第2話:上映開始

(いよいよ映画が始まる……)

 晴之はわくわくしながらスクリーンを見つめた。


 薄暗い夜道を歩く一人の男性が映し出されている。

 年齢は四十代くらいだろうか。会社帰りらしくスーツを着ている。

 映像は荒く、素人が撮ったようだ。


「あっ……」

 人気のない公園にさしかかったとき、いきなり男性が数人に取り囲まれ、殴り倒された。

 目を覆いたくなるような凄まじい殴打が続き、地面に倒れた男性はとうとう動かなくなった。

 殴った男たちは男性のバッグを奪い、さっさと逃げていく。

 ぼろきれのようになった男性は動かない。


(なんだこれ……?)

 あまりに生々なまなましい映像に、晴之はぞっとした。


 晴之が好きなのは優しく切ないヒューマンドラマや、派手でスカッとするアクション映画だ。

(ホラー映画なのか? 苦手なんだけどな……)


 場面が切り替わり、今度は茶髪の若い女性が映った。

 家具がひしめき合う狭い室内で、女性がクッションに座って熱心にスマホを見ている。

 どうやらワンルームマンションのようだ。


(……なんだろ。ドキュメンタリー風の群像劇なのかな?)

(それとも次々と人が殺される連作ホラー?)


 スマホを見ていた女性が急に怯えた表情になり、クローゼットを開けて中に入った。

 狭いクローゼットの中でしゃがんだ女性は震えている。

 ガチャリとドアが開く音がし、どかどかと室内に踏み込む足音が響いた。

(誰か部屋に入ってきた?)


 いきなりクローゼットが開けられ、若い男が手を伸ばしてきた。

 女性の茶色の髪をつかんでクローゼットから引きずり出す。

(んん? やっぱりホラー映画なのか?)


<いやあああああ!!>

 悲鳴を上げる女性の顔が大写しになり、晴之はハッとした。

 くっきりしたその顔立ちに見覚えがあった。


(ええっ、隣の人じゃないか?)

 晴之はそっと隣の女性を見た。

 横顔しか見えないが、確かに彼女のように見える。


(えっ、女優さんなの?)

(確かに一般人としては美人すぎる……!)


 そのとき、晴之はひらめいた。

(看板もないビルでの少人数の試写会……もしかして)

 これはいわゆる一般向けではなく、映画関係者用の試写会ではないだろうか。

(……0号試写なのか?)

 0号試写とは完成したばかりの映画の本編を、主要キャストや関係者がチェックするための試写会だ。

 本編のみの上映なので、エンドロールやクレジットは付いてなかったりするらしい。


(道理でタイトルも配給会社のテロップもなしで、いきなり本編が始まったはずだ)

 晴之はドキドキしてきた。

 まるで自分が業界関係者になった気分だった。


(チケットをくれた男性もすごい美形だったもんなあ……)

(あの人も映画の関係者なのかもしれない。だからチケットを持っていたのかも!)


 狭い試写室が急に特別な場所になった。

 選ばれた人間にしか入室できない場所に今、自分はいる。

(こんな体験ができるなんて!)

(本当に、今日は特別な日になりそうだ!)


 だが、わくわくする胸の内とは裏腹に、スクリーンに映し出される映像は気が滅入るようなシーンの連続だった。

 無惨に死んでいく人たちの最期の場面が、延々と映し出されていく。

 どうやら、殺される人や場所はバラバラで、特に共通点はないようだ。


(……これは何か暗喩あんゆとか哲学的な意図があるんだろうか?)

(いろんな人たちの死にざまを、ただ映しているようにしか見えないけど……)

 晴之はだんだん観ているのがつらくなってきた。


(あ……)

 若い母親と小学生くらいの子どもが電車に乗っているシーンが映った。

(やだなあ……今度は幼い子どもが死ぬの?)


 突然、車内にいた若い男が包丁を取り出した。

 乗客たちは一斉にパニックになり、隣の車両へと逃げていく。


「あ……っ」

 母親と子どもが突き飛ばされ、転んでしまった。

(ああ……)

 男の包丁が母子に向けられる。


<やめてえええええ!! カイト!! カイトだけは!!>


 母親の必死の叫びもむなしく、子どもに刃が振り下ろされる。


<いやあああああ!!>


 晴之は見ていられず、目をそむけ、耳を塞いだ。

(なんだ、これ。ひどすぎる……)


 そのとき、晴之は一番前に座っている親子に気づいた。

 小学生の子どもを連れていたので目を引いたのだ。

(あっ、もしかして一番前に座っている親子連れじゃないのか?)

(では、親子揃って役者ってことか……)


 それにしても真に迫った演技だった。

(残虐なシーンばっかり続くなあ……)

(特にストーリー性もないし、まだ途中だけど、もういいや……)


 耐えきれなくなり、立ち上がりかけた晴之はハッとした。

「ん……!?」

今スクリーンに映っているのは、まぎれもなく自分だった。

「え、俺……?」


 

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