運命の家族
「ただいまー……」
今日は本当にいろいろなことがあったなと、そんなことを思い返しながら玄関を開けて、俺はあることに気が付いた。
靴が一つ多い。
可愛らしいデザインの女性用の靴。それは当然であるが、その持ち主が今家にいるということ。
「おかえりさだめ。今日は遅かったけど、何かあった?」
「いや、ちょっと新しい靴を買ってきてた」
恐る恐るリビングに顔を出すと、そこには夕飯の支度をしている俺の母親、洞桐
「この前も靴買ってなかったか?小遣いは増やさんぞ」
「あー……それは後々ご検討の方をよろしくお願いします」
あと、テレビのニュースを見ている俺の父親、洞桐
普段は仕事でこの時間はまだ帰っていないのだが今日はやけに帰宅が早い。つまり、やっぱり帰ってきているのかあの人が。
「父さん、もしかしてだけど姉さ……」
「さだめー!!!久しぶりねー!」
「おぎゃあ!?」
突如訪れた耳元への大音量と、ついでのように背中にぶち込まれた氷の冷たさに俺は情けなくも悲鳴を上げてしまう。
「まったく相変わらずだらしないわね。背中に氷五個ぶち込んだだけで」
「五個!?うわ冷た!」
あいさつ代わりに背中に五個氷を入れられるのは俺でなければ心臓が止まってもおかしくないだろう。そんなことを何のためらいもなくやってくる、下着同然の格好で闊歩する女性。
まぁそんな格好で我が家にいる時点で正体は限られるが。
「姉さん……帰ってくるなら前日から言ってよ。ビビるから」
「なによ~もっと久しぶりのお姉ちゃんに対して言うことないの~?」
洞桐
書類上は俺の姉にあたるが、性格は豪快で溌溂。声も大きく友達も多い、何とも俺とは似ていない人物だ。
「と言うかなんで帰って来たの?仕事は?」
「なによー!理由が無きゃ家には帰ってきちゃダメなのー?」
「いや駄目だろ。仕事あるでしょ」
姉さんとは言っても、俺と姉さんは結構歳の差がある。
俺が高校二年生なのに対して、姉さんは27歳。すでに就職しており結構遠くはなれた場所で働いていて気軽に帰ってこれる距離ではないはずなのだが。
「ああ、仕事前のやめたのよ」
「え……は、はぁ!?」
「うおっ、何よ大声出せるようになってるじゃない」
「いややめたって……いいの!?父さん母さん!この人無職じゃん!無職にこんな格好で好きにさせていいの!?」
「ねぇ私がリストラとかだったらそんなこと言われたら泣いちゃうんじゃない?」
「泣くの?」
「さだめを引っぱたく」
そうそう、この人はこういう人なのだ。
俺とは似ても似つかないキラキラした人で、それでいて優秀な人なのだ。昔からどんなこともそつなくこなして、受験や就職もサクッとこなして結構ないい企業に就職して、初任給ではかなりお高いレストランに連れて行ってもらえた。
なのにそんな企業を辞めたなんて……。あんないっぱい初任給くれる会社なんてそうそうないだろう。
「と言うか、辞めたって言うか転職よ転職。あの会社はいいとこだったけれど面白くなかったというか……あと家から通えた方が楽しそうだし」
「えぇ……いいのこれ?」
「いいんじゃない?和佳奈ももう大人だし。自分で判断できることでしょう?」
「和佳奈がいいと思ったのなら俺はいいと思う」
良くも悪くも放任主義者の両親はそんな感じで俺の叫びを軽く流してしまう。
というか今日もしかしてすき焼きか?父さんも母さんも机の上にある高級そうな肉の方をチラチラ見てるし、この人たち何事もなく肉を食いたいだけだろ。
「……まぁいいけど。転職って何やるの?探偵とか?」
「そんなんじゃないわよ。一応数多星グループの系列企業よ」
思ったよりもまともな答えが出てきて少し驚く。
確かに姉さん、一見豪快だけど堅実な人だからな。良心を心配させるようなところに就職はしないだろうとは思ったけど……数多星か。こんなところでもその名前を聞くことになるなんて思ってもいなかった。
「さて、私がたくさん話したしさだめも何か近況報告ないの?」
「別に。あ、でも友達は出来て速攻で他人になりたくなったよ」
「へぇ~。あ、これ私へのプレゼント?」
自分から聞いたくせに、姉さんは勝手に俺の持っていた買い物袋を取り上げて中身を見ている。まぁ見られて困るものがあるわけではないのだが。
「靴……私へのプレゼントではないか」
「帰ってくるって言ってくれたら何か買ってきたのに」
「あら。じゃあ今度からは事前に言うわね。……でも、このデザイン」
何やら気になることでもあるのか。姉さんは靴を色んな角度から眺めていた。
「さだめが買うようなデザインじゃないわね……。まさか、彼女に選んで貰ったとか?」
え、怖っ。
なんでそんなこと分かるんだろう。俺なんて姉さんが髪の毛2ミリ切った時に分かった試しがないのに。
「いやーないか!さだめに彼女ができるなんて、私ですら彼氏出来たことないのに10年早い……」
「いや、彼女できたんだよ」
「…………は?」
「彼女、出来ましたけど?」
今までの仕返しとばかりに胸を張って俺がそう言うと、姉さんどころか父さんと母さんも時が止まったかのように止まり。
「え……えぇおめでとうさだめ〜!ねぇ父さん母さん聞いた!?さだめに彼女だってよ!?」
「聞こえた聞こえた。今日はちょうど豪勢な食卓だからお祝いにちょうどいいわね!」
「ねぇどんな子なの!?名前は!?身長は!?スリーサイズは!?写真とかないの!?って言うかいつから!?」
「私も気になる〜。息子が彼女連れてくるのってちょっと憧れだったから。今度紹介してね」
「あー……悪い。俺はちょっと席を外す」
我が家の愉快な仲間たちは人の色恋沙汰に大興奮し質問攻めが始まってしまった。
しまった、これでは余計めんどくさい事になるだけだとわかっていたのに、ついたまには姉さんを見返してやろうと。
本当にこういう話が大好きな家族のみんな。気まずそうに席を外した父さんですら、扉から半分顔を出してこちらの様子を伺ってるし。
「ねぇ教えなさいよー。どんな子?私似?私に似てるわよね?」
「和佳奈。息子っていうのは母親に似た女性を好きになるものだから諦めなさい」
「二人とも似てないから!というか紹介とかしないから!」
「「えー」」
結局、俺の彼女についての質問は食卓の時まで続いてその間ずっとみんな楽しそうに俺をからかっていた。
まぁ俺としても賑やかな食卓は嫌いでは無いし、一応家族なのだ。からかいはするが俺が本気で嫌がる前のギリギリのラインで楽しい会話になるように努めているのをなんとなく察することが出来る。
明るくて、人付き合いが上手い。みんな俺とあまりにも似てない俺の家族。
俺はそんな家族のことが大好きだし、だからこそこういう場面になるとほんの少しだけ胸が苦しくなる。
やっぱり、俺は家族の誰とも似ていないな。
そりゃあ俺はこの家の本当の息子では無いのだから、当然の話なのだが。
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