軌跡を味わう
霞(@tera1012)
第1話
『……本日夜までは、日本海側を中心に大雪が続くでしょう。明日朝にかけて冬型の気圧配置が緩み……』
カーラジオの天気予報を聞くともなく耳にしながら、フロントガラスに間断なく叩きつけられては飛び去って行く白いかたまり越しの、暗い夜道に目を凝らす。除雪され溶かされ再び凍り付いた黒い路面よりは、雪の積もった轍の方が幾分ましとはいえ、やはり雪道の運転は肩がこる。
カーブでわずかにハンドルを切ると、つ、と後輪が横すべりし、背筋がひやりとした。
夜道のドリフトがたまらない、などとイカレたセリフを吐く悪友の声を思い出し、喉の奥で笑い声をかみ殺す。まあ、仕事終わりの深夜、キモチイイことのためならばと、一人で雪道をかっ飛ばす俺も、傍から見れば十分に、イカレている。
天気予報は正確だった。
深夜までドカドカと降り続いていた雪は、日を跨いだころにはやんでいた。たどり着いた目的地で、運転席のシートに座ったまま、マグボトルに淹れてきたコーヒーを味わう。曇った窓ガラス越しに、ゆっくりと、東の空が白んでいくのが見えた。
頃合いを見て車外へ出れば、すでにライバルたちが三々五々集まっている。俺は伸びをすると、気合を入れて自分の
控えめに言ってここは戦場だ。俺たちは、ただただ湧き上がる欲望を満たすため、最高にガンギマリできる白い粉を手に入れるために、お互いに狂ったように牽制し合い、時には小狡い手を使ってでもライバルを出し抜こうとする。
本日のメンバーにざっと目をやる。俺と同類の
しかし、今日のフィールドではそれは僥倖だった。
スタートの報せが響く。
戦闘開始位置までの輸送では、俺は2番手だった。しかし、俺には勝算があった。俺の前で輸送機を降りたお仲間はもちろん相当の手練れのようで、流れるようにギアを装着する。しかし、俺には、その準備動作すらいらないのだ。
屈んだ先行者の横をすり抜け、俺は一番に、
そこには、完全なる無垢の白銀の世界が広がっていた。
ワンターン。
軽い。ほぼ雪の重みを感じない。
これは――
「うひゃひゃひゃー」
自分がサルになっている声を聞く。しょうがないじゃん、声でちゃうよ、そりゃ。
完全無欠の
雪質はサラサラのアスピリンスノ―。
踏み込んでも踏み込んでも、スキー板が地に当たる感触はない。
空を飛んでいる。
雪煙が視界を阻む、頭の上までスプラッシュ。
まさしくここは、――天上の楽園。
そこから3回リフトを回し、2回目は端に残ったパウダーを食い、3回目はちょっと反則のツリーラン。
そこで、無垢な雪原は完全に、
日が完全に昇り、周りにはちらほら、家族連れの姿が見えて来た。退散の頃合いだ。
「ごちそうさまでした」
日の光を受けてキラキラと輝く、くまなくシュプールで覆われた斜面に向かい、俺は軽く手を合わせる。
さあ、これからひとっ風呂浴びて、高速を飛ばして太平洋岸に戻らなくては。今日の夜は夜勤勤務だ。
軌跡を味わう 霞(@tera1012) @tera1012
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