第六話 SDJO養成所
円椛は真っ白な世界にいた。中央で様々な色で淡く光る葉をつけた大木が、風もないのにざわざわと葉を揺らしている。不思議な世界に、円椛は自分が夢の中であり、ここが自分の精神世界であることを理解した。
大木の麓に、真っ白な人影がうずくまっているのが見える。それは自分とまったく同じ姿をした、だが、あまりにも色彩がなく、真っ白なEvaだった。Evaが円椛に気が付き、振り返る。
「驕翫⊂縺!」
円椛に気が付いたEvaは、ぱっと表情を輝かせて円椛に駆け寄ってくる。自分とまったく同じ顔が、まるで小さな子供のような表情を浮かべることに違和感を覚えつつ、円椛はやはり、Evaは兵器と呼ばれるにはあまりにも無邪気すぎると感じていた。いったい誰がこの可愛らしい、不思議な存在を兵器だと思うのだろう。
「……あなたは、何者なの? どうして私を選んだの?」
円椛の言葉の意味を理解していないのか、Evaは不思議そうに首を傾げるだけだ。そして、遊んでくれというように円椛に両手を差し出してきた。
少しためらい、円椛がその手を取ると、Evaは嬉しそうに円椛の手を握ってくるくると回り始めた。自分と手を繋いで遊んでいるという不思議な状態に、これが本当に現実なのかわからなくなってくる。
「讌ス縺励>」
「ちょ、ちょっと待って。いったん止まって……!」
Evaはやめる気配がなく、円椛は半ば強引に動きを止めた。Evaが理解できないというように首を傾げる。
「あなたはなんで私の姿をしているの? bodyが無いから? どうやったらあなたと意思疎通ができるの?」
「縺ゥ縺?@縺ヲ驕翫s縺ァ縺上l縺ェ縺???」
円椛の言葉を全く理解していない様子に、円椛が小さくため息をつく。なにをいっても無駄だと理解して、円椛はEvaの真っ白な瞳を見つめた。
「私は円椛。玄霧円椛。わかる?」
「遘ま√?ど霄ォか菴」
言葉の中で、Evaが確かに「まどか」と言ったことがわかり、円椛が驚く。意思疎通が取れるのか、取れないのかよくわからない。小さい子供に言葉を教えているような感覚だ。
「円椛。私の名前。わかる?」
「蜷な榊まえ燕遘ま√?ど霄ォか菴」
Evaが確かめるように言葉を繰り返す。しばらくするとEvaは、ぱっと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
「なまえ、まどか」
◇
扉をノックする音で円椛が目を覚ました。見慣れない天井に、しばらく状況を理解できず呆然とする。身体を起こし、見慣れない部屋を見渡した。引っ越したばかりの部屋らしく、そこら中に段ボールが転がり、背の低いテーブルとベッドなど最低限の家具しかない、ワンルーム。
しばらく部屋を見回し、円椛は自分が置かれている状況を理解する。
SDJOに連れてこられてから二日が経った。祖母の薫子に自分から状況を説明する時間を与えてもらったが、薫子がどこまで状況を理解してくれたかはわからない。ただ、薫子は「円椛ちゃんが決めたことだもの」と、特に反発することもなく、SDJOが用意した施設に入ってくれた。
SDJO養成所は寮制のため、もともと祖母と住んでいた家から引っ越し、準備されていた寮の部屋に入ったのだが、二日間で目まぐるしく自分の周りの環境が変わったことで頭が付いていっていないようだ。まだ散乱した引っ越し荷物が、整理がついていないことを物語っている。
「円椛ちゃ~ん? 起きてる~?」
聞こえて来た声にはっと我に返り、円椛はベッドから降りた。慌てていたため、パジャマのパーカーとジャージのズボンを身に着けたまま、部屋の扉を開けた。
「あ、おはよ~」
部屋の前に立っていたのは十彩と眞音だった。二人は二日前と同様に制服を着ており、円椛はなんとなく、その制服がSDJO養成所の制服なのだと理解する。
「えっとねぇ、とりあえず円椛ちゃんは今日から正式にSDJO養成所の一年生の仲間入りだから、制服を届けに来たんだよぉ」
十彩が円椛に紙袋を手渡す。中を覗いてみると、二人が着ているものと同じ制服が入っていた。
「一応、ティラノ先生に『円椛に似合いそうなやつ選んであげて~』って言われて選んだけど……嫌だったら言って」
十彩は変わらず明るいのに対して、眞音は少し不機嫌なように思える。
「あ、気にしないでねぇ。眞音、朝に弱いだけだから、不機嫌なわけじゃないよぉ」
「……ごめん」
そう言われてみると、眞音は酷く眠そうな目をしている。不機嫌なわけではなさそうな眞音に安堵しつつ、円椛は二人に「ちょっと、待ってて」と言うと部屋の扉を閉めて着替え始めた。
二人が選んでくれたという制服は、二人が着ている物と同じく、グレーのブレザーと白いシャツだった。ブレザーの襟は白とグレー、黒のチェック模様で、プリーツスカートも同じ模様。白いブラウスと綺麗な青色のネクタイに、校章も入っていた。
そういえば、十彩と眞音もつけていたような気がするが、十彩はブレザー自体を着ていなかった。二人とも規定外のものを着ていたように見えたし、ネクタイもつけていなかったが、校則が緩いのだろうか。
「わあ~! 似合ってるねぇ」
「うん。似合ってる」
「あ、ありがと」
円椛が制服を着て部屋を出ると、十彩と眞音が褒めてくれた。少し照れくさい気分になりながら、円椛は「着替えたのはいいけど、これからどうしたらいいの?」と二人に問いかける。
「ここ、SDJO養成所内の案内をするように言われてる。ついてきて」
円椛が着替えている間に目が覚めたのか、眞音の声色が優しげなものに変わっている。言われた通りに、円椛は二人についていった。
「SDJO養成所は六階建てで、本棟と寮のある別棟に分かれてる。ここは別棟。別棟は四階建てで、本棟と別棟の一階に連絡通路があるよ。一階が教員と生徒共同の食堂。二階が女子寮で三階が男子寮。四階が自習室兼トレーニングルームとシャワー室」
眞音が淡々と説明しながら別棟内を案内してくれる。どの階も設備が整っており、まだ年数がそこまで経っていないのか綺麗だった。
「異性の階にいくのは基本的に禁止されてないよぉ。まあ、生徒数少ないからねぇ」
「何人なの?」
「一年が僕たち三人で全員。二年生と三年生は二人ずつ。全学年合わせて七人だよぉ」
「え、少な……」
「それでも今年はSDJO建立以来、支部も本部も最高人数だって聞いたよ」
「ティラノ先生が頑張ったとかなんとか……あんななりだけど、実はすごい人なんだよぉ」
「そう……なんだ」
あの間抜け面のピンク色のティラノサウルスの着ぐるみが先生であることも驚きだが、二人の口ぶりからしてまあまあな権力を持っている人物らしい。
「本棟は授業内で案内する方がわかりやすいと思うから、とりあえず別棟内だけ覚えてて。俺たちの生活圏内だから。就寝時間とかは特にないけど、食堂は夜の九時には閉まるから気を付けてね。朝は……基本、僕たちが起こしに行くと思う」
「え? 授業時間とか決まってないの?」
「決まってないねぇ。なぜなら教師がティラノ先生しかいないし、生徒も実習訓練に駆り出されるし」
「そんなルーズな……じゃあ、今日は授業?」
「今日は、ティラノ先生からの呼び出し」
「本棟一階。教員室に集合だってさ」
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