ひとつさんの反省会



「ふぅ」


 本日の予定がひと段落着いた時には、既に日付が変わっていて、また新しい『本日』の予定に私は目を通した。


 そして、明日はデートは無理そうだとまた一つ溜め息。


「っ、ぅ……」


 刹那、頭に突き刺されるような痛みが走り同時に脳の機能が一段落ちたかのような気だるさ。


 少し眠ったとはいえまだまだ疲労が取れていない。

 仕方なくベッドに横になり、目を瞑る。そうすれば眠気を訴える体はすぐに脳の機能を更に落として眠りへと……。



「……まぁ、そうよね」



 寝られるわけが無いのだ。

 眠ろうとすれば、瞼の裏に浮かぶの自分の未熟さ。


 お祖父様の築き上げた数多星グループを守る為にはまだまだ私なんかでは実力不足。寝る間も惜しんで勉学に励んでやっとスタートライン。

 そこに加えて、今は運命の人とのお付き合いもあるのだ。今日のように、疲労が急に限界を迎えて倒れてしまうようなことはまたあるかもしれない。


 それは、あまり良くないだろう。


 誰だってところ構わず急に寝る女は迷惑だろうし、好感度が下がったかもしれない。

 せっかく良い雰囲気を作れたと思ったのに、これでは台無しだ。


「洞桐さだめ。さだめ、さだめくん」


 ふと口にした彼の名前は、まだ出会って一週間も経ってないのに口によく馴染む。まるでずっと前から知っている名前のように、本当に『運命の人』であるかのように。


 多分私は、好悪で言えば彼の事をかなり好いている。

 どことなく波長が合うのだ。運命、とまではいかずとも相性が良いのだろう。


 ……それに、生い立ちが少し似ている。


 彼の家族構成は全て調べた。

 少しだけ隠されていたりした部分もあったが、数多星の力に頼らずとも私の情報網を使えば容易く入手できる内容でしかない。


 彼の本当の両親は、彼が物心着く前に不幸な事故で亡くなっている。

 そして彼の両親の弟夫婦であり、既に娘も情緒がある程度育った年齢であった洞桐の家に引き取られた。


 父方の祖父母は既に亡くなっていて、親戚通しの繋がりも深くない故に彼はまだその事を知らないかもしれない。


 でも私はをそれを知った時、最低だと思いながらも嬉しかったのだ。

 同じように両親を事故で亡くし、祖父に育てられた私と似ていたからだ。


 これって、運命的なんじゃないか、と。どうしても思ってしまったのだ。


 きっと私達は仲良くなれる。だって私達は失ったもの同士なのだから。なにか惹かれるものが追加であるかもしれないと。


「……あ〜、私バカ。翔もバカ。バーカ」


 なのに今日のデートはなんだ。

 体力の無さを露呈し、価値観の食い違いを見せつけて、挙句の果てに気絶して挨拶も出来ずお開き。


 こんなことがお祖父様に知れたら、情けないと思われてしまう。


 本当に今日は最悪なデートだった。

 明日まっさきにさだめくんに謝って、どうにか好印象を取り戻さないと。彼にはもっと楽しい気持ちになってもらって、私のことをずっと好きでいてもらわないと。


 ……本当に最悪だった?


 自分で最悪だと思っていたはずなのに、思い出すと不思議とあまりそう思えなかった。

 好感度も多分下がったし、結果は最悪だろうはずなのに、どうしてもそう思えない。


 誰かと一緒に話しながらあんな長い距離を歩くなんて初めてだった。

 プレゼントを交換し合うなんて初めてだった。


 デートなんて、初めてだった。


 何もかも分からなかったけれど、何もかも新鮮で。新しいことを知るのがすごく楽しくて。

 知らないことは不安で、自分の無能さを感じるすごく嫌なことのはずなのにその未知が嫌なものではなかった。



「私が楽しいから、なんだってのよ」



 私の目的は『運命の恋人』を作ること。

 お祖父様に私がそんな人を見つけたと知ってもらって、安心してもらって、認めて貰いたい。


 だから私は彼を騙した。

 運命的な出会いを仕組んで、再会を仕組んで、何もかも騙して彼を愛し、彼に愛してもらおうと画策した。


 私に求められているのは私が愛を知ることなんかではなくて、誰にもそこに『愛』が存在しないとバレないようにすること。


 だから私が楽しいかなんて二の次。私が愛を知るのは、彼を繋ぎ止めるため以上の理由はあってはならない。


 それでも、だ。

 初めてのデートは楽しかった。

 彼がどんな人間なのか、知っていくのが楽しかった。


 優しい人、自信が無い人、不器用な人、それでも真剣に人を愛そうとする人。


 良い人だ。彼は良い人だから、騙すのが心苦しいだけなんだ。


 10年後、スニーカーを見て私が感じるのは積み上げた嘘と時間への懺悔だけでいい。





「………でも、誰だって優しくされたら嬉しいわよね。大切にして貰えたら嬉しい。そんなの、当たり前なのに」



 顔を洗って、鏡を見る。

 映る私は相変わらずの無表情。綺麗な髪を見てふと彼はどんな髪型が好きだろうかとまた思う。


 明日また、時間があったら彼に聞いてみよう。

 彼が少しでも、私といる時間が楽しいと思えるように。


 きっとこの気持ちは、そういう義務感や使命感。

 名前の知らない感情に適当なラベリングをして、私は胸の奥にしまいこんだ。


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