5.つないだ手

 中学生になって、電車通学になった。

 制服を着た美月みつきは大人っぽく見えて、そしてますますかわいくて、たまに見かけるとどきどきした。

 電車内で目が合うのは嬉しかった。でも、友だちに知られたくなかったので、話しかけたりはしなかった。「あの子、かわいくね?」とかいう台詞が聞こえてくると、殺意が湧いた。……でも、どうしようもないので、ゲームに夢中になっているふりをしていた。


 同じ学校ではない、というのは最初から分かっていたことだけど、焦りを生んだ。オレは男子校だし、美月は女子校。同性しかいないから大丈夫かな? と思っていたけれど、電車の中の野郎どもの視線を見る限り、油断は出来ない。何しろ美月はかわいいし。対してオレはイケメンでもなんでもない、ただのひとだし。

 しかし、焦りながらも、光陰矢の如し、中学に入ってからの時間はあっという間に過ぎていった。

 四月に入学してからほんとうに忙しくて、気づいたら夏休みになってしまっていた。でも、聡や大樹たちも忙しかったらしく、結局三月の春休み以来、初めてみんなで会えたのが夏休みだった。その後も、聡はサッカー、大樹は野球をしていて、土日は部活で埋まっていて、みんなの予定を合わせることは出来ず、秋休みそして今回の冬休みしか会えなかった。会うたびに美月はかわいくなっていて……オレはいったいどうしたらいいんだろう?


 横目で空を見上げている美月を見た。

 それでも、この冬休みは年末にも会えたし、今日こうして初詣もいっしょに来ることが出来た。よかった!

「そういえばさ」

「うん」

 空を見ていた美月がこちらを向いた。見上げる顔っていいな。

「小さいころ、ここに来たとき、結婚式見たよ」

 舞殿を見て、ふと思い出して言う。

「へえ」

 あのとき、オレは姉貴といっしょに鳩を追いかけて遊んでいたんだ。そうしたら、姉貴が「お嫁さん!」と言って立ち止まった。オレと姉貴は、幸福で神聖な感じのする花嫁行列をじっと見ていた。鳩を追いかけることも忘れて。

「和装の新郎新婦が歩いていて、なんか、感動した」

「いいなあ、見てみたい」

「きれいだったよ」

「うん」

 美月の花嫁姿を想像する。……きれいだろうなあ。

「オレさ、覚えてないけど、お宮参りも七五三も、ここでやったんだ」

 そうだ。あの花嫁行列を見たのは、オレの七五三のときだった。

「そうなんだ」

「あ、七五三はちょっと覚えてる。着物着たよ」

「見てみたい!」

 美月が目を輝かせて言う。

「おう、今度写真探しとくよ」

 どこにあるんだろう? 最近見てないなあ。

「うん!」

 ……何が何でも探さねば!

「……美月のも見せてよ。着物着たんでしょ?」

「うん、着物着たよ。写真、あるよ」

 絶対かわいい!

 美月の七五三の着物姿を想像(妄想?)していたら、集団が大きく動いた。

 すると、また美月が集団の動きにのまれて、あらぬ方向に行ってしまう。

「美月」

 オレは美月の手をとった。「はぐれるから」

「……うん」

 美月の手、ちっちゃい。……ずいぶん、冷たいな。

「美月、寒くない?」

「大丈夫だよ」

「手、冷たいから」

「いつもなの。だから、平気。……せいの手、あったかいよ」

 つないでいる手を強く握る。オレの手が暖かいなら、よかった。

 幸福な気分に満たされながら、オレは美月といっしょに順番を待った。長い時間だったけど、少しも長く感じなかった。

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