第10話 いらだち

「優しいね」

 この言葉は、相手と意識的に距離を置く魔法の言葉だ。自分のことなんて忘れて、他に目を向けてほしかった。

(……僕は、ゆうが好きだったから。他の誰かを好きになるなんて、できなかったから)

 はっきりとした言葉を聞かなければいつまでも変わらない関係のはずだった。圭は、逃げていたのだ。話していると時折混ぜられる、自分への賛辞を言ってくれる英子との、なんとも言い難いぬるま湯のような関係性に。

 英子は自らの感情や思考をさらけ出し、圭に全力でぶつかってきた。だから、「すごい」と口にした。

「……今はまだ、英子ちゃんとの未来を考えられない」

「うん。返事をしてくれてありがとう」

 英子が、まるでこれで完結したかのように、泣きそうな顔で微笑む。今はまだと言ったのに、どうして粘ってくれないんだ。そんな理不尽な気持ちを抱えているうちに、英子は帰ってしまった。


 英子から告白されて三ヶ月。夏休みを目前に控え、教室内全体でどこか浮き足だっていると感じる。

 圭といえば、英子がどこにいても発見できるようになっていた。あれだけ一緒ににいてくれた英子が近くにいなくて、喪失感のようなものを感じていた。

 英子はゆうと一緒にいることが増え、ゆうからは時折非難めいた視線を送られる。あれほどゆうが好きだったのに、ゆうからの視線よりも英子が他人行儀のようによそよそしいことが気になってしまう。これまでは圭を頼っていた場面でも、真を頼っている。

(……何で、僕を頼ってくれないの)

 真に負けたというよりも、今までと違う接し方をされて悔しいと感じてしまう。

 そのうちに、真以外の男と話している時にも英子を睨んでしまうことが増えた。英子は、圭が振った相手だ。これまで通り仲良くなんてできないのだろう。圭とゆうとの関係性が変わったように。

(……はぁーー……)

 圭は英子から目をそらし、ため息をこぼした。

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私的感情辞典読解 いとう縁凛 @15daifuku963

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