第2話 おにぎりと涙

久しぶりに食べたおにぎりはしょっぱかった


夏の日差しが照りつける、荷物を運ぶ腕に大玉の汗が次々に浮かんでくる。


「おせーぞ!次!つぎー!」


13才上の先輩の声が僕に向かって飛んでくる。


「は…はーぃ」



振り絞った声は力尽きそうな虫のように「ーぃ」の部分は僕の中でしか聞こえなかった。


15時になりやっと昼の休憩タイム

座り込んだ僕の頬に心地よい刺激が伝わる


はっと顔をあげると、缶ジュースを持った野口さんがいた。


「おつかれーもう慣れたか?相変わらず井川は厳しいな」


飄々とした口調に


「全然ですね…体力が足りないです…あ!ジュースいただきます」


力なく答える。


「まぁ誰だってそんなもんよ、だけどあれだろ?こんなバイトするってことは金がほしいんだろ?なんか困ってんのか?」


唐突な質問に僕は答えを迷ったが


「まぁそんなところです」


それ以上は何も聞いてこなかったことに少しほっとした。


「今日はあがったらみんな飲み行くって言ってるけどお前どーする?酒は飲める歳だよな?」


「はい。21になります…でもすぐに帰らないと行けないのでせっかくですけど…すいません」


「そうか…無理にとは言わねーけど、こういうことも少しは大事だぞ」


20分の休憩が終わり持ち場に戻った。


汗をかきながら彼女のことばかりを考えていた


そうやって今日1日のバイトが終わった。


「ただいま」


玄関を開けるとユミがいた

いやいつもいるのだけど。


「おかえり、今日も暑かったねおつかれさま」


「うん。大変だった」


何気ない会話を交わし僕は風呂場へ直行した。


ユミとは付き合って2年一緒に暮らしだして半年になる


大学で出会いすぐに付き合いが始まりお互いの夢のために、同棲を始めた。


ユミは通訳になるために語学留学がしたくて。


僕は、経営者になるために。


なんてのは嘘だ…


ユミに好かれたくて出会った時に思いつきで言ってしまった言葉だった。


全く興味もない読みもしないそれ系の雑誌が本棚の一角に鎮座し、テレビやネットで成功者が出れば、あーそれは流石だね!とか長くは続かないよ!なんていかにもみたいな言葉を呟く。やべぇやつだ。


ユミになにで企業するの?と聞かれれば


内緒!でも誰も思いついてないってことは確実だよ。


とか言ってる痛いやつだ。


ユミはもうすぐ目標に届く。


僕はというと、仕送りをパチスロに溶かし、貯金どころか借金が数十万!


本気でヤバいとなって今さらバイトを始めた。


なるべく収入のいいバイト。


バイト始める時にユミに、今までは考える時間が欲しかったから、もう頭の中で形ができたからこれから少しでも貯金を増やすよ。とか…


違います。バイトは借金返済の為で貯金なんてできるわけがありません。


今日も1日頭の中はユミと離ればなれになるということばかりで埋め尽くされてました。


そんな生活が数週間続いたある日の夕方。


日も短くなっていつも二人で食べてた夕食の時間は暗くなっていた。


食器どうしがぶつかる音だけが響くなか、ユミが口を開いた。


そうその時がきた


どうやら来月にはオーストラリアに留学するらしい。


僕はそれを聴きながら、向こうはこれから暖かくなるねとか紫外線気をつけてとか、会いに行くからねとか言ってた。


ユミも嬉しそうにお互い頑張ろうね!絶対夢叶えようねなんて曇りない眼で僕を真っ直ぐに見つめて…


痛かった。


あと2ヶ月もバイトすれば借金は終わるけど、それからどーする。


就活して就職して、普通に暮らして、何もしないまま僕は終わるのだろうか。


夢ってなんだよ。


俺は何がしたいんだ!ただユミと一緒にいたい。今はそれだけだ


今にも口を突き破って出てきそうな言葉を必死に堪えて、彼女を応援する良い彼氏を懸命に演じた。


1ヶ月後


バイトから帰るとユミはもういなかった。


見送りはしないよ、会いに行くから


なんてキザなセリフを吐いた昨日の自分を殴ってやりたい。


テーブルの上におにぎりが置かれていた。


それを見たとたん急に涙が溢れてきた。


ユミの作るご飯が大好きだった。


節約とか言ってたけど、どれも美味しくてバイト始めた僕にお腹いっぱい食べさせてくれて。


泣きながらおにぎりを頬張った。


お米の1粒1粒を噛み締めるように逃さないように。


大事に大事に頬張った。


涙と一緒に…


しょっぱかった。


数年後


僕はおにぎり屋さんを開業した。


誰にも思いつかないこと?とユミには呆れられたけど。


まぁまぁ食べて行けるくらいにはできてる。


店名は


「おにぎりと涙」




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