エピローグ

 レラは口元を歪めた。魔王の忠実な配下を演じていたときからは想像できない、醜悪な笑みだ。


「お、おい、レラ。嘘だよな?」


 ワーカがレラに駆け寄る。その足取りが急に止まる。体がぐらりと揺れ、倒れた。レラが曲刀で薙いでいた。ワーカの首が地面に転がる。少しも、淀みの無い動きだった。


「私は哀しかった。日に日に老いて弱くなる魔王様が。そんな魔王様の下に支えていることが」


 レラは曲刀を前に構え、力を込めた。

 緑光の奔流が彼女の周囲に逆巻く。魔力が膨張する。剥き出しの殺意が部屋中に吹き荒れる。


「だから、私が新たな魔王になるのだ!」


 レラの背中から翼が生える。頭からは2本の鋭い角が生えている。その姿はもはや痩身の淑女ではなく、文献で見た「魔王」そのものであった。

 剣を握る手にじわりと汗が滲む。勝てるのか、この怪物に。

 レラがふわりと浮き上がり、曲刀を構える。


「勇者達よ。新たな魔王である私が、貴様らを皆殺しに——」


 光が、突き抜けた。一瞬の出来事だった。

 レラの胸に大きな穴が空いていた。


「な、なぜ……」


 レラは浮力を失い、地面に落ちた。床に血の染みが広がる。そのまま、二度と動かなくなった。

 ヴィオが振り返る。トラバスも振り返る。セロは紅茶を飲んでいる。僕も恐る恐る振り返る。

 死んでいたはずの魔王。その腕が、レラのいた方を向いていた。掌の周囲には魔力を放った痕跡である淡い光が広がっていた。

 魔王はやおら立ち上がる。短刀を胸に刺したまま。


「随分、お早いお目覚めですね」


 セロがなんとなしに言った。まるで、こうなることを最初から知っていたかのように。


「お前達がうるさくておちおち寝てられんかったわ」


「セ、セロ! いったいどういうことなの!?」


 僕は聞かざるを得なかった。心臓を突かれて生きている生物を僕は知らない。


「魔王には心臓が3つありました。レラさんはそのうちのひとつを潰しただけなんですね」


「まあ、誰も気づかなかったがな。貴様以外は」


 魔王は胸に刺さったナイフを抜いて、何かを唱えた。ナイフが炎に包まれ、一瞬で消えた。


「お前達には感謝をしている」


 魔王はセロを向いて言った。穏やかな笑顔で。


「ちょうど、思い上がった四天王裏切り者どもを全員始末しようと思ってたところでな」


 目の端で、トイトが一目散に逃げ出すのが見えた。僕達が登ってきた隠し通路を一気に滑り降りて行った。なるほど、本来はああいう風に使うのか。


「それでは、始めるとするか」


 魔王は杖を構えた。どす黒い、魔力の風が吹きつける。殺意。レラのそれよりもずっと濃い。

 セロがシャツを脱いだ。鎧のような隆々とした肉体があらわになる。

 セロはこちらを向いて頷いた。僕も頷いた。

 僕は両方の手に剣を握り、魔力を込めた。


「行くぞ魔王!」


 僕達は魔王に向かって走った。

 強大な相手だ。だけど僕には共に困難を乗り越えた仲間がいる。もう何も怖くない。

 僕達の殺人事件はこれからだ!


〈了〉

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魔王城の殺人 北 流亡 @gauge71almi

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