たったひとつの……サウナ?


「リラックスできると言ったらやっぱりお風呂よね」


 少し外の風を浴びながら、ひとつさんはそんなことを語り始めた。

 季節は春。気温はほんのり暖かさがあるが、水着という薄着ではやはり少し肌寒さがある。しかし、先程までサウナにいた影響かその肌寒さが心地よい。これが所謂『整う』と言うやつなのだろうか?


「でも私達はまだ高校生。一緒にお風呂なんて水着を着ても早いしそんなこと言い出すなんてふしだらよね」


「ふしだらかはともかく、早いとは思いますね」


「だから考えたの。お風呂のようにリラックス出来て、ドキドキするようなお家デートを再現できる環境。──────それが!」


「サウナですか?」


「サウナよ」


 ふん、とひとつさんは自慢げに胸を張る。

 制服の下にあった膨らみが、黒のビキニによって形を整えられてその谷間が見せつけられる。思わず目を背けてしまったが、それに気づいたひとつさんは微笑んだまま、俺の視線の動きに合わせて移動してきた。


「どう?ドキドキするし、リラックスもできる。ほぼ丸裸の自然体だもの。これはお家デートの再現どころか上位互換とも言っていいと思うの」


「そうですかね?」


「ええ。サウナはすごくリラックスできるもの。これはデートの最先端。私達は新しい男女の交流の在り方を見つけてしまったかもしれないわ」


 なんだか明らかにいつもよりテンションが高いし、心做しか発言が、ちょっとだけ……アホっぽくなってる気がする。


「もしかして、サウナ好きなんですか?」


「……私に趣味らしい趣味と呼べるものはないわ。ただ、眠るのがあまり得意じゃない私にとってサウナは最も疲労を回復できる時間なのは確かね。今のマンションには無いけれど、本宅の方にはサウナがあるし、予定が空いたらとりあえずサウナに行く程度。ええ、せいぜいその程度。好きというほどじゃないわ」


「めっちゃ大好きじゃないですか」


 急に饒舌になるものだからびっくりしてしまった。

 ここまで饒舌なひとつさんを見るのは初めてかもしれないというレベルだもん。


「そんな、私のサウナ愛なんて本物のサウナーの方々と比べたら……。忙しさを理由にサウナを使用しない週だってあるのに」


「絶対好きじゃないですか」


 俺は詳しくないけれどサウナって毎日通う程のものじゃないだろうし、眠る時間も失われるほど忙しい時もあるのにサウナは週一で入ろうとするなんてもう一番の趣味とかそういうレベルの話だろう。

 あとサウナに通う人ってサウナ―って言うんだ……。


「好きじゃない。べつに好きじゃないわ。それよりも、そろそろもう一度サウナに入りましょう。私としてはサウナ、水風呂、外気浴を3回繰り返すのがオススメなの。あと2セットだけど、体調に異変を感じたらいつでも言うのよ。水分不足とかも大丈夫?」


「絶対好きですよね?」


「好きじゃないってば」


 勧め方とか気の使い方が完全に沼に引きずり込もうとしつつも絶妙に距離を置いてくるその道の人って感じだもん。


 まさかひとつさんにこんな趣味があったとは。意外も意外、本当に想像もつかない趣味だ。


 再びサウナに入り、隣合って座るものの距離の近さとか水着姿のひとつさんとか、そういうものに意識が行く前に普通に熱で汗が噴き出してくる。


「ひとつさん、これ何分くらいがいいんですか?」


「私は10分が一番いいと思ってるわ。でも、一番は本人が辛くない程度にすることね。とりあえず3分は入って、そこから徐々に慣らしたり、自分が一番いいと思う時間を探すものよ」


「3分もですか……」


 カップラーメンを作る時はぼーっとしてたら過ぎてしまう時間なのに、サウナだとやけに長く感じる。

 時計の針を見るとようやく2分と言ったところだが、既に割と暑くて息苦しくて出たいかもしれない。


「苦しい時はつい背中を丸めてしまうけれど、しっかりと姿勢を正すと楽になるわよ」


「え……あ……ほんとだ、少し楽になった。ってか、また俺の心読みました?」


「いえ、サウナ初心者によくあることなので」


「詳しいですね。サウナやっぱり好きなんですよね?」


「……口呼吸すると喉や肺に冷めてない空気が入り込んで苦しくなるわ。鼻呼吸を意識するべきよ」


 照れ隠しなのか、ひとつさんはそっぽを向いて黙ってしまう。

 一応言われた通り鼻呼吸を意識すると少しだけ楽になるこれなら少しは我慢できそうなばかりか、この暑さが心地よく感じてきた……かもしれない。


「…………」


「…………」


 口で呼吸をしないので、当然会話は生まれない。

 横に座るひとつさんの肌の色が徐々に赤みを帯び始め、少しつり目気味の目元が垂れ下がってきている。

 頬を汗が伝い、滴り落ちる。水も滴る良い女、と言うよりはその様は天女の水浴びのような、下劣な思考を寄せ付けない洗練された美しさがある。


 ふぅ……と言った長い息。



「サウナが趣味って、なんだかかわいくないじゃない」



 小さな声でそう口にした彼女の顔の赤みが恥ずかしさからなのか、温度によるものなのかは判断できなかった。


「ぶっちゃけ趣味に可愛いも可愛くないもなくないですか?俺がお裁縫とか趣味でも気持ち悪いですし」


「人は中身よりも外見だって言いたいの?」


「なんでそんな飛躍させるんですか。別に、ひとつさんがサウナが好きでも意外とかには思いますが、かわいくないとかなりませんよ」


「……そうなのね。貴方はそういう人なのね。私が誰なのか忘れてるのか、本気でそういうことを言ってしまうのか、判断ができないわ」


 秒針の動きがとてもゆっくりに感じる。

 熱のこもった言葉の一つ一つが、とても大切なモノのような気がした。


「ねぇ、さだめくん。私ね……」


 少し潤んだひとつさんの瞳が、見たことのない色を宿した。

 とても重要な、これまでの世界を一変させてしまうような、そんな言葉がこれから放たれると告げるような眼をして、それから。



「……よく考えたら、サウナって話しにくいしデートには不適切だったかもね」


「それは……そうかも」


 俺たちは顔を見合わせて、思わず笑ってしまう。


 ひとつさんの口から出た言葉は本当に言おうとした言葉ではない気がした。

 でも、楽しそうに笑う彼女を見てそれを聞くのはなんだか間違ってる気がしたし、聞いてしまえばこの笑顔が消えてしまうようで怖くて。



「でも、私はやっぱり好きよ、サウナ」


 俺は、この人に笑顔でいて欲しいんだと。

 今この時は心の底からそう思えた。




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