家族のお話 1


「サウナ……いいかもしれませんね……」


「そうでしょうそうでしょう。体の中の悪いものが全て流し出されたかのような爽快な気分になるの」


 サウナはやっぱり死ぬほど暑かったが何とか耐え、ひとつさんと共にサウナ、水風呂、外気浴を3回繰り返した時、突如俺の脳に別のチャンネルが生まれたかのような感覚が生じた。


 ……なるほど、これが所謂と言うやつか。これは世にサウナーと呼ばれる人達が生まれる理由が少しわかってしまう。


「気に入って貰えたなら本当に良かった。……好きなことを誰かと共有するのも、私は初めてだったから」


「蜂麓さんとかとは来ないんですか?」


「翔は狭い部屋が苦手なの。サウナ部屋みたいなところに入れられると反射的にドアを蹴破っちゃうから」


 あの人よく車の運転できるな……。

 車の方が狭い気がするけどそれはまた別なんだろうか。


「蜂麓さんと言えば、前に姉みたいって言ってましたけどいつから一緒なんですか?」


「5歳の時だから……もう10年以上前ね」


「なるほど、確かにそれは本当の姉みたいなものですね」


「ええ。姉と言ったら、さだめくんにもお姉さんがいましたよね?」


 俺そのことについて話した記憶ないんだけどなぁ。

 しかしそこに突っ込んでもきっと笑顔ではぐらかされてしまうし、追求するのはやめておこう。


「えぇ。明るくてなんでも出来て、俺に似てない凄い人ですよ」


「そうね。お祖父様も目をかけてますもの」


「え、それ本気?冗談?」


「さぁどうでしょう?」


 大企業のトップが俺の姉さんを?と思うが、それでも。


「あの人なら、有り得なくもないってのが怖いところですね」


 そういう人を寄せ付ける才能みたいなのが姉さんにはある。


 俺とは違っていて、俺とは似ても似つかなくて、あの人の吐く言葉はとても優しい感情がこもっているような気がして。



「さだめくんは、お姉さんが好きなんですね」


「…………え?」



 ひとつさんのその言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。


「だって、楽しそうだもの。お姉さんのことを語るさだめくん。そういう素のさだめくんが見れて、今日は良かったって……さだめくん、どうしたんですか?まさか脱水?」


 意識が若干遠のくのを感じたが、これは脱水ではないのは確実だ。頭が痛くて、呼吸が乱れる。


 俺は、姉さんのことが好き?

 そりゃあそうかもしれない。姉さんは俺が困ってる時いつも助けてくれたし、頼りになるし、優しいし、何より家族だ。


 父さんのことだって母さんのことだって好きだ。

 みんな好きで、大切で──────。




 ──────本当に?




 俺が愛されていると思っている感情は『憐れみ』でしかなくて。

 俺が愛していると思っている感情は、その憐れみへの感謝でしかないのだとしたら?



「ひとつさんは、知ってるんですか?」


「え……何を?」


「人を好きになる気持ちって、どんなものなのか」



 鳩が豆鉄砲を食らったような。

 そう言うには小さな表情の変化。それでも、ひとつさんの心の凪がかすかに揺らめいた。


「そう、ね。……ごめんなさい。知った気になりすぎたわね。私もよく知らないわ」


「……いえ、急に変なこと言い出してすいません」


「でも大切なことじゃない?私達、お互いのことをもっと好きになる為に今日もこうしてるのに」


 そう、だった。俺達は今日、ここにデートに来たんだ。

 もっとお互いのことを深く知る為に。俺がひとつさんを、ひとつさんが俺を愛してると、それを確かめ合うために。


「……家族の話は嫌?」


「……そうですね。すいません、俺から始めたのに」


「気にしなくていいわ。私にとって翔は家族同然だけど、家族じゃないの。私も家族の話はあまり好きじゃないから」


 そうは言うが、翔さんはそうだとしても唯一さんは本当の祖父のはずで、その上でひとつさんは唯一さんのことを嫌ってはいなさそうだと感じたのだが。


「前に話したわよね?私、小さい頃に両親が事故で亡くなってるの」


 なんて答えれば良いのか分からず小さく声が漏れてしまった俺に対して、ひとつさんが何も気にしないでと言うように首を横に振った。


「記憶の中の父は無愛想な人だった。笑ってるところも見たことないし、母と会話してるところも見たことがない。母も子育てなんてシッターに任せて、自分の仕事をしてるような人だったもの」


 だから私は、家族愛なんてものは分からない。

 そう言おうとしているのだろう。


「……お祖父様のことは信頼している。大切だと思っている。でも、それが愛なのか自信はない」


 ……ひとつさんは俺と同じなのかもしれない。

 翔さんと唯一さんという信頼出来る家族がいて、今の生活にも満足していて。


 けれど、愛というものが分からない。

 知らないものを他人に抱くことは出来ない。翔さんは仕事だから、唯一さんは一人息子の忘れ形見だから、そんな『愛』と言いきれない感情があるかもしれないと。


「だから、なのかもしれないわ。私はさだめくんが好きよ。運命の人だもの、好きと言えるようになりたいの」


 怯えていた。

 彼女の表情は変わらない。それでも俺は、俺にはわかる。だって俺もそうだったから。


 当たり前に享受できていたはずの優しさが、本当に『優しさ』なのか信じられなくなった時の怖さ。

 相手の笑みの下の本心を想像してしまった時の、世界が足元から崩れてしまう恐ろしさ。自分を構成している全てが不確定になって、推理小説のトリックのどんでん返しを食らったような衝撃。


 胃の中身を全てぶちまけて、その中に沈みこんでしまいたくなるような、表現出来ない虚無感。



「ねぇ、さだめくん」



 堪えきれないといった様子で、彼女はその言葉を口にした。

 我慢できない、と言うよりはそれは強迫観念にも近い感情だっただろう。


 額には先程まで流れていたものとは違う、嫌な脂の滲んだ汗が浮かび、呼吸も乱れている。

 暗闇の中で手探りでガラス玉を割らないように注意しながら探すような、そんな危なくて見ていられない様子で。



「キス、してみない?」



 ひとつさんらしいとも思えて、なんともひとつさんらしくない事を口にした。



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彫刻系無表情美少女を助けたら、即日転校してきて婚約を迫ってきた 電姫鋸 @gyuingyuin

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