第9話 畏敬

 ゆうから圭の住所を教えてもらった英子は、二重の意味でドキドキしていた。

 まず、そのつもりはなかったが、結果的に学校をサボってしまったこと。制服のままでは補導されてしまうと思い、一度帰宅して着替えることにした。一人っ子で母子家庭のため家には誰もいない。

 ニつ目は、見舞いのための服に着替えて、圭の家に向かっていることだ。手持ちの服の中では地味だけど、地味過ぎない服を着ている。圭が体調不良だから休んだと分かるのに、好きな人の家に行くと思うと胸が高鳴ってしまう。

 地図アプリを見ながら圭の家に到着。車庫があって、犬が喜びそうな広い庭のある一戸建てだ。その呼び鈴を鳴らそうと指を伸ばし−−引っ込める。

(……来ちゃったけど、いきなりだったかな? 休養したいだろうし、もし寝ていたら……)

 来てしまったが、来たけれど、来たからには。英子が、来たことを一報を入れたら大丈夫なのではと思っていると、「あ、こら、イヴっ!!」と圭の声が聞こえた。そしてガチャンと元気よく前足を門扉にかけるゴールデンレトリーバーと目が合う。そしてイブを追いかけてきた圭とも目が合う。イブを洗っていたのか、圭は泡まみれだった。お互いに気まずく何も言えずにいたら、イブの「ワンっ」という一声で場が動く。とりあえず上がってと通されたリビングで、英子はイブと一緒に圭を待つ。

 麦茶を入れてくれた圭に礼を言って、英子は緊張で渇いてしまった喉を潤す。コップを置くと、圭から礼を言われた。

「ゆうから、連絡が来てた。真からも来てて……英子ちゃん、体調は大丈夫なの?」

「う、うん」

「英子ちゃんは優しいね。昨日僕が振られたから、心配してくれたんだね」

 圭が英子に微笑みかける。英子は心の中で「違う、そうじゃない」と何度も自分を否定する。それでも振られることが怖くて告白できない英子を決断させたのは、英子の足の上に何気なく置かれた、イブの前足だ。笑顔に見えるその顔に、全てを吐き出してしまえと言われているように感じた。

 英子は、謝罪と告白をする。ずるい自分の考えも全て白状し、圭からの沙汰を待つ。

 圭は、まるで呼吸以外の全ての動きを忘れたかのように、一切動かない。そして深く息を吸い込むと「英子ちゃんはすごいね」と口にした。

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