3章 運命の証明は難しい

たったひとつの大作戦準備 1


「おはようさだめくん。眠そうだけど大丈夫かしら?」


 学校の最寄り駅に降りた俺を出迎えたひとつさん。


 昨日の夜はあまり眠れず、寝不足が顔に染み出してしまっていた俺と違い彼女の顔は無表情で、さりとて眠気などは一切感じられない完璧な出で立ち。


 しかし、昨日の翔さんの話が本当ならばきっと俺よりも睡眠時間は短いはずだ。


「俺は大丈夫ですよ。ひとつさんの方こそ大丈夫ですか?」


「ええ。昨日はごめんなさい。ちょっと久しぶりに歩いたから……ふふっ」


 そう言いながらひとつさんは俺と自分の足元に目を向ける。

 彼女の靴は昨日買ったばかりのスニーカーになっており、俺のスニーカーも同じもの。


「……ふふっ、ふふふ」


 それを見て何も言わず、楽しげに笑うひとつさんを見て、俺も楽しくなってしまい思わず笑ってしまった。


 なんかちょっといいなこういうの。めちゃくちゃ恋人っぽい感じがする。


「せっかくだし歩きたくなっちゃって。迎え来たのよ。色々お話したいこともあるし」


「なんかいつも話したいことありますよねひとつさん」


「さだめくんにだけよ」


 こういうことをサラッと言ってのけてしまえるあたり、人間としての強度の違いを思い知らされる。


 さてさて、いつも突飛な話題を持ち込んでくるひとつさんだが今回はどうしたというのだろうか。


「私のお祖父様いるじゃない?」


「唯一さんのことか……」


 ひとつさんの祖父にして数多星グループ現代表、数多星唯一。大企業のトップらしい不思議な魅力と貫禄を備えたあの人物はなかなか忘れられそうにないし、出来ることならあまり会いたい相手ではない。


「お祖父様ったらね、私とさだめくんが本当に愛し合ってるのか気になるんですって」


「つまりまた会う機会があるのでそこで存分に俺達のラブラブっぷりを見せつけたい、ということですか?」


「さすが。そろそろ以心伝心になってきたわね」


 なんとなくひとつさんは俺が想像しうる範囲で一番大変そうなことを言ってくるので、次にどんなことを言ってくるのか読めてきた。


 多分、俺の心を読んでいたメカニズムもこれだな。

 ひとつさんは逆に想像しうる範囲で一番情けない発言を考えたら自然と俺の発言を先読みできるのかもしれない。


「お祖父様ったら私達が上辺だけの関係で、実は愛し合ってないんじゃないかって」


「大企業の社長はやはり鋭いですね」


「あら、さだめくんは私のこと愛してないの?悲しいわ」


 顔を手で隠してさめざめと肩を震わせる、見事な泣いた振り。多分手の下は真顔だろう。


「そういうことじゃないんですけど……。唯一さんの前で認められるくらいイチャつけるかっていうとかなり難しくないですかね」


「そうね。私達、普通のカップルっぽいこと全然分からないもの」


 俺は誰かと恋をした経験なんてなく、ひとつさんにもその部分は期待できない。

 普通の恋人らしいことなんて、運命の相手である俺達には似合わないともひとつさんは言っていた。


 だからこそ困った。他人から見た時に『二人は愛し合っている』と思わせるようなことがどんなことなのかまったく想像がつかない。


「ちなみに唯一さんと会うのはいつですか?」


「次の日曜らしいわ」


 今日が木曜だから今日を入れて準備できるのはあと3日。これまた急な話だ


「こんな急に予定入れて、社長のスケジュールとか大丈夫なんですかね」


「絶対まずいけれど私が言って止まる人じゃないもの」


 さすがはひとつさんの祖父だ。ライブ感で生きてる節があるのに上手くやってるところがある。


 しかし実際どうしたものか。

 俺達には確かに決定的に『普通の恋愛』の経験値が足りていない。


 そもそも、昨日夜遅くまで考えていたがやっぱり俺には今一つ『愛』というものが分からないのだ。


「……ひとつさん。蜂麓さんって彼氏いたりしません?」


「残念だけど翔は役に立たないわ。そもそも翔、うちに来るまで傭兵やってて恋愛なんてしてる余裕なかったらしいわよ」


「ちょっと待ってすごく気になる情報」


 前職傭兵って言葉をまさか日本で聞くことになるとは思わなかった。

 冗談かもしれないけれど、蜂麓さんの掴みどころのない雰囲気とかを考えると有り得なくもないと思えてしまうし、それなら唯一さんが付き人としてひとつさんを任せているのも納得してしまう。


