星鳴きの森

料簡

星鳴きの森

 僕と彼女は暗い森を手を繋いで歩く。

 周囲は木々で覆われ、地面は枯れ葉で埋め尽くされている。似たような景色は自分たちが進んでいるのか戻っているのか、それともぐるぐる回っているのかわからなくなってくる。変化といえば、時折聞こえるほぉーほぉーという鳥の声と獣の遠吠えだけ。あとはただ、同じ景色がずっと続いている。それでも僕は記憶を頼りに進んでいく。手にはランプを持ち、辺りを照らしながら進んでいく。

 村でもこの森は危険だと言われていた。

 同じような景色は迷いやすいし、足場は悪いし、どう猛な獣は出るし、なにより暗いから。

 高い木々で覆われた森に日の光は入ってこない。だから、ランプで目の前を照らすことでようやく一寸先が見えるだけで、あとは真っ暗な世界が広がっているだけだった。

 闇はそれだけで恐ろしい。暗い世界を歩くことがこんなにも怖いものだったとは思わなかった。

 不意に歩みが止まりそうになる。

 足がすくみそうになる。

 それでも、立ち止まらずに前に進めるのは僕の後ろを歩く彼女のおかげだ。

 ぎゅっと強く握られた手から彼女の体温が伝わってくる。

 それだけで前に進み続ける気力が湧いてくる。

 僕は彼女の手をぎゅっと握り返しながら、暗い森の中を進んでいく。

「ちょっと待って」

「え? どうかしました?」

 僕が足を止めると彼女も足を止めた。

 地面がぬかるんでいた。

 最近、雨は降ってなかったが、高い木々で覆われているためずっと昔の雨が蒸発せずに残っているのだろう。よくみると辺り一面ぬかるんでいるようだった。

「足下に気をつけて」

「はい」

 彼女は頷くと、僕の手を強く握った。そして、恐る恐る一歩ずつ歩いて行く。僕も彼女の歩幅に合わせて歩く。

「あっ」

 ふいに彼女は声を上げると、足を滑らせた。僕は彼女の身体を支えるために繋いだ手を離して、慌てて腰に手を回す。思ったよりも軽い衝撃が腕を通して伝わってくる。それでも、僕はぐっと力を込めて彼女を抱きかかえるようにして支えた。

