屍者会
佐倉ロゼ
第1話:試写会のチケット
頭上に広がる青空を見上げた
「絶好のデート
素晴らしい秋晴れの土曜日を迎え、晴之は
買ったばかりの服で全身を揃え、髪も美容院に行って整えてもらった。
(これなら
香里奈は高校の同級生で、学年一可愛いと言われている有名な美少女だ。
つやつやのストレートロングの髪をなびかせ、校内を歩く姿をいつも憧れの
そんな香里奈から、昨日デートに誘われた。
「前から晴之くんのこと気になっていて……。明日の土曜日、渋谷に行かない?」
デートに誘われた瞬間を思い出すたび、顔がにやけてしまう。
もちろん二つ返事で了承し、急いでデートに備えた。
(最高の出来事続きで信じられないなあ……)
先日、晴之は担任の教師に呼ばれ、難関大学の指定校推薦の校内選考に選ばれたと教えてもらった。
憧れの大学への入学がほぼ決まったも同然だ。
晴之は思わずガッツポーズを取った。
(三年間、無遅刻無欠席、勉強も生徒会活動も頑張った甲斐があった……)
それだけでも充分なのに、香里奈にデートに誘われた。
(まさしくこれまでの人生で最高の時だ!)
晴之は足取りも軽く最寄り駅に向かった。
(今日は絶対に遅刻したくない……)
晴之の使う路線は人身事故が多く、よく電車が止まる。
不測の事態を避けるため、晴之は早めに家を出たのだが――。
(早すぎた……)
15時に渋谷駅に降り立った晴之は呆然とした。
香里奈との待ち合わせは18時なので、あと3時間もある。
(いくらなんでも早すぎだろ……)
自分の慎重さを恨めしく思いながら、晴之は改札を出た。
晴之とすれ違うようにして、慌ただしく改札内に入る複数の警察官の姿が目に飛び込んでくる。
「えっ、えっ、何?」
警察官たちの殺気だった気配に、周囲も騒然としている。
慌ててスマホをチェックすると、どうやら電車内で事件が起きたらしい。
(うわ、電車が止まってる!)
(やっぱり早めに来てよかったんだ……)
下手をしたら、何時間も車内に閉じ込められていたかもしれない。
(
(でも、どうやって時間を潰そう?)
「映画でも見るかなあ……」
晴之は映画が好きで、月に一回は劇場で映画を観る。
(でも、今日は香里奈ちゃんに
自分の
(映画は我慢して、ツタヤでも冷やかすかな……)
(それともIKEAかロフトに行って、ウィンドウショッピングとか……)
悩みながら、晴之は駅の外に出た。
土曜日の渋谷は人が多い。快晴ともあって尚更だ。
人にぶつからないよう注意しながら歩いていると、前方から来る一人の男性に目がいった。
黒いスーツを着た、すらりとした長身の青年だ。
(かっこいいな……モデルかな?)
だが、スーツだけでなく、ネクタイまで黒いのが引っかかった。
(もしかして喪服?)
