〔ナイト&ドラゴンズ〕 神の正体を暴け‼
聖とんび
第1話 仲間との出会い
◇◇◇
「——太陽神アルス=ラータのお導きだ!」
アポルは走りながらそう叫んだ。モラグ・ウンゴリの大森林を抜けるとエルゲンナーチャの都がある。テセロの村でそう聞いたアポルはオーカイン川の下流へとただひたすらに歩いてきた。
そこに神の導きがあったのだ。
「キャアアアアア‼ 助けて‼ 誰かあああ‼」
最初は風音か、もしくは盛りのついたシュリーカーかとも思ったが、まごうことない女の悲鳴だった。
『……お姫様とかだったらいいな』
両の足で土煙を蹴りたてながらアポルは不謹慎に思った。
聖人グレイル・ビアード(雲の髭)を老師と呼びならわし、師事したのは良いものの、ソーマタージ(法術)の習得に40年もかかるとは思わなかったのだ。アポルにエルフの血が混じっていたから良いものの、純粋の人間だったならとうの昔に土の中でミミズやオケラの仲間入りだ。
「……成りあがって、あのクソジジイを見返してやるんだ……‼」
森を抜けると川橋が見え、その先に荷駄車を引く黒ヤギが二頭と、木組みの寝台の上に鎖でつながれ、悲鳴を所せましと響かせている、オレンジの長衣を着た町娘らしき姿が遠目に見えた―—『……町娘か』と、アポルは少しがっかりした――。そしてその寝台は宙に浮いているかのように左右に不規則に揺れていた。
が、それは思い違いだとアポルはすぐに気づいた。浮遊する寝台の影が幾つもに分裂し、寝台と虜囚の女を地べたに置き捨て、ギャアギャアとこちらに警戒の鳴き声を上げたからだ。
コボルドだ!
コボルドがこんな夕暮れ時に人里に現れるのは珍しかった。
コボルドは、身長3フィート(約0.9m)ほどしかない魔物で、全身ウロコに覆われた人型の爬虫類である。その小柄さと鼻づらから犬のような見た目だと吹聴されることもあるが、よく見ればトカゲ人間のそれと分かる。人間の高名な絵描き、スエミーがコボルドを犬の見た目で描いたことで、コボルド=犬人間だという認識が広まったとも言われているが真偽のほどは定かじゃない。
兎にも角にも、コボルドは人間を食う。人間より貧弱な体躯のコボルドだ。策なり罠なりで人間の娘を生け捕りにして、豪華なディナーにしゃれこもうとしたのだろうが、アポルも路銀が尽きかけすこぶる飢えていた。やっと巡ってきた小金と小さな名声を得られる機会を逃す手は考えられなかった。
が――あと300フィート(90m)というところで、アポルは走るのをやめた。つんのめるように止まった。娘を助けるのをやめようと思ったからだ。コボルドの数が想定の3倍。合わせて15匹ほどもいた。もはや群れと言っていい。
『……勝てるわけがない……ごめんよ』
と、きびすを返してすぐ、また気が変わり再びきびすを巡らせた。結果、クルクルとバレリーナのように1回転半する運びとなった。とても滑稽である。
後ろを向いたことで、自分と同じような、娘の悲鳴を聞いた救援が集まろうとしていたことにようやく気づいたからだ。
走り来たのはアポルの他に3人。全員バックパックや武器防具を備えており、いわゆる冒険者の風体をした者たちが森のあちらこちらからアポルの目の前に、川橋への道すがらに現れた。
冒険者とは、この世界、ラグナガルドの地底に広がる、暗黒地下世界アンダーホロウからあふれ出る『影』の討伐を目的に、または単純に、知見や武勇を高めんとするため諸国遍歴の旅をする稀有な者たちの総称である。
「何をクルクル回っとる? おぬしは自分の尻尾を追う犬か⁉ ガハハハハッ‼」
最初に現れたのはトビ色の髪と髭をはためかすドワーフ・レンジャーだった。身長は4.5フィート(約135cm)ほど。獅子の顔を装飾したヘンテコな大盾と、酒樽を模した大槌を手に、背中にはまたもや酒樽を模した荷物入れ……らしき物を背負っていた。『どれだけ酒好きなんだ?』と、アポルは一瞬考えたが、すぐに考えるのをやめた。ドワーフは元来、陽気で短絡的で働き者だ。ゆえに『面白いヤツら』なのだ。また、本人が好きでやってることを他人が推しはかっても無意味だとも思った。
アポルはドワーフの陽気さが大好きだった。だからでもないが、『自分の尻尾を他の犬の尻尾と間違って回り続ける犬』にたとえられたのは――多分に子馬鹿にされたのだろうが、アポルはドワーフの気質を見知っていたので別段波風なく終わった。
「こんにちわ! あのヤギ食べれそうかな?」
『……食べる気なんだ…』
二番目に現れたのは食欲旺盛な女騎士だった。紫紺に輝く美しいプレートメイル(甲冑)をまとい、アーメット(鉄仮面)を被り、白金で装飾された剣と盾で完全武装をしていた。無論、正規の騎士ではなく傭兵騎士のたぐいだと思われる。顔は一切見えないが、大男であるアポルと同じような金属鎧を平然と着こなし、魔物への危惧より食い気を先走らせているのを見るに、鉄仮面の中身はよほど筋骨隆々の男勝りだろう、と、アポルは思った。
「はあ、はあ……ハーフエルフだ⁉ めずらしい」
それはこっちのセリフである。最後に息せき切ってやって来たのは、なんと、あかね色の髪をなびかせるハイエルフだった。歳のほどはアポル同様若く――アポルは20代の見た目だが、それよりさらに若く見える。彼女はファーの付いたレザーアーマーを着て、木製のワンドを杖代わりにしていた。
ハイエルフは、エルデ・ダール(天に輝く星の君)とも呼ばれ、人知が及びえない神話の時代から生きる「永遠の民」だといわれる。その端正な顔と体躯からは麗しき妖精郷の風趣を、超然とした空気をかもしていた。
ちなみに3人の問いのすべてにアポルは低頭したりモジモジしたりして返した。……いや、正しくは返答たりえない赤面の苦笑いだけで乗り切った。ということだ。クルクル回っていたのが存外に恥ずかしかったからである。
「アギャギャアギャアギャアッ‼」
堰を切ったように、短剣や短槍で武装したコボルドたちが、奇声を上げながら川橋を駆け下りてくる。錆びついた刃物の群れが夕日に照り映えてより赤く不気味にきらめく。
コボルドは本来臆病な魔物だが、町娘の救援はたったの4人。15対4という圧倒的人数差に勝ち目をおぼえたのは自明であろう。
「食欲の我慢がならんのはそこの騎士さんだけじゃあないようじゃの」
「うん。お腹すいた! フフッ。じゃあ、あたしが先陣を切りますわ。彼女を助けましょう」
と、ロングソードを構え、女騎士が飛び出そうとするのをアポルが制した。
「ちょっと待って下さい! 祝福の魔法をかけます」
「魔法……?」
アポルは胸にかけた太陽の聖印を手に取り、天にかざした。
「エセルナ ロカ リュシナート 大地母神アスメルダの名のもとに 徒人(かちびと)たちに祝福あれ! ラキシス(祝福)‼」
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