第2話 黄金の髪の〈ネフィリム〉
「エセルナ ロカ リュシナート 大地母神アスメルダの名のもとに 徒人(かちびと)たちに祝福あれ! ラキシス(祝福)‼」
アポルの祈りに天が応えた。
ブナの木々の隙間から一条の木漏れ日が伸び、それはあたたかな風をともなって広がり四人を包んだ。
「アスメルダ神の加護か? これはありがたい!」
「スゴイ! セージの白魔法!?」
「あなた、セージだったのね!?」
三人の感嘆の声を浴びて、アポルは湧いてくる複雑な感情と胸の高鳴りをどうにか押し殺し、申し訳なさそうな笑顔を浮かべてわずかにうなずいた。
セージ(法師)とは、その名の通り『法を説く師』のことで、賢者・聖人の呼び名である。『聖人』などと呼ばれる人はそうザラにいるものではない。つまり、アポルは『スゴイ人』だと勘違いされたことに喜びを隠しきれない、といったたたずまいなのだ。
と言うのも。アポルは修行の途中で逃げ出したので正式のセージ(法師)ではなかった。足抜けをしたのだ。腑抜けと知人から笑われた身の上だった。無論、他の三人はそんな裏事情など知る由もない。それがセージと呼ばれていい気になった。
かりそめの一人前が悦に入り浸っている間隙を突いて手痛いしっぺ返しが来た。コボルド中隊のしんがりから、声ともつかない奇妙な言霊が不気味にこだましたのだ。
「ヴァナ ヒィー ベルゲン 出デヨ 炎ノ矢! ギルツ(火弾)‼」
「——火の矢の魔法⁉——盾で防いで――っ‼」
エルフの警告は的確だった! コボルドの群れの後ろから撃ち上がった火の玉は放物線を描き、ひゅるひゅるとアポルたちの目の前に飛んできた。——かと思うと同時に火花を散らして破裂した。
ドォンッ‼
エルフの声に反応した、三枚の盾が防がなければ死人が出ていた。そんな衝撃だった。
ドワーフは小柄さが仇となって宙に浮いた。浮いたままでんぐり返しをしてズデンと大股を開き頭から落ちた。アポルは盛大に尻もちをついた。女騎士は背中から倒れてドサッ……と、聞こえるかと思ったが、背中に背負ったバックパックからは「グシャン」と、聞きなれない、何かが割れるような音がして、まあ、無傷っぽかった。
……しかし女騎士の様子がおかしい。爆発の衝撃で鉄仮面の面頬(めんぽお)がずれ上がって細い首筋が見えていた。何も見えない状態のはずだ。その状態のまま、無言で肩紐をはずしてバックパックを地べたに下ろし、すっくと立ち上がるとワナワナと震えだした。
「——アックスビークのオムレツを楽しみにしてたのにぃいいいい‼」
ズレ仮面の女が奇妙は事を口走った。まったく状況が呑み込めなかった。
「レドゥ アヴィ アード 出でよ闇の翼 ルドラ(夜翼)‼」
女騎士は鉄仮面を投げ捨てると、背中から呪法の黒翼を生やしてコボルドの群れの上空へと舞い上がった。
その顔を見たアポルたちも、コボルドの人攫いらも一様に驚愕の声を上げた。
「ネフィリム(悪魔人)だ――っ!!」
アポルは何が起こったか分からずしばし呆然とした。
褐色の筋骨隆々だと思っていた女騎士の素顔は透けるような白い肌だった。細くたおやかな首筋だった。怒りに紅潮した恐ろしいほどの美顔だった。そしてなにより目を引いたのは、額から3インチ(約8cm)ほどの、暗灰色の角が2本生えていたことだった。
「ネフィリム ハ 呪術ヲ使ウゾ⁉ 撃テ‼ 撃チ落トセーッ‼」
しんがりの魔術師コボルドの声をきっかけに、スリング(投石器)による石つぶての雨が放物線を描いて降り注ぐ。
冒険者たちはアポルとドワーフの盾の傘に急ぎ隠れた。
「邪悪なコボルドめ! オムレツの恨みを思い知るがいいわ‼」
空にいるネフィリムの女騎士は、本来の目的とはかけ離れた恨み言をぶちまけると、石弾の雨を委細かまわず、敵陣の中央近くまで一気に舞い降りた。石弾の多くはプレートメイルにはじかれたが、一発だけ額に当たり血しぶきが飛んだ。それが余計にネフィリムの怒りに火を点けた。
「エグ リゴリ エゴ ラゴン 闇の契約に基づき 血の聖餐杯より這い出でよ! ジグラ(蝕腕)‼」
ネフィリムが呪文を唱えると、彼女を中心に地の底から真っ黒い触手がいくつも湧いて出た。
「ギャアアアアア‼」
コボルドたちの叫喚と地軸の鳴動が交錯する。
影の塊のような触手は群れを成して、地面を揺り動かしながら主の命ずる『敵』を探して激しく打ち据えていく。
悲鳴を上げながらコボルドたちは恐怖と痛みにのたうち回った。
「オノレー! ワシハ ヤーガモット ノ 八魔道士ガ一人! コボルドメイジ ノ ボコロン様 ナルゾ‼ ミナゴロシ ニ シテクレル‼」
「——コボルドメイジっ! コボルドの魔法とエルフの魔法、どっちの威力が強いか勝負と行きましょう‼」
敵陣の最後尾にいるコボルドメイジの怒声に、エルフが挑発で返した。
「ギャハハハハハ! ワシニ 術比ベ ヲ 挑ム無謀 死シテ 後悔スルガヨイワ クソエルフ メ‼ アーラム カーラム……」
「ライム ライム リ ミュエール 月の影より来れ まどろみの精 夢見るものみな安らぎの地へと誘え レムト(誘眠)‼」
コボルドメイジの言葉はエルフの詠唱で聞こえなくなってしまったが、ほぼ同時に呪文は発動したようにアポルには思え、破壊魔法に身構えた。
―—が、その必要はなかった。
コボルドが作った魔法の弾丸はあさっての方向へと飛んで行ったのだ。
「……フガッ⁉ ……バカナ……ワシハ …モット… ヤリタイ魔法ガ……アッタノニ……」
敵の首領と思われるコボルドメイジは、周りにいた彼の護衛達と共にエルフの魔法で眠ってしまった。
「催眠魔法と違い、射撃魔法には狙いをつけるというタイムラグがある。術比べの挑発にまんまと乗ってくれてありがとう」
エルフとネフィリムの呪文により、戦いの趨勢はおおかた決した。
〔ナイト&ドラゴンズ〕 神の正体を暴け‼ 聖とんび @Tonbi_Hijiri
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