コーヒーブレイク2【談話室にいる人たちのトークから見える人間模様】

退院までの2日間は、ほぼデイルーム(談話室)で過ごすようになりました。

初めはウォーターサーバー目当てで来たのですが、聞こえてくる会話がとても興味深かったのです。


たとえば、

「あら、お隣の病室だったのね! 気づかなかった、心強いわ」

「そうなのよ、私も6階から移動してきて」

「元気になったら、またお茶しましょうね」

という、60代くらいの女性の会話。

どうやら2人とも糖尿病で、付き合いが長いようすです。


50代くらいの自前のパジャマを着ている女性はとても元気そうで、デイルームでずっとストレッチをしています。

どこが悪いのだろうと思っていたら、腕力や足腰を鍛える筋トレのような指導を受けながら、

「この目だとあまりテレビを見れないし、本も読めなくて、暇なんですよね」

「病室が窓際だからまぶしくて、昼間はデイルームにいることにしてるの」

と女性が言っているのが聞こえてきました。

目にからむ病気で入院? 

気になりましたが、さすがに話しかけませんでした。


淋しがり屋さんは、よく電話をしに来ます。

70代くらいの女性は、

「コロナになっちゃって、それは治ったんだけど、肺炎で入院することになっちゃったの」

と、いろんな人に電話をかけて、繰り返し同じ話をしていました。


90代だという車いすの女性は、「娘に電話をかけたいけど、わからなくて」と泣きそうな声で話しかけてきました。

手にしているのはシニア用の、機能をシンプル化したスマートフォンでしたが、それでも操作ができないようです。

操作方法を説明しましたが、覚えられないようなので(ツークリックなのですが)、私が娘さんにかけて差し上げました。

「お風呂から出ようとしたら意識を失って倒れちゃって、裸のまま運ばれたのよ」

と、その女性は事情を聞かせてくれました。


冬の風呂場といえば、ヒートショックが原因でしょうか。

夏の熱中症と合わせて、シーズンには何度も注意喚起がされていても、亡くなるかたは0になりません。

特に高齢者は体温調整機能が低下すると言われているので、注意しすぎなくらいがいいのかもしれません。


入院したばかりの学生らしき若い女性は、母親に化粧品を持ってきてもらうため、オンライン通話をしていました。

「ディオールのリップが机にあって、近くにディオールのチークもあるはず……え、なんでないの? ママが見つけられないんだよ」

やけに「ディオール」を連呼しているので、耳に残りました。

そうして30分ほどが経ち、ママは娘が希望する化粧品を集め終わったようです。

ママはそれらが袋に入らないと言ったようで、娘さんは激怒。

「なんで! 入るはず! ママの入れ方が悪い!」


あらあら、ワガママさんですね。感謝の言葉もないのでしょうか。

通話の間、少しも親を気遣う様子は見られませんでした。

30分以上娘に付き合っているママもすごいけれど、そういう親だから、こういう娘に育ったのかも? と思ってしまいました。


入院中は、痛かったり不安だったり淋しかったりして、感情の起伏が激しくなりがちなのかもしれません。


また、車いすの80代くらいの女性をリハビリしている理学療法士の男性は、

「この病院と、窓から見えるそちらの養護施設、あそこのリハビリセンターもそれぞれ法人が違うのですが、理事長たちは親族です。儲けていますね。年末はその親族たちが集まるのかな。どんなに豪華な正月なんでしょうね」

「昔はそんな金持ちになる夢を見たこともあったけど、今は生きて行けるだけのお金があれば充分です」

なんて言っています。

患者になんの話を聞かせてるんですか(笑)。


ほかにも、その理学療法士さんは、

「病院のスタッフは、新人歓迎会、暑気払い、忘年会など、年に4回ほど飲み会が開かれていて、リハビリでは80人くらいのスタッフの中、夜勤を抜いて60人くらい集まります。会費は1人5000円ほど。それを各科ごとに行っていたから、それがなくなったコロナ後、病院周辺の飲み屋がかなり店じまいしてしまいました」

と言っていました。

医療従事者や見舞客を当て込んで商売をしていた病院周辺の飲食店は、どこでも同じような現象が起きているのだろうと思いました。


食事の配膳事情、栄養について、ドクターのことなど、二日ほどこの部屋にいただけなのに、この病院のいろんな情報が聞けました。


病室では基本的にイヤホンをしているので、周囲の声は聞こえないのですが、隣りのベッドから、看護師さんの小さな声が断片的に聞こえてきました。

張っている声よりも、なぜか耳に届きます。


昨日から聞こえていた言葉で、お隣は妊婦さんのようだと気づいていました。

すぐ退院ですねとか、旦那さんが来ていてどうの、という看護師さんの声がしていたからです。


ですから、子宮を摘出した私に配慮して、小さな声でお祝いを言ってるのかな? と思ったら……。


「赤ちゃんは冷たい冷蔵庫のようなところに…」

「明日迎えに行ってください。ママを待ってますよ」


そんな声が聞こえました。

初めは意味がわかりませんでしたが……。


死産だ! 

と気づきました。


看護師さんがいなくなってから、隣りの女性はたびたび、はなをすすっていました。

声は聞こえませんが、しばらく泣いていたようです。

その女性は、翌日、退院しました。


あまり意識していませんでしたが、この病棟には、軽い症状の人から重い症状の人まで、いろんな人が入院しているのですね。


今はコロナ禍で見舞い客は入れませんが、

「すぐ退院だね!」

「治ってよかったよね!」

なんて楽し気な会話を賑やかにしたとして、それを死と隣り合わせで苦しんでいる人が聞いたら、どう思うのだろう。

そう考えました。


6人部屋だとしても、きっちりカーテンを閉めているので、顔を合わせることはありません。

どんな人が同じ病室にいるか、わからないのです。


もしコロナが落ち着き、病室に見舞いに行けるようになったとしたら、ほかの患者さんへの配慮を忘れてはいけないと、肝に銘じたのでした。

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