 でも翔さんがそういう経験があるなら確かにひとつさんが真っ先に頼るだろうし当然か。

 こうなってくると打つ手がない。


 ……いや、一人いたな。

 普通の恋愛ごとに詳しそうで、俺の知り合いとも言えなくない俺を助けてくれそうな人物が。





 ◇







「さだめの方から僕にお願いだなんて。もしかして昨日のアドバイスが役に立ったのかい?関係進んだ?ていうかもしかして昨日はお楽しみだった?」


 爽やかな笑顔でかなり最悪なことを言ってくる俺の友人……とあんまり思いたくないけどまぁ友人であろう男、芦屋友広。


 出来ることならコイツを頼るという選択をすること自体避けたかったが、背に腹はかえられない。


「なるほどなるほど。普通のラブラブカップルっぽいことが分からないから、そういう経験の人数だけは多そうな僕に色々聞きたいと」


「自覚あるんだな。尚更最悪だけど」


「まぁね。ほら、僕って運動できて顔が良くて積極的に話にいくからそりゃあモテるもん」


「これが噂の芦屋くんね。随分と脳みそが軽そうな方ね」


「ひとつさん、本当のことでも口にしちゃダメですよ」


「さすが数多星さん、罵倒もユニークで知性を感じるね」


 まぁ芦屋は女の子から言われる言葉でダメージとか受けること無さそうだから心配する必要は無いだろう。

 と言うかひとつさん、俺から芦屋のことまた聞きして結構興味持ってたのにいきなり当たりが強いな。それとも、ひとつさんって基本的には初対面の相手には意外と当たりが強いのだろうか。


「さだめが困ってるんだ。友人として助けないわけにはいかないしもちろん協力するよ」


「ありがたいんだけど……俺達ってそんなに仲良かったっけ?」


「友達なんだから当然だろ?」


 芦屋は普通に良いやつなんだよな。昨日だってクソみてぇなアドバイスしてきただけで、まだ朝に友人になったばかりの俺を助けようとしてくれたわけだし。


 ただちょっとだけ……性欲と思考が融合している節があるだけなのだ。そこが致命的なんだけど。


「それじゃあ早速だけど……まずさだめがひとつさんの……っと」


 なんか早速ろくでもないことを言い出しそうだった芦屋の口が止まる。


 彼の視線の先は俺たちの背後で、振り返ってみるとそこには背の低い女子が眉間に皺を寄せて立っていた。


「友広、またアンタは教室で堂々と下品な話をしようとしてたでしょ」


「そんな事ないって。真っ当な恋愛相談を受けてただけだよ。な、さだめ」


 そんなことを言うものだから、彼女の鋭い視線が俺の方に移動してしまう。

 おいふざけんなよ。初対面の女子と俺がお話なんて出来ると思ってるのか?


「洞桐くん、貴方は最近何かと話題だけれど、学校はあくまで勉学の場所。恋愛はするなとは言わないけど、他人に見せつけるようにと言うのは少し節度が……」


「めっちゃいい人だな……」


「真面目に聞いてる?」


 だって俺の苗字を間違えずに洞桐って覚えてくれているものだからつい。

 今のところひとつさんと芦屋以外全員クラスメイトは俺の苗字間違えていたからね。覚えてくれていただけで嬉しい。


「それで、こちらの口煩い姑のような方は誰かしら?」


「……数多星さん。私達話すの初めてなのに失礼じゃない?」


「人の愛や恋やに首突っ込んできて場を乱す馬の骨に対する礼儀なんて持ち合わせてないもの。人間らしく扱って欲しいならそれ相応の礼儀を見せてからにして欲しいわ」


 ひとつさんは明らかに敵意むき出し。普段の微笑みから表情は余り変わらないはずなのに、その笑顔には背筋を凍えさせるような圧が籠っている。

 しかし乱入してきた彼女の方もその雰囲気に気圧されず、眉間の皺をさらに深くして睨み返す。


 とてもじゃないが間に入れる雰囲気ではない。なのでとりあえず芦屋に聞いてみることにした。


「芦屋、この人誰?」


「クラス委員だよ。知らないの?」


「ごめん、決める時寝てたから……」


「なら仕方ないか。……彼女は紫芝ししば れん。さっきも言った通りこのクラスの委員長であとは……」


 芦屋はイタズラが思いついた子供のような笑顔を浮かべて言葉を続ける。



「僕と一番長く関係持ってた元カノだよ」


「勝手に人の恋愛経験をバラすな芦屋ァ!」


「おぶっ!?」



 流れるような見事なボディブローが芦屋の腹に突き刺さる。

 人が全く遠慮なく他人を殴るところって、何気に初めて見たかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る