第二章 8
冷蔵庫にあるポットに入ったお茶をコップに注ぎ皿にお菓子を詰めて机に置く。神谷はそれをごくりと飲んだ。余程喉が渇いていたんだろうか。さっきのカフェでお腹は満たされていたのかお菓子には手をつけなかった。
「早速話をしてもいい?」
神谷がお茶を飲み終えたのを見て言った。
「うん、いいよ」
神谷は僕が今から言うことをわかっているかのような目でこちらを見てきた。
「いつから僕が霞だって分かったの?」
前回は教えてくれなかった。今回も教えてくれるかはわからないが、それでも問い詰める思いで聞いた。神谷は何分か沈黙したままだったが、ゆっくりと口を開いた。
「…私が転校してきた日、透夜君私の家に来たでしょ?」
「うん」
「その時、私がだしたストロベリーティーを飲んだよね」
覚えがある。確かに飲んだ。しかしそれが何だって言うんだ。
神谷はバックを机の上に置いて中から何か取り出した。瓶いっぱいに入った錠剤だった。
「これ、何かわかる?」
「薬?」
「うーん、まあ薬かな。これは睡眠薬よ」
「すいみん…あっ」
確かあの日ストロベリーティーを飲んだ時に急に眠気が襲ってきた。まさか…。神谷は頬をあげ首を傾けながら微笑んで言った。
「そうよ、あのお茶に睡眠薬を投与しておいたの。そして透夜君が眠っている間にスマホの中を覗かせてもらったわ。その時に透夜君が霞だっていうのに気づいたの」
「どうして…」
「霞って、昔透夜君が私にくれた人形につけていた名前でしょ?最初は違うだろうって思ったけど一応確認したら透夜君だった」
覚えていたんだ。神谷にあげた白いクマの人形に霞、と言う名前をつけた。真っ白だったから雪、って言う名前にしようか迷ったけどありきたりな名前だなと思って霞と言う名前をつけた。
「…そっか」
怒れない。睡眠薬を人に盛るだなんて尋常じゃない。けれど、僕には神谷を怒ることはできなかった。
「…あのさ、雛菊についてもう少し詳しく教えてくれない?どうやって神谷は…人を……助けているの?」
人を殺しているの、と言いそうになるも言葉を選んだ。神谷は人を殺していない。みんな自殺しているんだ。殺してなんか…
「しりたい?いいよ、教えてあげる」
言葉に詰まることなく言った。
神谷によれば雛菊に逃げてきた子達を神谷は"ペパン"と呼んでいた。
そのペパン達はまずマスター、神谷と話をする。そこで神谷はその人の悩んでいること、苦しんでることを教えてもらう。
「人間はほんと単純よ。ただ優しくしただけですぐに信じる、自分に共感してくれる人を好きになるの。そして私に依存させる。相手が傷ついている時に寄り添ってあげるのも大事よ」
話をしている時の神谷はいつもとは別人に見える。教室にいる時の神谷はみんなから好かれる人気者。今目の前にいる神谷は、"神谷"じゃない。雛菊のマスターアヤメだ。
「私に依存してきた頃、次は私の悩みを打ち明けるの」
「悩み?」
神谷が言うには、相手を依存させてきたところで次は自分の悩みを打ち明ける、とのことだった。
神谷は解決してくれた分だけ褒め回す。そうすれば相手はもっとアヤメの力になりたい、と思う。
また
雛菊にはグループで話し合う場所を設けていて、そこでどれだけ自分のポイントが多いのかを自慢する。
ポイントが高ければ高いほど自慢できるし、逆に少なければ周りの者に罵倒される。
だからこそもっと貢献したいと思い、アヤの悩みを解決しようとする。それがどんな危険か仕事だろうと。
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