第33話 内緒
サカに頼み込んで聡里のことは言わないでいる。
サカには貸しがあったから余計なことを言わないでも交渉が成立した。静かの湖で久しぶりに話した。サカは、あの後、論文を1つまとめて学会誌に発表した後、一度研究に区切りを付けてこっちに帰って来た。
落ち着いたサカの気持ちとは裏腹にひと揉めあったと聞いた。でも、僕の提案を受け入れて両方やることにすると親に宣言したところ、ほとんど諦めていた両親は文句も言わず快く承知してくれたらしい。もちろんイストのおばあちゃんの意向も反映しての事だろう。当然だけど、どっちも大切な先代からの受け継ぐべきものなんだから。
復学したばかりの聡里は相変わらず、まだ先の事なんて考えられないらしい。施設で育った聡里は保母さんになりたいとか思うことはあると言っていた。サカと血が繋がっていると思うと農場の後継問題でもめたりしたらと焦る。でも、カリフォルニアのご両親はどこまでものんびりしている人らしいから今のところはこのままにして置いて大丈夫そうだ。
これで全て安心して聡里に恋することもできる僕になったが、そこも、そんなにあわてずに呑気にしていた。聡里の両親が実はカリフォルニアに住んでると知って冴ちゃんもマヤも驚いてはいた。けど、教えてやるのはそこまでだった。
それ以上教えると聡里まであの三人のように強い女になってしまいそうで怖いから、出来れば吾川と仲良くしてもらって、おしとやかな女でいて欲しい。僕の話も静かに聞いてくれる程度の優しい女で…
朝ヶ谷と山崎と旅行をした。全国大会が仙台と聞いて、冗談に一緒に行かないかと誘ったら嬉しそうな顔をして行くと言うので、のんびり列車で行くことにした。こっちの世界をゆっくり旅するのもいい勉強だと思った。
嘘はつかない。説明もしない。僕が天使だということを疑ったこともない朝ヶ谷や山崎に危ない質問をされることはないのだから、この先、当分は嘘をつく必要はないだろう。そこから先は又考える。
内緒は内緒だ。言えないこともある。だからって自分を否定したくも卑下したくもないから堂々として行こうと思っている。
きっと、他の奴らだって内緒はあると思う。言わないからって友情にひびが入ることはない。そうやってもう少し親友でいて欲しいと、願っていた。
「どう、コンディションは?」
「さあ、駄目でも良いんだ。そんなに焦ってないし、実力で頑張るよ。今日は力強い応援もいることだし」
そう言うと、二人は凄く嬉しそうに任せろと胸を叩いたけど…
「わくわくするな~俺、苦手、こういう雰囲気。他人事だってのに、お前の代わりにこっちがあがりそう」
「練習はしたけど、最後の二日間は三人で馬鹿やってここまで来たから。でも、楽しく弾くよ」
「ああ、男の友情は楽しむためにあるって、あれ名言だからな」
僕は楽屋に入った。これからもずっと続く暮らしだから、無理しないで楽しんでやっていこうと思っていた。
最後に聡里の顔をちらっと浮かべて舞台に上がる。ボントール、尊敬する我がおじいちゃん。僕は此処まで来たよ。呼吸を整えて最初の一音を弾いた。
エンジェルハウス @wakumo
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