第55話 side聖

「【解呪アンチカース】」


 転身の神殿においてただ一人の神官が転移してきた探索者の男を光で覆う。苦しそうに転移陣の上に座っていた探索者の周囲に漂う黒く禍々しいオーラは彼女の神聖な光によって霧散していった。


「はい、これで解呪完了です。もしまだ不調があるようでしたら聖水を服用してくださいね?」

「はい!ありがとうございました!」


 至近距離で治療を施して治った後も顔を心配そうにのぞき込む彼女の顔を見て男は赤面する。

 男はすぐに立ち上がり、薬屋に飛び込んでいった。恐らく、薬屋に飛び込んだ後、聖水を爆買いすることだろう。「シスターさんの作った聖水……」と小さくしゃべりながら。


 悲しいかな、シスターが作ったのは正しいがそれは引退した元神官の薬屋のおばばのお手製だ。


「ふぅ、久しぶりに呪いをもらって来る人がいましたね……」


 聖は少し疲れたように額を拭う。


「やはり素晴らしい腕前だね、乃亜」


 聖に話しかけてくる男性の声。それは探索者最強【紫藤光輝】だった。それは神殿にいるシスターに話しかけるというよりは仲間に話しかけるような親しさを感じる。


「光輝……何度来ても私は」

「ダメかい?ここにいても君のソレは治らないだろう?」


 聖は元探索者だ。それも紫藤のクラン【比翼の翼】の創立メンバーの一人でもある。


「君のその呪いは僕たちクランメンバーでも解除法を探している。だが、どうしてもヒーラー……特に解呪に関しては人が足りない。先ほどもうちの探索者が世話になっただろう。現在うちのクランが探索しているダンジョンは呪詛を使う魔物が多すぎる。」

「でも、私は解呪するだけの魔力が足りません……きっと一人分解呪したら役に立たない。だから……ごめんなさい」


 聖の答えを聞いた紫藤は少し残念そうにした後、踵を返して出口に歩いていく。


「また来るよ。いつでも待ってる、クランには君を心配しているものがたくさんいるんだ。」


 紫藤がここまで聖にこだわるのは理由がある。個人の力でいうと現在の聖ではクランのヒーラーよりも劣っている。クランマスターとしてではなく紫藤個人として救いたかったのだ。それはクランの古株も同じであった。


 比翼の翼のクラン名にある比翼は乃亜そして彼女の弟、白蓮びゃくれんの二人を指した二つ名だった。かつての紫藤率いる比翼の翼は現在とは違い、白蓮が中心となったアタッカー部隊とそれを治す聖の少数精鋭だった。


 それが現在の姿になったのは8年前、突如日本全土で一斉に【魔物濁流スタンピード】が起こったことから始まった。


 当時、クランマスターであった紫藤は指揮をしながら攻撃する指揮官コマンダーの位置にいた。



◇◇


「ビャク!前に出すぎだ!!少し下がれ!!」

「るせぇ!俺が下がったらそれこそ瓦解すんだろうが!?落ち着いてないのはてめぇだ光輝!」


 今のような誰もが憧れるような圧倒的な力はなく、カリスマもまだ少なかった紫藤にとって初のネームドとの戦闘はそれほど苛烈を極めていた。


「【鎮静リラックス】落ち着きました?周りを見てください、マスター。どこもギリギリの状態です、ここで誰かが臆してはそれこそ全滅します。私たち以外のクランも別のダンジョンを沈めに行ってます。ここは負けられません。」


「そう、だよね。ごめん、いつも迷惑かけてる」

「貴方が迷惑かけない日なんてないのでいいんです。さ、あなたのしごとをしてください!」


 紫藤がクランマスターに選ばれたのは二つの理由がある。

 一つ目は紫藤が他より弱く、そしてほかの人員がアタッカーばかりの脳筋だったこと。

 二つ目は―——


「【英雄たちの凱旋ヒーローズパレード】!」


 珍しい全体バフ系のスキルを持っていること。これは自身の指揮下にいるもの全体に攻撃防御更には魔力まで増加するいわばチート。このスキルのお陰で彼らは有名クランに上り詰めた。


「キタキター!遅いんだよ、へっぽこ!やっとやる気出たか!!」

「う、うるさい!前見ろ前!」

「よっと」


 白蓮は器用に敵の魔法を避ける。相対するのはネームド【サウザンドウィッチ】。

 名前の通り、あらゆる魔法を使って来る厄介なボスだった。


「くっそ、厄介だなぁ!お前ら一人一つのはずだろ!?」

「ネームドにそんなこと言っても仕方ないだろ!【栄華の門】」


 紫藤は愚痴を垂れる白蓮の前にまるで外国にある凱旋門のような豪華な門を出現させ白蓮達に迫る魔法を防御した。


「さんきゅ、クラマス!あいつ異界化したダンジョンから魔力をもらってやがる。短期決戦じゃねぇとヤバそう!」

「魔法はそこまでやべぇもんはねえけど数とバリエーションが多いぞ!」


 交戦していたメンバーから報告を受けた紫藤は一つの作戦を決行する。


「僕の全魔力で君たちを守る!だからあとは任せた!」


 投げやりにもほどがある作戦、だがメンバーはそれに応える。それはいつも頼りないクラマスであろうと信頼するに足ると全員思っているからである。


「全く、うちのクラマスと来たら……誰よりも脳筋でいらっしゃる」

「全くだ!」

「行くぞお前ら!頼りねぇ指揮官様よりの命令オーダーだ!!」

『応!!』


「【英雄の羽衣】!はぁはぁ、行ってくれ僕のヒーロー……」


 すべての魔力を使い果たして紫藤は倒れこむ。ただし、体に衝撃は来ないで柔らかい感触が包み込んだ。


「聖……」

「私を守ってくれないと困りますよ?私は戦えないんですから」


 クラン唯一のヒーラー、聖を守ること。それが紫藤の役割だった。まだ、倒れさせないとばかりに魔力回復のポーションを突っ込まれて起き上がる紫藤は戦況は見る。


 紫藤の掛けた魔法は全ての攻撃を魔力の続く限り防ぐというチートなのだがそれを負担するのは紫藤本人である。各々の羽衣の魔力が切れたら紫藤から魔力が供給されれば継続する。

 逆にされなければ魔法をもろに喰らう諸刃の剣を信じてただ突っ込む狂戦士たちは徐々に魔女を追い詰めた。


 そして、魔女の命がなくなろうとするとき、事件は起きた。

 魔女が、狂戦士たちを狙っていないのである。その意図に最初に気が付いたのは聖。

 彼女は紫藤に抱き着く形で魔女に背を向けた。本来、紫藤が聖を守らねばならない。だが、クラン全体の要はだ。彼が気絶ないし死亡すると羽衣が解かれてしまう。

 次に気が付いたのは白蓮。彼は魔女の意図には気が付かなかったが聖と双子の縁なのか彼女の意図をくみ取った。魔女が指さす軌道上に飛び上がり盾となった。


 魔女から放たれた黒く禍々しい弾丸は羽衣を貫き、白蓮を聖を貫いたところで止まった。その瞬間、魔女は消滅した。


 結果としてみればダンジョンから出さずにネームドを討伐した功績は大きかった。しかし代償として白蓮は意識不明、聖は魔力を常に消耗する呪いを身に宿した。

 クランを支えた二大巨塔を失ったクランは落ちぶれる寸前だった。それを立て直したのは紫藤。

 

 人が変わったかのように前衛に立ち、味方を鼓舞し、守るその姿はかつて自身が見ていた白蓮英雄そのものであった。


後書き


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