送るつもりだったのに!! 全部ダメになった!!>


 顔を歪め、口から唾を飛ばしながら叫ぶ香里奈の姿に、晴之は震え上がった。


<ゆ、譲るよ。きみに推薦枠を……>

<そんなのできるわけない!! 辞退の理由を聞かれるだろうし……>


 香里奈が冷ややかな眼差しをスクリーンの中の晴之に向ける。


<でも、晴之くんが行方不明になったらどうなんだろうね? 私が推薦枠に繰り上げられないかな?>


 香里奈の目がゆっくりつり上がっていく。


<ここは誰も来ない。相続の権利関係がややこしくてモメているから、誰も手が出せないんだって。最適でしょ。死体を捨てるのに>


<え……?>


(はあ?)

 晴之は呆然とスクリーンを見つめた。


(めちゃくちゃだ……)

(たかが大学の推薦のために、殺人のリスクを負うってこと?)

(犠牲と報酬が見合ってない……)

(殺人罪なんて、バレたら一生が終わるのに……)


 晴之は混乱しながら映像を見つめた。


(それなら一か八かで一般入試を受ければいいんじゃないのか?)

(他にも大学はあるし……)


 獣のように叫び、荒く息をつくスクリーンの中の香里奈は別人のようだった。


(理解できない)

(あんなに可愛くて人気者で成績だっていいのに)

(自分で自分の人生を滅茶苦茶にするなんて……)


<香里奈ちゃん、落ち着いて! 何かいい方法を考えよう! こんなことで人生を棒に振るなんてもったいないよ!>


<うるっさい!! てめえが邪魔なんだよ!!>


 必死の説得もむなしく、香里奈が棒を容赦なく振り下ろす。


<ぎゃああああああ!! 痛い、痛い!! やめてくれ!!>


 自分の悲鳴が試写室内に響き渡る。


 スクリーンの中の自分に幾度となく振り下ろされる棒と飛び散る血を、晴之はただ見つめるしかなかった。


 ふっと自分の好きな映画のラストが浮かんだ。


(死は突然、無慈悲にやってくる――)


 晴之が血だまりに倒れ伏し、動かなくなったのを見届けると、満足げに香里奈が去っていく。

 試写室の重い扉が香里奈の手によって閉められ、鎖が巻かれ、錠前がつけられた。


「な、なんだこれ……」

 戸惑う晴之を嘲笑あざわらうかのように、スクリーンに『ジ・エンド』の文字が浮かんだ。 

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