オルサ・オーガスタは終末を犬と歩く
雉子鳥 幸太郎
オルサ・オーガスタは終末を犬と歩く
少女の視線の先には、薄汚れた標識が見えた。
〈sarch key:title="shinjuku-street"/〉
思考に反応し、視界の隅に映像が映し出される。
BCIP(Brain-computer Interface plug-in)を介しDEEP SORTから得た情報によれば、かつて、無数の人々がここを自由に行き交っていたという。資料映像を見ると、確かに美しい建造物は崩れておらず、道を多くの車が走っていた。
こんなにも大勢の人間が歩いているなんて、とても信じられない……。
そんな事がありえるのだろうか?
考えてみても、当時の記憶を持たぬ少女に理解できるはずもなかった。
ただ、少女は思った。目の前の景色は自分に真実を告げている。
崩れ落ちた瓦礫の海から、そのような色付いた世界は――見えない。
「行こう、
フードを目深に被り直した少女が踵を返すと、ENDAと呼ばれた真っ黒な大型犬の外見を持つ自律四足歩行型ドロイドがそれに反応し後を追った。
人類が創り出した
世界は朽ち、色が消え、粉塵と瓦礫だけが残った。
砂時計は反転する。
現代文明が築いたインフラは崩壊、広大な
個人単体で現代技術を再現することは、最早不可能。
残された物資が提供したものは、滅亡までのカウントダウンでしかなかった。
――世界に荒廃が実装された、いずれかの夜。
極東の地で最期を迎えた物理学者ミハイル・オーガスタは、人類の集合知ともいえる軍事衛星DEEP SORTと、一人娘のオルサを
願わくば、残された人々の元へ届くようにと――。
+ + +
「よっと……」
大きなコンクリートの塊に登って、辺りを見回した。
隣にはENDAが寄り添う。
「人影なし。次はSHIBUYAね……」
ひとり呟き、コンクリートから飛び降りた。
「ねぇENDA、本当に人がいると思う?」
『さぁ、いれば当分、俺の食料には困らない』
「はは、笑えないって」
そう言いながら、私はDEEP SORTから付近のエリアマップを展開した。
8時間前に撮影された付近の衛星写真が脳内に投影される。
半透明になっていて、視界を妨げることはない。
SHIBUYAまでのルートを確認し、再び歩き始めた。
どこまで歩いても灰色が続く。
突風に舞う砂に目を瞑った。都市部は特に多くて嫌になる。
『オルサ、お客さんだ』
そう告げると同時にENDAの背側面が開き、ガンマレーザー銃、FIRE STRIKEが取り出せるようになった。素早くF.Sを抜き取り、近くの岩陰に身を隠して
(ENDA、状況)
『範囲200㍍内に2体の
(了解)
すぐさま、DEEP SORTからTDIL(Tactical Digital Information Link)を起動する。
〈CODE ***********-*****-**********-*****〉
〈START PREPARATION COMPLETED〉
視界が灰色から黒に取って代わり、緑色のワイヤーフレームで世界が再構築された。
〈FULL ACTIVATE〉
〈HELLO MODE-TDIL GOD BLESS YOU…〉
ワイヤーフレーム上にENDA、そして2体のREM。
迷わず手前のREMに向けてF.Sを放つ。
光線はREMを貫き、巨大な節足昆虫のような身体が砕け散った。
ENDAが一際大きな瓦礫に駆け上り、上空から対人レーザーライフル
「さっすがENDA」
そう言って、廃車の屋根に飛び移りF.Sを構えた。
正面から私を認識したREMが土煙を上げ、凄まじいスピードで襲いかかってくる。
「たまには……他の男に会いたいわね」
そう呟いて、私は引き金を絞った――。
「ったく、人間はいないの……? こんないい女が、まだヤってないってのに。ほんと、虫姦するしかないのかも」
『やめろ、なんて下品な女なんだ』
「いいでしょ、どうせ誰もいないんだし」と、肩を竦めて見せる。
唯一の話し相手、ENDA。
真っ黒なグレイハウンドを外装モデルとした、この軍事用自律四足歩行型ドロイド(Abyss Walker-G4)が、この朽ち果てた世界で、私のたった一人のパートナー。
ある日、気付いた時から、私は
既に現実世界に父の姿は無く、突然脳内に再生されたメッセージ。
映像の父が語る言葉は、絶望を与えるに充分な内容だった。
謝るのなら、どうして私を一緒に連れて行ってくれなかったのだろう。
娘の身体を遺伝子編集(CRISPR-Cas27)し、ご丁寧にPlug-inまで埋め込んだ挙げ句、こんな世界で生存者を探す必要が本当にあるのだろうか?
唯一、父に感謝をしたのは、ENDAを置いていってくれたことだけ。
もし、生きていたら……。
迷わずENDAに
――Fuck! Fuck! Fuck!!!!