「すみません」

 彼女はなんとかこけずにすんだ。ほっとしたのもつかの間、僕はあることに気づく。

 彼女の顔が目の前にある。僕はどきっとしてつい目をそらしながら、それでもバランスを崩した彼女をしっかりと立たせた。

「ありがとうございます」 

 彼女はなんてことはないようにあっさりとした様子で、ぺこりと頭を下げる。

「・・・・・・どういたしまして」

 気恥ずかしくなりながらも僕はなんとか言葉を返す。それから、足下に気をつけながら、慎重にぬかるみを歩いていった。ぬかるみを抜けると、突然彼女は足を止めた。

「どうしたの?」

 僕が振り向くと、彼女は広げた両手を左右の耳に当て何かを聞いていた。

「獣の声がします」

 僕は耳を澄ませてみるが何も聞こえない。しかし、彼女が言うのならそうなのだろう。

「どっちから聞こえるの?」

「あっちです。多分、狼だと思います」

 彼女が指さした方は木々が生い茂っていて、薄暗かった。目をこらしてみるが何も見えない。それでも僕は迷わずに彼女の言葉を信じた。

「わかった。じゃあ、こっちに行こう」

 彼女が指さした方とは別の方向へ彼女の手を引っぱる。

 少し遠回りになるが仕方ない。

 わざわざ危険なことをする必要はない。

 そう。危険なことをする必要はないはずだ。

 それでも僕たちは危険な森を歩いている。

 獣を怖れ、暗闇を恐がりながら、それでも前に進んでいく。

 しばらく歩くと彼女は申し訳なさそうに口を開いた。

「すみません。私のせいで」

「いいよ。僕がしたいと思ってやってるんだから」

「でも、私があんなこと言い出さなかったら————」

 彼女の言葉は弱々しくて、ひどく申し訳なさそうで、なんだか自分が悪いことをしているみたいに思えた。だから、つい苛立って語気が強くなる。

「————いいって」

 思ったよりも声が大きくて自分でも驚く。不意に手を握って歩いていた彼女の動きが止まった。それでも彼女は僕の手を決して離さない。それがまるで命綱だというかのように。

 僕は慌てて振り向くと頭を下げた。

「ごめん」 

「・・・・・・いえ、こちらこそごめんなさい」

 か細く、震える声が聞こえる。この真っ暗で危険な森を歩いてた時も震えなかった小さな身体が震えている。

 それだけで僕は自分が大罪人のように思えた。

 申し訳なくなって、情けなくなって、どうしていいかわからず僕は顔を上げると彼女を見た。

 ランプが彼女を照らす。

 暗がりで急に照らされたというのに、震える彼女は一切の表情を変えなかった。

 大切に育てられてきたのだろう。彼女の肌は透き通るように色白で、きれいだった。肌とは対照的に肩まで伸びた真っ黒な髪は、さらさらでとても美しい。なで肩に、華奢な体つきで小柄な彼女はふとした瞬間に消えてしまいそうなくらいに儚かった。

 僕は彼女の顔を見た。

 かすかに朱がさした頬に薄い唇、そして、僕の方をじっと見つめているつぶらな瞳。

 否、見つめているはずはなかった。

 彼女の瞳には光がなかった。ただ、薄ぼんやりとした黒があるだけだった。

 彼女は目が見えなかった。

 そんな彼女がある日、星を見たいと言った。

 だから、僕はその願いを叶えるために安全な村からこの危険な森へと彼女を連れ出した。



 僕が暮らす村から東へ数時間ほど進んだところにその森はあった。

 名前はない。村の人も、誰も彼もただの森としか呼ばない。

 そこは、そんなありふれた森だった。

 ただ、その森は高くそびえた木々に覆われていて、遠くから見てもどこか不気味で得体が知れなかった。さらに、クマや狼など、どう猛な動物もたくさん住んでいて、村の人々はあまり近づかなかった。

 でも、僕は時々この森へ行っていた。

 退屈な時、なんとなく思い立った時、そして、嫌なことがあった時。

 森の中は昼間なのに真っ暗で、それはまるで静かな夜のようで、ともすれば死後の世界のようだった。まあ、死後の世界なんていったことないから本当にそうなのかわからないけど。

 大抵は森の入口付近を歩くだけで、奥へは行かなかった。

 真っ暗だったので怖くて不気味だったし、危険な動物もたくさんいたからだ。

 でも、ある日ふと思い立って森の奥まで進んでいった。特に理由なんてない。ただ、なんとなく奥の奥まで進んでいった。

 暗い森をランプで照らしながらずんずんと進んでいく。ぬかるみを抜け、獣道を進み、小川を越えたところで、僕はその場所に辿り着いた。

 そこには、ぽっかりと口を開いた洞窟があった。ごつごつした岩肌がむき出しになってできた空洞はまるで何者をも飲み込む口のようで、どこか不気味だった。それでも、僕は何があるんだろうと思って中に入ってみた。

 ひんやりとした空気が僕を包み込む。

 少し歩くと足が痛くなってきた。地面を見ると、自然に出来た岩の連なりはでこぼこに切り立っている。時折、鋭く尖った岩もあった。それでも、僕は前に進んでいった。危険な道なのでゆっくりと一歩ずつ確実に。

 今思えば、動物のすみかになっていなかったことは実に運がよかった。もし、クマや狼にここで襲われたら僕は走って逃げることもできずに、あっさりと食べられてしまうだろうから。

 どれくらい進んだかはわからない。もしかしたら、一キロも無かったのかもしれない。ただ、なんとなく少しずつ下っていっていることだけは分かった。

 ふと目の前にランプの光とは別の光が見えた。

 不思議に思って僕は光のもとへ近づいていく。

 すると、目の前に不思議な光景が広がった。

 真っ暗な世界の中にきらめく青白い光が音を立てながら輝いている。それはまるで星が鳴いているかのようだった。

 僕はしばらく呆然とその場に立ち尽くした。

 何が起こっているのかわからなかった。

 ただ、あまりの美しさに心を奪われていた。

 そこで見た光景を僕は一生忘れないだろう。

 ふと僕は壁にきらめく青白い光に手を伸ばした。そして、光に一つ触れた。

 冷たい光はそれでも薄く淡く輝いていた。

 それから、どうやって家に帰ったのかは覚えていない。夢見心地のまま気がつくと僕は家の前に立っていた。もしかしたら、夢を見たのかもしれない。そんな風にも思えた。

 僕はこの場所のことも誰にも言わないいでおこうと思った。

 特に理由があるわけではない。ただ、なんとなくあの神秘は誰かに軽々しく言って良い場所ではないと思った。

 だから、あそこは僕だけの秘密の場所になった。

 

