たったひとつの大作戦準備 2
「なるほどね。祖父にわざわざそんなもの見せつけなきゃいけないなんてお嬢様も気苦労が多いのね」
「お気になさらず。私にとってはこれは普通のことなので。ほら、しっしっ」
「人が手助けしてやろうって言ってるのにいい態度ねさすがはお嬢様。施しは受けたことないから感謝の仕方も分からないってわけ?」
「頼んでもないのに首を突っ込んでくるのは施しではなく迷惑と言うの。思考も語彙も貧相な人間は可哀想ね。せっかく授業という施しがあるんだからもっと知識を拾ったらどう?」
ひとつさんと紫芝さんは、それはそれはもう相性が悪そうだった。
出会って数分でこんなお互いを罵倒する言葉が飛び交うところを見たのは俺は間違いなく初めてだ。
と言うかひとつさん、こんなに敵意バチバチに出すこともあるんだな。笑顔が全然笑っていないし、それどころか薄っらと額に青筋すら浮かんでいるように見える。
「なぁ、これ俺どうすればいいの?」
「まぁ恋と数多星さんがあまり話さないように会話回しつつ、お互いのフォローかな。恋はお節介焼きというか、義務感の強いやつだから直接的じゃなくて遠回しに褒めると落ちるよ」
「そんなこと聞いてるんじゃなくてさ。あとサラッと言うけどそれめちゃくちゃ難しいからな?」
一般的な陰キャには会話を回すって技能が先ず高等技術なのだが、生まれた時から助産師を口説いてそうな芦屋には俺の気持ちは多分永遠に分からないのだろう。
とりあえず色々と事情を話したら「学級委員としてクラスメイトの悩みには力を貸す」とか言って会話に入ってきた紫芝さんだが、確かに俺達としては一般的な女子の意見、それも芦屋と以前お付き合いしていたならかなり参考になるとは思うが……。
「さだめくんさだめくん。この人何なのかしら。仕切りたがりの世話したがり。自己顕示欲と他者強制の精神渦巻く嫌われ者の孤独の王のような方は参考にならないと思いませんか?」
「洞桐くん……貴方の趣味を否定する気は無いけれど、初対面の相手にこのレベルの罵倒をする女性はさすがに貴方から何か言って直させた方がいいよ」
「自分に問題があるとならないあたり現実逃避が上手なようね。脳の皺が眉間に全部奪われてるんじゃないの?」
「仮に私に問題があったとしても普通に罵倒が度を越してるって言ってるの」
確かにいきなり首突っ込んでくる紫芝さんも結構ありがた迷惑だけど、ひとつさんも流石に今は口が悪すぎてどっちもどっちなんだよな。
こういう時、王道はひとつさんの味方をするのが正解なんだけど、間違ってると思ったことは素直に言えるくらいじゃないと関係って長続きしないかもしれない。
結局付き合うとなると大事なのはかっこよく見せられるかより、日常的に飾らない部分まで愛せるかになる気もするし。
「とりあえずこの場はひとつさんの味方をしといて、後々恋にこっそりと謝ってお礼でも言っておけばチョロいからOKだよ」
「全部聞こえてるんだけど?数多星さんと言い友広と言い私に恨みあるの?」
「婚約者との大切な時間を邪魔されて逆に恨みがないと思ってたのね。本当に貴方は……」
「まぁまぁひとつさん。せっかくですし意見が多い方はいいですよ。芦屋に引っかかる女の子の意見が参考になるか怪しいですけど」
「洞桐ィ!アンタが一番ナチュラルに煽ってんのよ!別にいいでしょ!コイツは付き合ってる間はかっこいいところしか見せないの!」
「失礼だなぁ。僕はいついかなる時もカッコいく見えるように努めてるよ。かっこよくないと誰も付き合ってくれないじゃないか」
めちゃくちゃキレてるけど、芦屋との関係事態を否定しないあたり真面目というか素直というか。
多分本当に世話焼きな人なんだろうな。将来的に売れないバンドマンとか養ってそうとかさすがに失礼なことが一瞬過ったが、既に売れないバンドマンレベル100みたいな芦屋に引っかかってるからな……。
「それで。貴方達は数多星さんの祖父に自分達がラブラブであるところを見せたい、ってことでいいのよね?」
「…………そういう事ね」
「そんなのいつも通りにしとけばいいじゃない。確かに相手の祖父の前じゃ洞桐くんは緊張するかもしれないけれど、そこは数多星さんがカバーして。付き合ってるんでしょ二人は?嘘吐くわけでもないんだからそれでいいじゃない」
「………はぁ」
「何のそのため息」
「自信ありげに首を突っ込んできた割には幼稚園児でも思いつく凡庸で面白みのない、解決策になるわけのない意見しか飛び出さないものと思わず呆れのため息が」
「ま、まぁ面白みがないのは認めるけど。二人は婚約者なんでしょ?家族の前で嘘を吐かなきゃいけない関係なんて長続きするわけもないし、普段通りに普通にしておくのがいいと思うだけ」
紫芝さんの意見はそれはそれは根っから正しい正論なんだけど、問題はその『普通』ってのが俺達に分からないところなんだよね。
「参考までに普通にって、どんな感じか教えて貰っても……」
「そ、そんなのカップルによって十組十色でしょ。だいたい婚約者になるほどの関係ならそっちの方がそういうのは詳しいんじゃ……」
「そうは言っても私達ってまだ出会って4日目なのよ」
「…………………洞桐くん、貴方彼女に弱みとか握られてない?」
うん、よく考えたら普通はそう言う反応になるよね。でもこれが俺達の『普通』なんですよ。
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