私は思いっきり石を蹴り飛した。
『どうした?』
「別に。ちょっと嫌なことを思い出しただけ」
『やれやれ、人間ってやつは
「余計なお世話よ」
しばらく進むと、大きな交差点に出た。
「へぇ~、ここに立体交差路が通っていたのね」
道路の中央を歩きながら、過去の風景と現在を見比べる。
「凄い、嘘みたい。車って……こんなに多かったんだ」
『オルサ! 隠れろ!』
「わかってる!」
咄嗟に瓦礫の陰に滑り込む。ENDAの索敵センサーに反応があった。
REM? いや……。
「人?」
遠くから声が聞こえる。
「おーい! おれたちに闘う意志はない! おーい!」
人間……。
瓦礫から顔を少し覗いて「いまからそちらに出る! いいわねー!」と答える。
向こうの人間が手を振った。
ゆっくりと、両手をあげて広い道路の中央へ進み出る。
「ENDA、隠れてて」
『了解、
かつての交差点の中心で待つと、ひとりの男が近づいてきた。
洗いたてのシャツにチノパン、光沢のある革靴。
「驚いたな……。君は何処から来たんだ?」
面食らった顔で大袈裟に手を広げた。
手には銃を持っている。
へぇ、なかなか良い顔をしている。
私は男の目を見据えながら「手を降ろしても?」と尋ねた。
「ああ、すまない。降ろしてくれ」
男は優しく微笑みを浮かべ、汚れひとつない右手を差し出す。
「俺はジュン。君は?」
「よろしく、ジュン……そうね、私は、オルサ・オーガスタ。オルサでいいわよ?」
そう言い終える前に、男の眉間をF.Sで撃ち抜いた。
眉間に開いた穴から、僅かな煙とエメラルドグリーンの液体が流れ出る。
「EEENDAAA!!」
叫ぶと同時に、岩陰に隠れていたエンダが飛び出す。
『10時、15時方向から二体、400㍍後方、瓦礫の奥に三体』
(チッ! 援護を!)
すぐにその場を離れ、走った。
笑顔でこちらに駆けてくる、人のようで人ならぬ者。
――
人類が長い時をかけ創造した彼らは、お礼に
「おーい! 大丈夫ですかー!」
大声を上げながら、ソキエスが恐ろしい速さで迫ってくる。
その動きは人間の限界を超えていた。
私はF.Sを構えたまま、脳内に展開されるワイヤーフレームでソキエスの位置を確認しながら、岩に背をつけて待つ。
「やぁ! こんにちわ!」
息切れ一つない声。
「怪しいものじゃないよ? お友達になりませんか?」
岩の向こうから、耳障りの良い声が聞こえる。
その瞬間、一気に地面を転がり出たと同時にソキエスを撃った。
顔の半分が吹き飛び、液体と肉片が弾け飛ぶ。
地面に横たわるソキエスの傍に寄り、目深に被っていた黒いパーカーのフードを上げて「ごめんなさいね。いま欲しいのは……、彼氏なの」と肩を竦めた。
そのまま、右前方より迫るソキエスに向け、F.Sをぶっ放す。
が、ソキエスはけたたましい笑い声を上げながら、四つん這いになって躱した。
迫る速度は変わらない。
「……ENDA!」
『目標捕捉、対象を駆除する』
颯爽と飛び出したエンダが、地を這うソキエスに飛び乗り頭部を喰い千切った。
「すみませーん! 何かありましたかーっ!」
見ると、四方からソキエスがこちらに迫ってくる。
「切りがない、逃げるわよ!」
『その言葉を待ってた』
走ってくるENDAにスピードを合わせ、そのまま背中に飛び乗る。
『さてお客さん、どこまで?』
「
振り返り、こちらに向かって手を振るソキエスの群れを見つめた。
+ + +
ソキエスの追跡から逃れ、私達は身を隠していた。
ENDAに付近の偵察を任せ、私は見晴らしのいい高台の瓦礫の上で、陽の沈む地平線を眺めた。
DEEP SORTから流れてくる映像と、現在の光景を見比べる。
説明によると、昔は大きな電気街だったらしい。
目の前の光景と、映像の中の光景。
ソキエスが創った世界と、人間の創った世界。
私はどっちも美しいと思った……。
一体、どっちが正しかったんだろう?
ふと見ると、ICレコーダーが落ちていた。
電源ボタンを押すと、驚いたことにディスプレイが光った。
まだ使えるんだ……。
「――Ah、Ah、Test、Test。私の名前はオルサ・オーガスタ、この名前にもう意味はないのかも……」
オルサはレコーダーを口元に当てながら、少し考えるように上を向く。
そして、目線を戻すと再び口を開いた。
「……黒いフードパーカーにショートパンツ、足元は昔流行ったカラフルなスニーカー。およそ終末とは程遠いファッションで……そうね、私は――
オルサは自分の言葉にクスッと笑った。
『オルサ、そこで何をしてるんだ?』
偵察から戻ったENDAが言った。
「ごめん、彼が呼んでるわ。それじゃ――」
拾った録音装置を投げ捨て、私はENDAの元に向かった。
オルサ・オーガスタは終末を犬と歩く 雉子鳥 幸太郎 @kijitori
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