荒鷲帰還 2

 双子は顔を見合わせ、いたずらっぽくニヤリと笑った。


 両手を口の脇にあて、メガホンにして叫ぶ。


「そうそう、地中海のあらゴミ、パトロクロスー、ってとっても有名だよー」


「地中海のあらいタワシ、パトロクロスー、ともみんな言ってるしねー」


 がく、とずっこけるパトロクロス。


 船の上の乗組員たちや港で聞いていた者たちが、ゲラゲラと大爆笑する。


 顔を真っ赤にしてパトロクロスが怒鳴る。


あらゴミでもあらいタワシでもねえっ。荒鷲あらわしだ、荒鷲あらわしっ!


 てめぇら、どこでそんな憎まれ口仕入れてきやがった?!


 あっ、ゼウクシスのヤローだなっ。


 あいつ、俺の留守中に、けぇモンにしょうもないことを色々吹き込みやがってーっ」


 アタランタ号が係留けいりゅう作業に入り始めた。


 艦長の顔にもどったパトロクロスの指示のもと、帆がたたまれかいが収納される。


 ふねから細い綱が、そして順に太い綱が港兵に投げられ、掛け声とともに係留柱けいりゅうばしらに結び付けられていく。


 ふねが安定すると、パトロクロスは、まだにやにや笑っている副艦長を手招きで呼んでいくつか指示を与えた。


 それから、出迎えに来た陸の三人に向かって、にやりと笑って親指を立ててみせる。


 助走をつけてから、ふね埠頭ふとうを繋いでいる、太い係留綱けいりゅうつなに飛び乗った。


 見事なバランス力でそのまま、たたたたたっ、と綱渡りをし、最後に大きく、ぴょーん、とジャンプして、すたっ、と見事に着地をきめた。


 そして、襲い掛かるクマのように両手を上げた。


「こらーっ悪ガキども、おまえらおしおきだぁーっ」


 きゃぁぁ──! と悲鳴を上げて、嬉しそうに笑いながら逃げる双子。


 パトロクロスは双子を追いかけ、ひとりずつ捕まえた。


 それぞれに軽くおしりを叩いたり、栗色の頭をこぶしでごりごりしたり、脇の下をこちょこちょとくすぐったり、といったふざけたおしおきをする。


 義弟おとうとたちと久しぶりの交歓こうかんを楽しくかわした。


 パトロクロスも、フレイウスや双子たちと同じく、アテナイ将軍オレステスの養子こどものひとりである。


 アルクメオン家の将軍長アテナイ・ストラデゴスを中心とした、アテナイの軍事をつかさどる、氏族組織。


 アルクメオン家に仕える10人の将軍ストラデゴイは、それぞれ、これと見込んだ子供を幼いうちから養子こどもにし、教育・訓練し、自分の氏族の一員として氏族組織の重要構成員となるよう、育ててきたのである。


 こうして、アテナイとアルクメオン家に対し、強い忠誠心をつちかわれた若者たちが成長し、軍やその支援職に組み込まれてくるにつれ、これまでにないすばらしい強さと機能性を発揮できるようになってきていた。


 ケラケラ笑いながら、おしおきを受けた双子がその場にのびてしまうと、軽く息を弾ませつつ、パトロクロスはフレイウスの前に行った。


「待たせてすまねぇ、フレイウス。


 出迎え、ありがとよ。


 おまえがここまで来てくれるなんて、意外だったがうれしいぜ」


 微笑むフレイウス。


「おかえり、パトロクロス。


 艦長になってはじめての長期航海、無事で何よりだった」


 パトロクロスはファイティングポーズをとり、ごつい両のこぶしを軽く振ってみせた。


「おうっ、海賊が出やがったらボッコボコにしてやろうとはりきって出かけたんだけどよ、こっちの艦影かんえいをちょっと見ただけで逃げちまいやがったんだ。


 無事はいいが戦いなしの、退屈な航海だったぜ」


「退屈なくらいがいいと思うぞ。


 護衛してる商船の商人たちを、不安がらせる必要はない。


 次の仕事依頼ももらいやすくなるし、世間でのおまえの評判も少しは良くなるし、な」


 そう言って、片目をつむるフレイウス。


 パトロクロスは人差し指で鼻の下をこすり、ニィッと笑った。


「へへっ、だといいがな」


 そうして次に、きょろきょろとあたりを見回した。


「けれど、けれどフレイウス。


 お前と双子がここにいるってことは、まさか、まさか……


 ティリオンさまも俺っちを出迎えに来てくださっている、とか?!」


 パトロクロスの期待のこもった声に、しかし、フレイウスは首をふった。


「残念だったな、ティリオンさまはここには来ておられない」


「そっかー」


 目に見えてしょんぼりとする、パトロクロス。


 フレイウスは笑って言った。


「だが、ここからそんなに遠くない、ピレウス東の商業区の服飾店にいらっしゃるからすぐ会えるぞ。


 明後日あさってのテオドリアスさまの、アテナイ・ストラデゴス再就任の祝宴や、来月早々のデーモスの儀式。


 その後に続く祝典など、諸々もろもろの行事にお召しになる衣装の、衣装選びと衣装あわせをしておられるんだ」

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