 

 僕が暮らす村には一人の女の子がいた。

 村長の娘で、年は僕よりも一つ下。

 華奢で小柄な彼女はいつも村で一番大きな家の中にいた。

 村で一番大きな家と言っても田舎の家である。城下町にあるようなレンガで出来た二階建ての家ではなく、木で出来た藁葺きの家だった。ただ、かなり広く、たくさんの部屋があり、十人ほどが住める大きさになっていた。その家には現在、村長とその奥さん、そして娘さんとお手伝いさんが三人暮らしていた。

 彼女が外に出ることは滅多になかった。僕も彼女を外で見たことは村のお祭りの時ぐらいでしかなかった。その理由を村の人は皆、知っていた。

 彼女は生まれつき目が見えなかった。だから、外には危険が一杯だった。外を歩くのにも誰かと一緒で無ければ危なかった。何かをするにも誰かと一緒でなければいけなかった。

 そんなのは窮屈で大変そうだと思った。でも、彼女はいつもニコニコ笑っていた。どうして笑っているのかわからないけれど、いつも笑っていた。

 僕と彼女とが関わることはほとんどなかった。同じ村に暮らしていても彼女はずっと家の中にいたし、出会える機会といったら村の祭りの時ぐらいだった。

 だから、あの時二人で話すことができたのは全くの偶然だった。

 その日は村のお祭りの日だった。年に一度、秋頃に農作物の収穫を祝うお祭りが村では行われていた。

 村の大人たちは、みなお酒を飲んで上機嫌に語らっていた。しかし、田舎の村には子どもはあまりいなかったため、僕は暇を持て余していた。何をしていいかもわからず、ただぶらぶらと村の中を歩いていた。

 そんな時だった。

 珍しく一人で地面に腰掛けている彼女を見つけた。彼女はずっと夜空を見上げていた。否、彼女の目が見えないことは知っているので、見上げているはずはないということはわかっていた。しかし、彼女はどう見ても夜空を見上げていた。

 その姿は儚くて、まるで幻のようで、目を閉じれば消えてしまいそうだった。

 そんな彼女の姿に僕は一瞬で心を奪われ、見入っていた。

 どれくらい彼女を眺めていただろう。僕はふと気づくと彼女に声を掛けていた。

「何をしてるの?」

 彼女は驚いたように僕の方へ振り向いた。

「誰?」

 僕は自己紹介をすると、もう一度尋ねた。すると、彼女は一瞬口ごもると恥ずかしそうに答えた。

「・・・・・・・・・星を・・・・・・見ようとしているんです」

 その言葉の意味がわからず僕は首をかしげた。

「見えるの?」

 その質問があまりに残酷だったことに僕は言ってから気づいた。

「ごめん」

 慌てて謝るが、彼女は困ったように笑っていた。

「いえ、目が見えないのに変ですよね」

 僕は何も言えなかった。それでも彼女ははにかみながら言葉を続ける。

「うちのお手伝いさんが教えてくれたんです。夜の空にはきらきら輝く星があるって。それはそれはきれいだって」

 皮肉にしか聞こえない言葉を彼女はまるで大切な思い出を語るように慈しみながら語っていく。

「その人は新しくうちに来た人で私の目が見えないことを知らなかったんです。だから、しばらくして目が見えないことを知るとすぐに謝りにきました。そんなことしなくていいのに」

 そこまで言うと彼女は悲しそうに目を伏せた。

「それから私は時々空を見上げるんです。いつか星が見たいなって思って。変ですよね。空だって見えないのに」

 そこで彼女はくすっと笑った。自虐的な悲しい笑みだった。

「すみません。つまらない話をして」

「いや。そんなこと・・・・・・ないよ」

 僕はなんとかそう返すので精一杯だった。

 それが僕と彼女との初めての会話だった。

 その時、何もできなかったことが悔しくて、僕は今でも、その時のことをはっきりと覚えている。



 次に僕が彼女と話すことになったのはしばらく経ってからだった。そもそも僕と彼女に接点はない。僕の家は羊を飼っていたので、村の外れで羊の番をすることが多かった。だから、村の中にいることが多い彼女と日常生活の中で関わることはほとんどなかった。

 その日、僕は親に頼まれた羊の散歩をしていた。牧草地帯に羊を連れて行き、餌を食べさせる。うちが飼っている羊は二十頭ほどで、餌を食べている羊たちがどこかにいかないように見張る必要があった。

