第17話 出航
朝になって暢子がいないとみんな大騒ぎして捜し初めた。確かずっと一緒にいたと理子が言ったから、余計に心配して、理子がいなくなるショックでどうかしたんじゃないかって誰かが言い始め、また騒ぎが大きくなった。
「おい、何か騒がしくない?」
「え?私を探してる?」
暢子と河合は変?に誤解されるのも何だし、だからってまぬけに此処にいます。と言うのも子供のかくれんぼじゃないんだから間が悪いし、しかし、このままほっとけなくて…
さんざん悩んだ挙げ句、二人はとうとう観念して、ごめんなさいって部屋から出た。
みんな顔面蒼白。幸太夫は、
「ああ、そういうこともあるわな」
とニヤニヤしている。つい眠ってしまったと一応、いい訳じみたことを言ってみたけれど……誰も信じてはくれなかった。
朝から暢子と河合は真っ赤な顔して、美緒の入れてくれたコーヒーと昨日の残りのサンドイッチを食べながら、かわるがわるみんなに説教された。
「河合の所に行くなら行くでちゃんと言って行きなよ」
「そうですよ。こんなに大騒ぎしなくても良かったのに。僕なんかてっきり、理子先輩が居なくなるのがショックでどうかしたんじゃ無いかと思いましたよ」
「私はただ、クリスマスプレゼント渡し忘れたから持っていって、つい寝ちゃったんだってば」
「そんな言い訳しなくてもいいすよ。恋人同士なんだし」
「恋人って誰がよ」
「えーやだ。河合先輩と暢子さん。そりゃあそうでしょ」
「でも、よく考えたら、私、河合のとこ行くからって言ってく馬鹿いないよ」
「そうだよね。それもそうだ」
「何で河合がニタニタするのよ」
「もう諦めろって、なに言っても駄目。今日のところは魚になるしかないって」
「あ、流石河合。私も安心して暢子おいていけるよ。後はよろしくね」
みんなから謂れの無い中傷を受けているのに河合はヘラヘラ嬉しそうにしていて信じられない余裕を見せ、
「キスくらいすれば良かったな。どうせここまで言われるならな」
と笑っていた。こいつの対人苦手性はかなり治っているなと暢子は思った。
この頃、河合のいない食卓は考えられなかったし、適当におもしろい話もしていた。幸太夫とも安朗とも仲良くて、河合は凄いなと思うことばっかりだった。
1月になって理子が北海道へ旅立った。それを見届けて、暢子と河合はその足で竹芝桟橋に向かった。
「じゃあ、暢子、身体に気をつけるのよ。河合、暢子のこと頼むね」
「ああ、」
「理子も無理しないでね。帰っておいでよ私たちのアパートへ」
「おい、嫁に行く娘に帰ってこいって言ってるみたいで縁起悪くないか?」
「え、そんなこと関係ないよ。でもそうかなあ……」
「いつまでも仲良くするんだよ。二人は私のふる里だからね」
「よく言うよ。泣くなよ、暢子」
「うん……」
「行くね……」
二人は理子を見送った。
入学して以来ずっと一緒だった理子は、まるで家族みたいに、暢子の中にしっかりと根を下ろしていた。
「行くか?」
「うん」
「俺が居て良かったな」
「うん」
「いいよなあ。暢子は正直で」
暢子と河合は竹島桟橋から船にのって小笠原を目指した。東京湾に滑り出してしばらく行った頃、振り替えると雪をかぶった富士山がはっきり見えた。
「河合。富士山が見えるよ」
「ひさしぶりだなあ。嬉しいな。ゆっくりできて」
「ちょっとまだ寒いよね」
初めての二人だけの旅行だというのに、河合はいつも通り全然普通で落ちついていたけど、暢子はソワソワドキドキしどうしだった。
「なに、どうかした?」
「ううん、ちょっとドキドキ」
「俺が一方的に行く先決めちゃったけど良かったか?」
「うん、何処でも良かったから。一緒に来れただけで嬉しい」
「そう?」
「うん」
初めての旅行という気負いは河合には無いみたいに、暢子の顔を見て静かに笑った。頬に当たる風が冷たい。
「河合が旅行好きだって知らなかったな。意外だな。いつも家にばかり閉じ篭もってるのかと思ってた」
「山歩きも好きだよ。ピアノ弾くのも、結構体力いるんだぞ。重労働だからな」
「なんかピンとこないね。河合は体格いいからそうかとは思うけど」
「イメージとかイマジネーション膨らませるためにも、自然の中にいるのは良いと思うよ。
音楽ってきっと風の音とか陽の光りとかに近いものあるだろう。元々自然の中にある音が原点だと思うんだ。
だからそういうのを感じてないと、俺は弾けなくなる。
あのアパートを見たとき此処だなって思った。回りの木や、木漏れ日や、木造の肌合いや、何もかもいいなあと思ったんだ。芦田も良いところだって言ってたよ」
「音楽家はデリケートなんだね」
「なんだよ。音楽家って。お前だってそうだろ。きっと窓越しに差し込む光とか無かったら、彫刻なんて出来ないって。無機質なものに囲まれて、芸術は生み出せないね。僕はそう思うよ」
河合はあちこち指さしながら周りの景色を説明していた。説明してくれる指先の向こうの飛行機を見ながら、暢子は又胸が熱くなった。
「ねえ、河合、理子が言っていたね。私達二人は故郷だって……河合の恥ずかしがり性もかなり良くなったし、この分なら、みんなの故郷になれるかもね」
「まあ、俺はどうでも暢子さんしっかりしてるから、だれの故郷もOKでしょう」
「またぁ」
河合から離れないように腕を腰に回した。何があっても変わらない河合の優しい笑顔は、ずっとこれから先も、二人が年をとっても変わらずに笑ってくれると、暢子はそう思った。
END
暢子 @wakumo
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