(でもそれにしちゃ、華やかな雰囲気がある……)
突然、黒スーツの青年がくらりと体勢を崩した。
「えっ!?」
そして、青年はそのままビルの前でうずくまってしまった。
「大丈夫ですか!?」
思わず駆け寄って声をかけると、青年がゆるゆると顔を上げた。
その顔は血の気が引いて蒼白だった。
「具合が悪いんですか? 何か
「いや、貧血だと思う。しばらく食事をとってなくて……」
力なくつぶやく青年に、晴之は一瞬で心を決めた。
「ちょっと待っててくださいね!」
晴之は近くのコンビニに飛び込むと、おにぎりとお茶のペットボトルを買って青年の元へと戻った。
「これ、食べてください。本当はお粥の方がいいかもですが……」
青年が驚いたように晴之を見上げる。
(うわ……本当に美形だな……)
作り物のような青年の美しい顔に、晴之はドキドキした。
「ありがとう……」
ビニール袋を手渡すと、青年の手は驚くほど冷たかった。
「きみは優しい子だね……。いくらだった? 代金を払うよ……」
「いえ、いいです」
節約しようと決めたばかりだが、人助けであれば話は別だ。
「きみは高校生? 学生さんに奢ってもらうわけにはいかないよ」
「ほんと、いいんです」
「よくないよ。ちゃんと払うよ」
「……俺には好きな映画があるんです」
唐突な話題の転換に、青年がきょとんとした顔になる。
「その映画は『誰かに親切にしてもらったら、別の人に親切を返す』っていう善行のバトンがテーマなんです」
「へえ……。善意が
青年の顔に少し皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
なまじ美形なだけに、妙な迫力があった。
晴之は軽く息を吸い、口を開いた。
「……この世はクソ」
晴之から飛び出した汚い言葉に、青年が驚いたように目を見開いた。
「そういう世界を変えたいと願い、実行に移した少年が主人公の映画です。俺は彼のアイディアを
青年はようやく
「なるほど。それできみは見ず知らずの僕を助けた、ってことか」
ふっと青年の表情がやわらいだ。
「いいね、それ」
青年はあっという間におにぎりを平らげ、ペットボトルのお茶を飲み干した。
「僕もきみに、ささやかなお返しをするよ。これ、あげる」
青年がスーツの胸ポケットからチケットを取り出す。
そこには『ししゃかい』と
「ししゃかい……? 映画の試写会ですか?」
「うん。もうすぐ始まるから、時間があったらぜひ」
「あ、あの……」
「いらなかったら捨てて。じゃあ」
黒スーツの青年はさっと手を挙げると、あっという間に人混みの中へと消えた。
晴之は渡されたチケットを、どうしたものかと見つめた。
「試写会かあ……何の映画だろう?」
チケットにはまったく説明が書かれていない。
場所のみが記されているだけだ。
「満月ビル、地下一階かあ……」
地図を見ると、駅から徒歩10分くらいの場所のようだ。
映画ならば、おそらく2時間くらいだろう。
(時間を潰すのにちょうどいいかもしれない……)
(つまらない映画なら、途中で席を立ってもいいし)
何より、映画好きとしてはどんな映画なのか気になった。
(たぶん、単館系のマイナーな映画か自主制作系だろうな……)
「せっかくだし、行ってみるか」
地図を見ながら路地裏に入ると、どんどん人がいなくなってきた。
晴之は地図を頼りに、狭い雑居ビルの前に立った。
「ここ……だよな?」
特に看板も置かれていないが、確かに『満月ビル』との表示がある。
地下へと続く階段を下りていくと、受付らしきテーブルが見えた。
黒いスーツ姿の若い女性が、テーブルの奥に座っている。
おそらく受付嬢だろう。
受付嬢は晴之を見ると、少し驚いたような表情になった。
「チケットをお持ちですか?」
「はい、これ……」
恐る恐るチケットを差し出すと、彼女は小さく頷いた。
「どうぞ、間もなく上映が始まります」
味気のない灰色のドアは防音仕様なのか、ずっしりとした重みがあった。
晴之が室内に入ると、中はもう人でいっぱいだった。
30席ほどしかなく、ミニシアターどころか試写室のようだ。
できたばかりのようで、真新しく清潔感がある。
(ええっと……)
空席を探すと、一番後ろの右端が空いていた。
パイプ椅子ではなく、
室内をざっと見渡すと、年配の人がやや多い印象だっった。
だが、20代くらいの若者の姿や小学生の親子連れもいる。
男女比は半々くらいで、客層もバラバラだ。
(いったい、どういう層向けの映画なんだろ)
事前情報が一切ないので、映画の内容が想像もつかない。
「あっ、すいません」
身を乗り出した拍子に肘が隣の人に当たってしまい、晴之は慌てて謝った。
「いいえ」
「……っ!」
こちらに顔を向けてきた隣の女性は、ハッとするほどの美人だった。
茶色に染めたセミロングの髪、くっきりした目鼻立ち――年齢は20代半ばだろうか。
(うわあ……芸能人みたいだな)
隣の人がすごい美人とわかり、晴之は途端にドキドキしてきた。
(いや、俺には香里奈ちゃんがいるけども!)
「それでは、上映を始めます」
受付嬢らしきアナウンスと同時に照明が落ちた。
室内は真っ暗になり、スクリーンに映像が映し出された。
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