 朝から晴れていたので、僕はのんびりと羊たちを眺めていた。

 すると、遠くから声が聞こえた。

「・・・・・・・・・・・・す・・・・・・よ」

 それが彼女の声だと気づくのに時間がかかった。彼女はお手伝いさんと一緒に時折、散歩していた。その日もそうだったんだろう。熟年のお手伝いさんに手を引かれながら彼女は牧草地帯を歩いていた。

「も・・・・・・・・・が・・・・・・ますよ」

 何を言っているのかよく聞こえなかったので、僕は彼女の方を耳を澄ました。

「もうすぐ雨が降りますよ」

 彼女はそう叫んでいた。僕は慌てて空を見た。東の空に薄ぐらい灰色のもこもこした雲があった。雨雲だった。

 彼女にお礼を言おうと思った時には、もうすでにその姿は無かった。

 僕は羊を誘導するための笛を吹くと、羊たちを小屋に戻した。

 雨が降ったのは羊を小屋に戻してすぐのことだった。

 まさに間一髪だった。

 その時になって、僕はようやく疑問に思った。目が見えないのにどうして彼女は雨が降ることがわかったんだろうと。

 その答えはすぐにわかることになる。

 次に彼女に会ったのは、次の日だった。僕はお礼をいうために彼女の家に行った。直接玄関から行けばいいのだが、それは気後れしてしまい僕は家の周りをぐるぐると回っていた。

 すると、窓辺にある木組みのベッドに寝ながら外を眺めている彼女を見つけた。

 陽射しに照らされた彼女は昔、城下町で見た一枚の絵画のようにきらきらと輝いていた。

 僕はそろりそろりと近づくと窓ごしに、彼女を見つめた。その顔は穏やかで、笑っていて、そしてどこか寂しそうだった。

 目の前にいるのに彼女は僕に気づいていない。ただ、真っ直ぐに外を眺めていた。否、目の見えない彼女が眺めているはずはなかった。

 彼女の目には何が映っているのだろう。そんな疑問が浮かぶ。

 しかし、どれだけ考えてもその答えは出なかった。

 僕は意を決すると、窓を優しくノックした。コンコンと思ったよりも大きな音が響き、僕と彼女はお互いに驚く。

「誰?」

「突然、ごめん」

 僕の言葉で誰だかわかったらしい、彼女は「ああ」と頷くと窓に手を伸ばした。その形を確認するかのように窓をぺたぺたと触ると、彼女は鍵を外し、窓を開けた。

「どうかしました?」

「この間はありがとう」

「この間?」

「羊の番をしていたとき雨が降ることを教えてくれたから」

「ああ、あなただったんですね」

「知らなかったの?」

「はい。目が見えませんから」

 彼女はそう言うとくすっと笑った。

「お手伝いさんが誰かが羊の番をしていると教えてくれたんです。それで雨が降ったら大変だって思って声を掛けました」

「どうして雨が降るってわかったの?」

 彼女は困ったように首をかしげると、ぽつりと言った。

「聞こえるんです」

「聞こえる? 何が?」

「雨が降りそうな音です」

 そんな音を僕は今まで聞いたことがなかった。

「どんな音なの?」

「ちりちりという音です」

 そんな風に言われても僕にはよくわからない。

「目が見えない分、耳はいいんです。私は耳でいろいろなものを見ているんです」

 そう言うと彼女ははにかみながら言葉を付け足した。

「変ですよね」

「そんなことない」

 今度ははっきりと言えた。

「ありがとうございます」

「耳でいろんなものを見るってどんな感じ?」

「音から想像するんです。こんな形なのかなって。触って確認できないものはそうやって見ているんです。実物とは違うかもしれませんけど」

 そこで僕はふといつか彼女に出会った日の事を思い出す。

「前に星が見たいっていって空を見上げていたよね。もしかして、あの時も?」

「はい。星の音が聞こえたらなって思って見てました。残念ながら全く聞こえませんでしたけど」

 その時、僕はあることをひらめいた。

「見えるかもしれない」

「え?」

「君にも星が見えるかもしれない」

 僕はさっきひらめいた考えを彼女に伝えた。

「本当ですか?」

「ああ、僕は確かに聞いたんだ」

「何をですか?」

「星の音」

「へ?」

 彼女は驚いたようにぽかんと口を開けていた。

「一緒に行ってみない?」

 僕の言葉に彼女は頷こうとするが、急に思いとどまる。

「でも、迷惑をかけますし」

「迷惑じゃない。この前のお礼だよ」

「でも・・・・・・」

「星を見たくないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・見たいです」

「じゃあ、行こう」

 こうして僕と彼女は二人で「あの森」へ行くことにした。



 僕と彼女は暗い森を手を繋いで歩く。

 どれくらい歩いただろうか。獣に合わないように迂回して、せせらぎの聞こえる小川を越えて、岩場に腰掛けて休憩して、落ち葉の絨毯を抜け、僕たちはようやく目的の洞窟に着いた。

