たったひとつの水着


「はぁ……はぁ……お待たせしました、さだめ……」


「いやまだ家の玄関くぐってないんですけど……」


 ひとつさんに『準備が出来たら家に翔を迎えに行かせるから』と言われて一旦帰宅し、家に着くとほぼ同時に現れた、息を切らせて疲労困憊な様子の蜂麓さんを見て思わず。


「……お疲れ様です」


「ご心配には、及びません。さぁ乗った乗った」


「いや荷物とか……」


「全部預かるし、必要なものは全部ここにあります。さぁ、お嬢様がお待ちです」


 なんか強引だけど、お疲れな様子を見ると言うことを聞かないのも悪い気がして、手渡された袋を受け取り車に乗り込むと、そこには芦屋と紫芝さんの姿があった。


「……あれ、ひとつさんは?」


「なんか現地で待ってるらしいよ。使用人さんは俺達を迎えに来てくれただけみたい」


「と言うか、本当に私たちが着いて言っていいの?仮にも洞桐くんと数多星さんのデートなんじゃないのこれ?」


「本人がお礼にって誘ってくれたのに断るのも失礼だしねぇ」


 しかしひとつさんはなにを思いついたのだろうか。

 彼女のことだし二人っきりで邪魔が入らないようにすると思ったら芦屋達も本当に誘うし、なにか渡してくるし。

 この袋、中身は一体なんなんだろう?


「おっと、その中身はお嬢様曰くサプライズですので。着くまで中を見てはいけませんよ」


 今ルームミラーすら見ずに俺の動きを感知した気がするんだが。

 そう言えばひとつさんが蜂麓さんって元傭兵とか言っていたな。なんかそういう特殊なスキルとかがあるんだろうか。


「……さだめ。あの使用人さん名前なんて言うんだ?」


 蜂麓さんの視線の動きをなんとなく追っていると、こっそり芦屋がそんなことを聞いてきた。


「蜂麓さん。ひとつさんの専属の付き人らしいよ」


「蜂麓さんって彼氏いるの?」


 コイツブレないなぁ。

 でも蜂麓さんって割と冷たいところあるし普通に怒られるんじゃないかな。


「彼氏なら生まれてこの方できたことは無いですし、私は身も心もお嬢様に捧げるため、生涯独身を貫くつもりです」


「それは残念。でももしも興味が湧いたら今度お茶でもしませんか?」


「そうですね。お嬢様のご友人なら、学内でのお嬢様のことを聞けそうですし考えておきます」


「やった!あ、僕は芦屋友広です」


「友広さんですか。私は蜂麓翔です。ただのお嬢様の付き人ゆえ、蜂麓でも翔でも好きな方でお呼びください」


 ……。

 なんだろう、なんか納得いかない。蜂麓さん俺の時はこんな柔らかな態度じゃなかったよね?


 これは芦屋の心の警戒を解かれてしまう不思議なオーラに原因があるのか、蜂麓さんが俺のことが嫌いなのか。

 どっちにしろ俺のコミュ力の低さを見せつけられてるようで複雑な気分だ。


「気にしない方がいいよ。芦屋はなんと言うか、あらゆる動作が人間の心に滑り込んでくるタチの悪い寄生虫みたいな生態をしてるの」


 そんな俺の心情を察してか紫芝さんが言葉を加えてくれたが、さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかってくらいボロクソに言ってきた。


「なんと言うか、愉快な方々ですね」


「蜂麓さん。そういうオブラートに包んだ言葉が使えるなら俺にも使ってくれません?」


「さだめと違ってこの二人は本当に愉快で友達多そうじゃないですか」


「なんですか。俺に友達がいないって言いたいんですか?」


「居るの?」


「居ませんけど……」


「あれ、僕は?」


 芦屋は……うん。まぁ友達だとは思うけど友達だと認めたくないかな。





 ◇






 そんなこんなであっという間に目的地に着いた後、俺は人生最大の窮地に立たされることとなった。


 肺が熱い。

 吸い込む空気が熱されたかのような熱さがあり、息を吸い込むのが苦しい。



「どうしたのさだめくん。緊張してるの?」


「だって、だってこんなことになるなんて……」


「顔を真っ赤にしちゃって。もしかしてハジメテだった?」



 ひとつさんは水着に着替えていた。

 黒色のシンプルな水着で彩られた彼女の肢体は驚くほど白く、キメ細やかな肌は本物の彫刻のように水を弾いて煌めかせている。


 見てはいけないと思いながらも、視線を外すことが出来ない。

 彼女から沸き立つなにかに脳をかき混ぜられてしまっているかのように頭がクラクラする。


「私は考えたの。どうすればさだめくんとお互いを知悉し、より深い中になれるかをその結果出たのがこれよ」


「だからって、こんな……!」


「……その顔、もしかしてもう我慢の限界?」


 優しげな微笑みも、この時ばかりは悪魔の嘲笑のように見えた。

 彼女の言う通り、俺はもう限界寸前。頬を滴る汗を拭いながら、俺は下半身に力を込めて──────。






「あっっっっっっっっっつい!!!暑い!暑い!!??」


「そんな大袈裟な。まだ2分くらいしか経ってないわよ」



 駆け出すように俺はから飛び出した。

 鏡に映る俺の顔は真っ赤でまるでゆでダコみたいになってるのに、サウナの中に残っているひとつさんは未だに大理石のような純白の肌色を保っている。


 ……と言うか、そもそもね。



「……なんでサウナ?」


「いいでしょう、サウナ?」




 世界でたったひとつの俺の運命の人との2回目のデートは、何故かサウナデートとなっていた。

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