たったひとつの大作戦準備 3


 恋さんの目が明らかに不信なものを見る目でひとつさんを見て、もう片方の目で俺に対して心配そうな目で見ていた。彼女の瞳はよく見れば右と左でわずかに色が違い、その感情の違いがよく見える。


「4日って!そりゃあまだ自分達が相手のどこが好きかとか、どんな時に楽しいかとか自覚も薄いでしょうね!?」


「あら、私達はそれはそれは運命的な出会いをしたのよ。そこらの男と別れたような女性の恋愛観と一緒にしないで欲しいわ」


「私が芦屋と別れたのはコイツの女癖の悪さが原因だから!」


「はははっ。恋以外とは円満に別れてるよ」


 二人の口論は段々とエスカレートし始め、芦屋はただ笑っているだけで役に立ちそうな感じがない。相談をしていたはずなのに、なんで別の厄介ごとが舞い込んでくるとは。


「とにかく、俺達どうすればいいと思います?」


「いや……まぁそうよね。さっきも言ったけど普通にお互い一緒に居てどういうところが好きなのかとか確かめ合う、とか?」


 声を荒げて怒っていたのに、俺が質問をすると紫芝さんは極めてまともな返答をしてくれている。やっぱり良い人だよね紫芝さん。


「ふむ、彼女の言うことを十分の一理くらいあるかもしれないわね」


「と言っても俺達、ここ数日ずっと一緒にいませんか?」


 この二日間は朝学校に来てから放課後までずっとひとつさんといる。それでも、時間にすれば大した時間ではない。改めて俺たちの関係の突拍子のなさというか、不思議さを思い知る。


「他人の家庭事情だからとやかく言えないけれど、そのお祖父さんに待ってもらうのが一番現実的じゃないの?恋愛感情ってそんな一朝一夕で育つものでもないだろうし」


「お祖父様が態々貴重な時間を割いているのです。そんなことできるはずがないわ」


「変なお祖父さんね」


「あら、私のお祖父様を愚弄するつもり?」


「そんなんじゃないって。ただ、やっぱり無理があるんじゃないの?」


「あ、じゃあさ。僕がナンパのフリして数多星さんに近づいたところをさだめが華麗に助けるところを見せつけてさ、お祖父さんのさだめの好感度を上げるとかは?」


「レストランで待ち合わせなので難しいし、なによりそれやったら多分さだめくんが助けに入る前に芦屋くんが殺されるわ」


「ははは。ジョークだよね?」


「いえ。絶対殺されるわ」


「ははは。マジ?」


「とりあえず芦屋はそのうち女に刺されて死ぬから置いといて」


 紫芝さんはぐいっと芦屋を押しのけ、話の方向性を戻しにかかってくれた。


「前提として、洞桐くんたちは本気でお付き合いはしているのよね?」


「見ればわかるでしょう?私達ってばこんなにラブラブなの」


 そう言いながらひとつさんは腕を俺の腕に搦め、頭を肩に預けた。

 ふわり、と彼女の良い匂いが香り嫌とかではなく罪悪感が湧いてきて思わず体を引いてしまう。


「……怪しいけど、それ言い出したら話がいつまでも平行線か。参考になるかわからないけれど、お家デートとかは割といいんじゃない」


「あ、確かに。僕たちもそれやった後距離縮まったよな」


「ええ、それから5週間と2日後に別れたけどね」


「待って待って。なんでこの流れで僕の関節固めるの、おかしいって」


 腕を固められてる芦屋をよそに、紫芝さんの言葉を反芻する。

 なるほど、お家デート。


「ふむ。確かに家というのは最もリラックスできる場所。自然体で接してより深いつながりになるためには良いかもしれない。たまにはいいこと言うのね紫芝さん」


「たまにとか言われるほど喋った覚え無いんだけど」


「でもどうしましょう。私の家というか、今借りてる物件は引っ越してきたばかりで荷物が散らかっていて……」


 じゃあ俺の家で、と言えればよいのだろうが。


 正直家にいる時の俺ってあんまりリラックスしていないというか、やっぱりどこかで血のつながりとかいろいろ意識してしまう。


「……すいません。今姉が急に転職して帰ってきてて」


「そういえばうちの系列企業に転職したんだったわね」


「なんで?何で知ってるんですかほんと?」


「ふふふ」


 とりあえず話は振出しに戻ってしまい、俺たちはうんうんと、芦屋は死にかけの変えるみたいな声を出しながら唸ることしかできなくなってしまう。

 そんな中で再び声を上げたのはひとつさんであった。


「紫芝さん。貴方のいうお家デートの本質とは、つまりはお互いがリラックスした状態で本心をさらけ出して触れ合いつつ、普段とは違うような、それでいて普段とも同じ雰囲気がある空間でいちゃつくことが重要なのよね?」


「え……いやうーん、そうなのかなぁ?まぁあくまで私の話だから参考になるかわからないけれど」


「さだめくん、今日の放課後は空いてるかしら?」


「まぁ俺の放課後に予定があることなんてありませんけど」


「洞桐くん……」


 紫芝さんが本気で可哀そうなものを見る目で見てくるが何が悪いというのか。俺は自分の時間を有意義に過ごしているだけであって別に決して何もやることがなくて仕方なく予定が空いているだけとかではないのだから。


「善は急げって言うものね。芦屋くんと紫芝さんも今日の放課後は予定ある?ないならせっかく色々協力してくれたからお礼がしたいのだけれど」


「別に気にしないで。委員長の役目はクラスメイトを助けること……」


「まぁまぁ。せっかくだし受け取って。据え膳食わぬは男の恥よ」


「それお礼に使うのおかしいし私は女!ほんと何なのこの人!?」


「あ、翔?私よ。ちょっと急でやって欲しいことがあるの。……今日の予定ね。まぁ深夜に回して。時間は作るから」


「……聞いてないし。ほんと何なのあの人」


 ひとつさんは翔さんに何か電話をしながら席を外してしまった。多分、今から思いついたことを実行するための準備をするんだろうがこういうところを見せられると、唯一さんの孫娘なんだなぁと思う。


「ねぇ、洞桐くん彼女っていつもあんな感じなの?」


「え?」


「数多星さん。いつもあんな感じじゃ大変じゃないの?貴方って恋人よりも振り回されてる付き人って感じあるし」


 大変なことは確かにあるが、それ以上に楽しくていい時間を過ごさせてもらっているとは思う。

 でもそうか。彼女って、果たしていつもあんな感じなのだろうか?


「わかんないんですよね、それが」


「恋人なのに?」


「逆でしょ。恋人だからわからないんでしょ。近くにあるものって気づきにくいって……まぁ僕以外と付き合ったことない恋にはわからないか」


「芦屋、黙って」


 傍から見たら元ではなく今も付き合ってるようにしか見えない紫芝さんと芦屋の取っ組み合いを眺めつつ、思考を支配していたのは今しがたの芦屋の言葉。


『近くにあるものって気づきにくい』


 俺とひとつさんは出会った時から『運命の人』だった。

 だから俺は、そんな『運命の人』に対しての彼女しか知らない。普段は物腰は柔らかいのに、芦屋や紫芝さんへの棘のある態度、かと思えば急にお礼などと友好的な態度。彼女の本心は無感情な表情も相まってわかりづらい。

 だからなのか、やはり未だに俺はひとつさんに対して『壁』というものを感じている。その壁が紫芝さんの言う『恋人に見えない』にもつながってくるのかもしれない。


 ……とりあえず今は考えるよりも行動だろう。


 果たしてひとつさんが次は何を仕掛けてくるのか、予想すらつかないが。

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