さだめくんの家庭事情
3年前、父さんがバイクの事故にあった。
今でこそ元気だし、後遺症とかもなく退院自体もあっさり出来たが、事故当時は輸血が必要な状態だった程の大怪我だった。
いつもは冷静な母さんもこの時ばかりは平静を保てず、ずっと険しい顔をしていた。
姉さんが泣いているところを見たのは、あとにも先にもこれっきりだった。
俺は泣いている姉さんを見て、自分は男の子だからと無理やりに奮い立たせて泣くのを我慢し、ずっと彼女の背中を摩っていた。
誰も彼もが冷静じゃなかった。
だからだろう。ずっと吐いていた一つの嘘がそこで剥がれてしまったのだ。
血液型。
俺がAB型で姉さんがA型。
母さんがA型で父さんがB型。
俺はずっとそう聞かされて育っていて、特に疑問にも思わずその日まで過ごしていた。
だが、俺はこの時に知ってしまったのだ。
忙しなく動く看護師さん達と母さん、泣いている姉さん。そんな世界がまるで夢幻であるかのように崩れてしまうような、そんな錯覚を覚える衝撃の事実を。
父さんの血液型は、O型だった。
A型とO型の両親から、AB型の子供は生まれない。
最初は、俺の勘違いだと思った。
それからなんとかプラス思考を働かせて、実は母さんも嘘を吐いていて本当はAB型だとか、俺の血液型は本当はAかOだとか、そんなことを考えた。
だって、俺達は家族なのだから。
小さい頃から色んなところに連れて行ってもらって、大切にしてもらってきた。
みんな俺のことを愛してくれているはずだから、そんなこと、有り得るわけが───。
「ねぇ、そろそろさだめには本当の両親こと、話すべきじゃない?」
「前に20歳になったら、と話し合っただろう。さだめは本当に良い子だが、今あの子も多感な時期だ。どうしたんだ急に」
「あんな事故があったあとだから心配になっちゃって。ちゃんと、私達の口からはっきり言うべきだと覚悟してるのに。私一人になっちゃったら言えるかどうか、不安になっちゃって」
「そうだな。嫌われるかもしれないし、軽蔑されるかもしれない。でも、あの子は内の子として育てると決めたんだ。あの子が自分で道を選択できるようになってから聞く方が……」
父さんが退院してしばらくして、そんな会話を聞いてしまった。
普段なら二人が、俺に聞こえるかもしれない状況でそんな話なんてしないだろうに、母さんも父さんの事故でかなり参っていたのだろう。
誰かが俺を傷つけるためにした訳ではなくて。ただ、誰もが誰かを心配して、真剣に考えたからこそ俺はその真実を知ってしまった。
賑やかな食卓、明るい家族、俺とは違うと感じていて、それでも心地よかった思い出が急速に形を変える。
楽しくて、大切な時間のはずなのに思い返せばとても苦しくなってしまう。
本当の家族じゃないからなんだ。
あの人達は俺の事を本当の家族のように扱ってくれていた。第一、そういう会話をすること自体俺の事を想ってくれているからだ。
俺の心を心配したからこそ、事実を隠してきた。俺が大切だからこそ、今後について改めて話し合っていた。
何も悪いことはない。たとえ血が繋がってなくても二人は俺の両親で、姉さんは俺の姉さんなんだ。
そうやって自分を誤魔化せるくらいに俺が大人だったら良かったのに。
気が付くと俺は、他人と話すことをあまりしなくなった。
誰がどんなことを考えて俺と話しているのかが怖くなった。昨日まで純粋に友達だと思っていた奴らの笑顔が怖い。
俺の家庭の事情を知っていて俺を哀れんで友達になってくれているのかもしれない。
事情を知って俺を嘲笑うために近づいているのかもしれない。
「よっすさだめ!姉ちゃんとゲームでもしない?」
いつも通り変わらず接してくれる姉さんの笑顔ですら怖かった。
この人は俺の事を本当はどう思っているんだろう。自分と似てなくて、性格も暗いし勉強も秀でてるわけでなく部活だって一応入ってはいるが大した成果も出せていない。
からかってきたりめんどくさい時もあるけど、優しくて頼りになる姉。
でも、それは俺がこの家の本当の子供じゃないからなんじゃないのか?
そこにあるのは家族への『愛情』じゃなくて、可哀想なものへの『哀れみ』なんじゃないか?
愛されているなんて傲慢なんじゃないのか?
俺は家族のことを愛しているのか?
そもそも、愛ってなんなんだよ。
それならは今までより一歩、他人と距離を置いてしまうようになった。
本心を知ることが怖くて、知ってしまったら自分の醜さを見せつけられるような気がして怖かったのだ。
そんなある日、ひとつさんと出会った。
変な人で、俺の世界をかき乱してしまう嵐のような、それなのに凪の海のような寂しい人だった。
そんな不思議な人だから、彼女と一緒なら変われるかもしれないと思ってしまった。
ひとつさんはあの出会いを運命と呼んだ。
俺はそんなものを本気で信じられなかったけれど。彼女はそれでも運命と言って俺に近づいてきてくれた。
俺を見て、俺を知ろうとしてくれた。
彼女の想いなんて分からない。でも、それが嬉しかったんだ。
彼女は俺を大切にしてくれる。どんな理由だろうと、俺を必要としてくれているのだ。
だからそれに応えたい。
ひとつさんは『良い人』だからというのもあるけれど、結局はそれは自己満足なのだ。
ひとつさんは俺を愛してくれる。
虚飾かもしれないし、欺瞞かもしれない。それでも俺は、彼女を通して愛を知ることが出来るかもしれない。
もしも世界に『運命』があるのならば。
運命的に愛し合った、そんな結果が俺達の間にあるのならば。
たとえ家族でなくてもそこには出会った『運命』という愛の理由があるかもしれない。
好きになりたい。
なれれば楽になれる。なれれば認められる。なれれば───。
こんな思いで、人を好きになるなんて。
そんなこと許されるのだろうか?
「さだめ、か。……クソッタレ」
電気の消えた部屋で自分の名前を呟く。
たったひとつ、俺の本当の両親から貰ったかもしれないこの名前。
父さんとも母さんとも姉さんとも似ていない、この名前。
ゴミ箱に放り捨てて、洞桐という苗字に良く似合う名前にできたのならどれだけ楽なのだろうか。
「数多星さだめ……似合わないな」
でも、合わせて作られた訳では無いからそれは似合わなくて当然で。
そうなってしまえれば、不完全な何もかもが気にならないのに。
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