第二章 2

 目の前の紅茶の水面に自分の顔がゆがみながら映っている。今自分はどういう顔をしているのだろう。自分でもわからない。


「透夜君、宮下君が消えてうれしかったでしょう?」


 返答が思いつかない。そうなんだよ。宮下がいなくなって嬉しかった。うれしくてたまらなかった。だけどそう思ってる自分が憎い。


「…君が手を汚す必要はなかったのに…どうして」


「私は誰かの役に立ちたいの。雛菊の中での透夜君は助けを求めていた。だから助けた」


 堂々たるその眼差しに僕は折れた。分からないのだ。神谷の行った行動が善なのか悪なのか。


「…今まで僕と同じような人にたくさん出会って同じようなことをしたの?」


「うん」


 神谷の行ったことによって亡くなった人もいる。それは分かってる、分かってるんだ。けれどそれにより僕らは救われた。人生が変わった人も数多くいるだろう。そんな恩人を僕は、責め立てることはできない。


 口を開かない僕に、神谷は言った。


「確かにみんなを助けるために今まで何人もの人が亡くなった。けれどその人たちは、自分が今までしてきたことが返ってきただけなのよ。私は彼らに裁きを与えた。何が悪いの?」


 神谷は昔言っていた。虐めをされた人たちはそのことを一生覚えている。それなのに虐めをした人たちはそんなこと忘れて幸せになっている。そんな理不尽な世界が嫌だ、と。


「透夜君なら分かってくれるよね?」


 そんなの一択しかないじゃないか。君は、僕に残る選択肢が一つしかないのを分かっているから聞いてるんだよね。


「…ああ、分かるよ。僕はいつでも君の味方だから」


 その時の神谷の笑顔は最高に嬉しそうだった。


「ありがとう。透夜君」


 冷え切った部屋が一向に暖かくならない。神谷が準備してくれたストロベリーティーは冷たくなってしまった。


 それからは雛菊について詳しく聞いた。そして、宮下のことも。


「雛菊を建てたのはさっき言った通り誰かを助けたかったから。それ以外に理由はないわ」


「それじゃあ、どうして霞が僕だって分かったの?」


「…それは、内緒よ」


 困ったような笑顔を見せてくる。どうやってそんなことをしたの?と聞いても答えてくれない。神谷はこんな秘密主義だったっけ。僕が覚えているのは小学3年の頃の神谷だし、一緒にいたのも少しだったからまだまだ知らないことがたくさんある。


 中学生の頃の神谷のことも知らない。その時はまだ、あの頃の神谷だったのかな。

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