「この奥にあるんだ」

 僕が言うと彼女は首をかしげた。

「風が反響してる。どこかの中ですか?」

 僕には特に何も聞こえないが、彼女には聞こえるんだろう。

「ああ。洞窟の中にあるんだ」

「洞窟?」

「岩でできた大きな穴なんだ」

「岩?」

 僕は彼女の手を引くと洞窟の入口に立ち、ごつごつした岩肌に彼女の手を当てた。

「冷たい」

 彼女はそう言うと感触を確かめるように、ぺたぺたと岩肌を触る。初めて羊の毛に触れる子どものように、彼女は楽しそうに岩肌に触れていた。

 僕はしばらくそんな彼女を眺めていた。

「あっ、すいません」

 彼女は僕の方に振り向くと、恥ずかしそうに顔を伏せた。

「いいよ。じゃあ、奥に行くから足下に気をつけてね」

「はい」

 でこぼこに切り立った足場をゆっくりと進みながら僕たちは洞窟の奥へ進む。そして、思ったよりも早く目的の場所に着いた。

 真っ暗な世界の中に青白い光が輝いている。頭上にも青白い光が点在している。幻想的な光景は夜空に輝く星のようだった。

 その光景に僕は息を飲んだ。

 青白い光の正体は水晶だった。

 洞窟の奥深くにできた水晶の巣に僕と彼女はいた。

「ここですか?」

 彼女は首をかしげる。

 この光景を見せられないことをはがゆく思いながら、僕はその時を待った。

 どれくらい待っただろうか。

 一瞬のようにも思えるし、永遠のようにも感じた。

 そして、ついにその時は来た。

 突然、頭上からかすかな音が聞こえてくる。

「この音・・・・・・」

 彼女は耳を澄ました。

 チカッ・・・・・・チカチカッ・・・・・・チカッ・・・・・・チカチカッと今まで聞いたことがない、何かが弾けるような音が洞窟内に響く。

 この音がどういう原理で鳴っているかわからない。ただ、水晶がきらめくように鳴いていた。その不思議な音はまるで星がきらめきながら鳴いているかのように幻想的に響いていた。

 耳を澄ましていた彼女が空を見上げる。

「あっ、きれい・・・・・・」

 彼女に何が見えているのか僕にはわからない。

 ただ、彼女はずっと上を見上げていた。

 そして、僕はずっとそんな彼女を見つめていた。


 

 森からの帰り道僕たちは手を繋いで歩いていた。行きは僕が手を引くように前を歩いていたが。帰りは二人で並んで歩いていた。

「今日はありがとうございました」

 彼女は興奮したように上ずった声を上げた。

「どういたしまして」

 僕はそこで疑問だったことを口にする。

「洞窟で何が見えたの?」

「点です」

「点?」

「たくさんの点が見えました。点が現れて・・・消えて・・・現れて・・・消えて・・・すごくきれいでした。あれが星なんですね」

 星のような、微妙に違うような気もするがよしとしておこう。

「その点はどんな色をしていたの?」

「色? ってなんですか?」

「ええと・・・・・・赤とか青とか緑とか・・・・・・」

 そう言われて僕はどう説明して良いかわからず、口ごもる。

「すみません。よくわかりません」

 彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

「こっちこそごめん」

 僕も頭を下げる。しかし、彼女はすぐにぱっと顔をあげると嬉しそうに僕に言った。

「今度はその色というものを見せてください」

「え?」

「あなたは星を見せてくれました。だからきっと色だって見せてくれるはずです」

「え? ええ? ・・・・・・いや、それはさすがに・・・・・・」

 僕はどう答えて良いのかわからず、困る。

 そもそも色ってどんな音をしているのだろう。色によって違うのか。そもそも音がなるのか。

 疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えるが答えは全くわからない。

「ダメですか?」

 彼女は僕を上目遣いで見上げる。否、その瞳に僕は映っていないはずだ。確かに映っていないはずだが————、

「わかった。頑張ってみる」

「やったあ。ありがとうございます」

 ————その瞳は確かにきらきらと輝いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星鳴きの森 料簡 @horira-kuma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画